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丁寧に頭を下げて
「ごゆっくりどうぞ」と言った店員の

その何でもない言葉に、いや声に
心臓が締め付けられたのは
忘れかけていた人の声によく似ていたから

顔はちゃんと見ていなかった
こんな所にいるはずはないから
本人でないのは確実ではあるけれど
声が似ている人は顔も似ていたりするのだろうか?

振り返って見てみようか?
いやなんだか不自然すぎるか
周りを見渡すフリをして
その声の主を盗み見た

接客中のその店員の後ろ姿は
身長や髪型、サイズ感まで
かつて愛した人とそっくりで

窓からの陽の光が逆光で輪郭をぼやけさせ
幻のように神秘的に浮き上がらせていた

向きを変えて横顔が見えそうになると
無意識に顔を自分から背けていた
そして見たい欲をぐっと我慢した

記憶が、幸せな想い出が薄くなってしまいそうで
中途半端に上書きされてしまうのが怖くて

机に置かれた熱すぎる珈琲に
シロップを足した
ひとつ、ふたつ、いや、もうひとつ

話しかけるタイミングはまだあるけれど
気づかないフリをしておこう

アイスコーヒーを頼んだはずなのにな
そんなおっちょこちょいな所も
また記憶と重なって一気に溢れ出す


カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。