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小説探訪記08:古書店小説のフシギ

※※ヘッダー画像は なつ さまより

 今回は小説探訪記。お題は古書店を舞台とした小説について。以後、これらの小説を「古書店小説」と呼ぶことにしたい。

 私はそういう小説を読んでこなかった。だから詳細はわからない。有名なのは、三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』だろうか。この小説のヒットを機に、多くの古書店小説が本屋に並ぶようになったと感じる。

01.古書店街というブランド

 これらの小説において不思議なのは「実在の都市を舞台に架空の古書店を創造する」ところにある。たとえば『ビブリア古書堂の事件手帖』では北鎌倉を舞台としている。他にも、神保町を舞台としているものも多い。(とはいえ調査量は少ないので、何とも言えないが。)

 しかし興味深いのは、架空の古書店街までは創造しない点だ。あくまで舞台は実在の都市なのだ。架空の都市を舞台にした方が、シナリオに融通が利きそうなのに。

 もちろん、架空の都市をイチから作り込んでいく必要はない。『キノの旅』のように凝った設定を用意する必要もない。実在の都市名を少しだけ改変すれば事足りる。

 たとえば、神保町じんぼうちょう神本町じんぼんちょうとすればどうだろう。神保町という実際の古書店街を読者に想像させつつ、オリジナルの設定を盛り込みやすい。実際の地理をすこし改変しても問題が生じない。

02.なぜ実在の都市を選ぶのか?

 とはいえ、実在の都市を舞台にしたくなるのはなぜなのか? 素人なりに考えてみた。

 大きいのは、文豪の逸話を盛り込みやすいという利点だろう。『ビブリア古書堂の事件手帖』の舞台が北鎌倉なのは、そういった狙いがあると思われる。川端康成『山の音』や太宰治『道化の華』など、鎌倉を舞台とした文学作品は数多い。JR北鎌倉駅近くの円覚寺は、夏目漱石『門』の舞台だ。鎌倉市内まで出れば、鎌倉文学館などがある。

 また、聖地巡礼の需要を予期しているのかもしれない。登場した古書店やカフェに行ってみたい。その場所で実際に古本を買ってみたり、登場人物と同じメニューを頼んでみたい。ファンの欲求をくすぐりやすい点も、古書店小説の魅力的な部分ではある。

 そう考えると、実在の都市を作品舞台に選びたくなるのも納得だ。

03.シェアワールドにしてみないか?

 一方で『クトゥルフ神話』や『機動戦士ガンダム』に憧れる人も多いだろう。ラヴクラフトや富野由悠季が創りあげた作品群を離れて、多くの人の手により世界観が拡張されていく。

 そんなシェアワールドのパイオニアになりたい! そういう願望を持ったクリエイターも多いだろう。

 その点、不思議なことに、古書店街はあまり注目されてこなかったように思う。個性的な古書店の数々に、数多くの出版社、カレーライスのおいしいカフェ。多くの魅力があるにもかかわらず。

 色んな設定を詰め込んだ架空の古書店街を、シェアワールドとしてみるのも面白い試みではないだろうか。

04.古書店街の外にもヒントは転がっている

 古書店街といっても神保町だけを参考にする必要はない。ヒントは世界中に転がっている。

 たとえば、ドイツのベルリンには偉人の名前を冠した通りがある。カント通りに、カール・マルクス通り、ローザ・ルクセンブルク通りに、リヒャルト・ワーグナー通り。そういう慣習を導入してみるのも面白い。通りに文豪の名前をつけてみるのだ。

 あるいは、研究論文の出版をメインとする雑誌社を置いてみると、SF小説の題材に使いやすそうだ。(実在する出版社ではSpringerやElsevierなどが有名だろうか。)また、郊外に規模の大きい大学を設置するのも面白いかもしれない。できれば東京大学よりも大きなものを。

 他にメタバース空間にしか存在しない古書店街や図書館があってもかまわない。たとえば『Minecraft』というゲーム内に『The Uncensored Library』という仮想図書館が設置されている。国境なき記者団が取材した情報を集約したゲーム内空間であり、報道の自由を守るための社会的な活動として開放されている。社会貢献的な目的を抜きにしても、そういった空間を考えるのは興味深い。

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