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The Gift of Rain

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ロンドンで出会った大切な物語を、日本語に訳し切るまでのお話。
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文芸翻訳に出会うまで②

文芸翻訳に出会うまで②

ロンドンに住み始めてすぐ、私はロンドン芸大(University of the Arts London)のオリエンテーションコースに通い始めた。

イギリスは文理と同じくらいの比重がアートに置かれていて(サッチャーさんのおかげだとか)、アートに進む学生は、高校の2年間でその課程を勉強するのだけれど、このオリエンテーションは、そんなアートのバックグラウンドを持たない外国人が、2年間で学ぶ内容を9週間

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文芸翻訳に出会うまで③

文芸翻訳に出会うまで③

少し話が飛ぶので③にしてみました。

私が文芸翻訳を勉強したいと思い、迷わずSOAS(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院)を選んだ理由は、最初にお話を聞きに行った佐藤=ロスベアグ・ナナ先生に、「翻訳とは研究です」と言い切られたことだった。

ロンドンに来て間もない頃、文芸翻訳、という選択肢がぼんやり頭にありつつも、まだ現実味のなかった頃に、私は一冊の本に出会っていた。「星の王子さま」という日本語を生

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文芸翻訳に出会うまで①

文芸翻訳に出会うまで①

自分が翻訳者を目指すとは、大学生の時は思いもよらなかった。

そもそも私は理系だった。自分の将来をきちんと考えるという発想が欠落していた私は、子供の頃から明らかに算数が苦手で国語が得意だったにもかかわらず、理科の暗記が得意だったという理由だけでなんとなく理系を選び、大学では宇宙工学か建築をやろうと思っていた。

でもこの夢はあえなく打ち砕かれた。高校数学の時点でちんぷんかんぷんで、物理など最初から

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始まりと本と映画の話(はじめのnote)

始まりと本と映画の話(はじめのnote)

2018年の春、私はロンドン大学SOASの図書館にいた。とある英文小説に出会い、これは、日本で映画にしなければならない、と思った。
よくそこまで飛躍できたと思うけれど、その思いは、四年以上経ったいまでも驚くほど変わっていない。

タイトルは、’The Gift of Rain’
『雨の贈りもの』としたいところだが、この本における ’gift’ は、そう簡単には訳せないのだ。

マレーシア人作家 T

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体験の語彙

体験の語彙

ロンドンの路上で、おじさんたちに心配された話。

真面目なことを色々と書き出す前に、取るにならない話だけれど、翻訳を始めたばかりの頃の、自分にとっては忘れられない思い出がある。

I gripped the wet bark of the tree as though trying to cling to it, 

いまちょうどこの文を訳していたのだが(もう30回目くらいの挑戦だ)、ロンドンにい

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日常

日常

家族と会話しながら寝転がっている。何をしゃべっているのかは覚えてない。

頭のなかではずっと見慣れた英文を追っていて、あの章とこの章に同じ単語が使われていることに突然気づいて、あ!と叫んで飛んでいってパソコンを開く。

そうだったのか。そうだったのか。本当にそうなのか?
誰にも分からない感動と問いを一人で抱えつづける。

そんなことばっかりだ。それが楽しくて幸せなんだから、たまに寂しくたって仕方な

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合気道の話

合気道の話

あまり誰にも言っていない気がするけれど、私は2019年から合気道をやっている。

正確には、やっていた。

理由は単純だ。The Gift of Rainが、合気道を大きく扱った物語だからだ。日本軍のスパイである遠藤は合気道の師範であり、主人公の少年フィリップとは、合気道の稽古を通してつながっていく。
(この話をすると、かなり珍しがられて面白がられる。そこまでやるのねと笑)

でもこれは絶対的に必

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原作者との出会い

原作者との出会い

2018年の春、この本に衝撃を受けて、何年かかってでも翻訳者になりたい、と無謀にも思ったとき、頭の中にある問題は一つだった。
それは、翻訳権が取られていないかということ、もしくは近々取られてしまわないかということだ。

ふつうの本の出版とは違って、翻訳書には翻訳権がある。それは著者が持っている場合もあるし、原作の出版社やエージェントが持っていることもある。
いずれにしても、日本で邦訳を出版するとな

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マレーシアと紡ぐ糸

マレーシアと紡ぐ糸

私はいま、とても恥ずかしい気持ちになっている。
そして少しずつ、インプットをしている。

マレーシア在住12年目の、尊敬するMayahariさん(ご本名も知っていますが、note上のお名前で書かせていただきます)とは、2021年3月に思わぬ形で知り合った。

2019年に、Tan Twan Eng氏の二作目の小説『The Garden of Evening Mists』が、台湾のトム・リン監督によ

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最後の手紙かもしれない

最後の手紙かもしれない

先日、とある出版社の編集者に手紙を書いた。

その出版社は、マイナーだけれど、翻訳書や人文学系の素晴らしい本をたくさん出している。憧れの方も本を出されている。
昨年末に電話をかけて、色々と事情を説明したら、郵送で送ってもらえれば見ますよ、文字化けとかしたら怖いので、と言ってくださった。その気遣いが、それまでに経験したことのない温かさだった。

小さな出版社だから、最初は印税が払えないかもしれない、

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『ムーンライト・シャドウ』

『ムーンライト・シャドウ』

生きていく力を本気で手渡してくれる小説には、なかなか出会えない。

吉本ばななさんの『キッチン』を読んだ。収録されていた『ムーンライト・シャドウ』も読んだ。SOAS時代の先生に頼まれたインタビューの翻訳をしていたら、話に出てきて、吉本ばななさんの作品は"quite funny"だというから、どんなのだと思って読んでみたのだ。

ついに、という感じだった。学生時代から書店の平積みで何度も目にしながら

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二度目の始まり

二度目の始まり

不思議なことはあるもので、
絶望の先に希望があるとはよく言うけれど、本当にそんなことって起こるんだな、と思った。

絶望の話は、8月のnote「最後の手紙かもしれない」に書いてます。本当にもう人生が終わるような気がしていた。

その後、ブックフェスで少し元気になったのち、半月ほど前に、お世話になっているマレーシア在住のMatahariさんからの突然の連絡がありました。(彼女のことも以前noteに書

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