愛すべき、社長ムスコ

ムスコはやはり会社を継ぐことを約束されていて、街を出たのは学生時代のときだけ。今はまた、この街で、自分のところの会社につとめている。自分の家が大きな老舗会社だったというのは、たまたまだ。「たまたま」としか思えないほど、彼には、社長とか、リーダーとか、ましてや、会社とかが似合わないのだ。それなのに、彼は社長のムスコだから、いろんなことを期待されて、結果、いろいろと言われているようだった。

私は、休みの日の彼は好きだった。なんのことはない、フツーの子。遅刻魔で、いつも寝癖がのこってて、大好きな音楽はパンクロックで、くだらないギャグはずーっと言っているような、フツーの子。それでいて、モノを見る目はホンモノだった。世の中の、ホンモノを見る目はすばらしく長けていたし、私たちは、世の中の数少ないホンモノの話を共有するのが楽しかった。しかも、とてもくだらない会話のなかで、大好きなホンモノの話をする。ふざけながら、大好きな話ができることをすごく貴重な時間に感じた。すごく健全だったし、私は、そんな時いつも、このムスコはきっといい社長になると、嬉しくなっていたんだ。

けれど、ムスコはやっぱり、会社ではうまく言っていないようだった。風の便りで、今は修行のために別の街で暮らしていると聞いた。

「たまたま」はときどき、とてもまちがっているように思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?