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芽生え

気づくと空は真っ黒な雲で覆われ
突然の豪雨が僕らを襲った

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「この前ね、光る花を見つけたんだ」
そう言って君は学校帰りの僕を
当たり前のように連れ出した

ランドセルを玄関に置いて
言われるがまま一緒に入った森の中
自然しかないこの田舎町のいつもの遊び場
僕らにとっては庭みたいなものだった

拾った長い木の枝を振り回しながら
ぬかるんだ山道を真っ直ぐ中へと入って行く

「こんな奥まで来たの初めてかも」
「私もこの前初めてここまで来たんだ」

僕らは家が近く幼なじみで
小さい頃からよく遊んでいて
君は妹のような姉のような存在

「こっちだよ」と導かれるままに
生い茂る緑の中を突き進んだ

木々の間から射し込む木漏れ日が柔らかく
鳥のさえずりがいつもよりはっきりと聞こえ
静寂の中、どこからか耳に入る川のせせらぎ
五感が敏感になり研ぎ澄まされたような感覚になる

滑りそうな地面を超え、木々の葉を掻き分けながら
今までに来たことのない道を歩いた

転ばないように迷わないようにと
気づくと自然と繋いでいた手と手

遠くで雷鳴が響き、さっきまでの晴天が嘘のように
振り出した雨はさらに勢いを増した
大きな雨粒が、冷たい強風が視界の邪魔をする

「あそこ入ろう」
君が指さした先は、ほら穴のような洞窟のような
雨をしのぐにはもってこいの場所で
僕らは一目散にそこに逃げ込んだ

服も髪もびしょ濡れで
靴の中まで水が入って来ていて
適当な岩に腰をかけて靴下を脱ぐ
泥で汚れた靴を持ち上げると水が滴り落ちた

遠くの空はすでに明るく
ただの通り雨、少し経てば上がりそうだった

「その、光る花はここから近いの?」
「うん、すぐ近くだと思う」

君がひとつくしゃみをして
僕もつられてくしゃみをした

君が風邪をひかないか心配になった
前にも雨の中で遊んで風邪をひかせて
親にこっぴどく怒られたことがあったっけ

奥行き五メートルほどの洞穴
高さもそこそこあって、ひとつの部屋みたいで
秘密基地にするにはもってこいの場所だと思った

「家出することがあったらここに来ようかな」
「その時は差し入れ持って来てあげるね」

君にだけは隠し事も無くなんでも話せた
いじめられて泣いていた時もそばにいてくれて
家の鍵を無くした時も僕より必至になって探してくれた

親よりも本当の兄妹よりも心を許していた
だから無言が続いても特に気にならなかった

すでに雨の音は小さくなっていて
どこからか漏れ落ちる水が奥の岩に当たり
一定間隔で音を刻んでいた

それは何かのリズムのように響き
それに合わせて君が小さく鼻唄を歌い始めた

「この曲知ってる?」
「いや知らない」
「今練習中のやつなんだ」

そう言って君はおもむろに
濡れて身体に密着する服を脱ぎ
肌着姿になって、穴の真ん中に立つと
その場で軽く跳ねた

バレエを習っている君は
小さく歌を口ずさみながら
腕から指の先までを滑らかに動かして
重力に逆らうように舞った

踊っている所は初めて見た
その姿に目が釘付けになった

「今度発表会見に来てよ」
そう言ってくるりと回転して笑顔を見せる

その表情に、今までと違う
心が締め付けられる何かを感じた

「やっぱ来てくれないかな?」
そう言い僕の顔を覗き込むように近づける君を
何故か直視出来ずにいた

今まで意識していなかった
ただの幼なじみだった
兄妹のような存在だと思っていた君の

白い肌と小さな手足
濡れた髪に、雨で透けてうっすら見えた
ふくらみかけの胸に

僕の心臓の鼓動は勝手にリズムを狂わせる

気がつくと雨はすでに上がっていて
天井の小さな穴から差し込んだ光が
スポットライトのように君を照らす

君がひとつくしゃみをした
まだ髪に肌に残っていた水滴が
キラキラと逆光に反射して輝いた

ずっと近くにあって見落としていた
いや、今芽生えたのかもしれない

光る花がすぐ目の前にあった

「足場悪いし今日は帰ろうか?」
「うん、また今度にしよう」

そう言って僕もひとつくしゃみをした

身体は冷えてるはずなのに
握られた手は凄く温かかった

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