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📖村田沙耶香『コンビニ人間』を読む

今回は、村田むらた沙耶香さやか『コンビニ人間』を読んでいきたい。ネタバレは避けられない。未読の方は先に読んでいただけると幸いだ。さっそく、あらすじから振り返りたい。

🏪『コンビニ人間』のあらすじ

大学に入ってから18年、ずっとコンビニでアルバイトをしている古倉ふるくら恵子けいこ(36歳)。夫も彼氏もいない、世間の”普通”からは外れた人間である。

ある日、新人店員として白羽しらは(男性・35歳)が入ってくる。しかし、白羽はなかなか店に馴染まない。店員としてのルールも守れない有様である。それが乗じてバイトをクビになる白羽であった。

しかし彼が辞めてからしばらく経った後、恵子のもとに白羽がやってきた。白羽は恵子に同棲するように説得してきた。恵子は白羽に気圧けおされて、同棲を受け容れ、コンビニバイトも辞める。

だが、今後の生活について色んな人の意見を聞いている内に、恵子は己の中に判断基準がないことを自覚する。そして、恵子はコンビニバイトに復帰した。私の価値基準はコンビニにあったのだ、恵子はそう確信したからである。

🏪小説全体を眺めて

この作品は、現代人の「虚無」「信仰」を描いている作品のように思う。

『コンビニ人間』に描かれる虚無

 恵子はコンビニバイトを辞めたことによって、己の価値判断の基準がないことに気づく。それもファッションや食事に無頓着であるといったレベルではない。生きる目的そのものが欠如しているようにすら感じられる。まさに「虚無」である。彼女の人生の「虚無」は、この一文に象徴されているように思う。

 全てを、コンビニにとって合理的かどうかで判断していた私は、基準を失った状態だった。

『コンビニ人間』文春文庫 第18刷 p.148

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 余談ではあるが、個人的に、この句読点の打ち方はパーフェクトであるように感じる。

「私は」の直後で読点(、)を打って、主語となる「私」とそれ以降を分けている。主述を明確にしているという点で、恵子の合理性が窺える。

 さらに、「全てを」の直後で読点を打っているのも理知的だ。この読点がないと、恵子がコンビニ経営者の目線に立って語っているように聞こえてしまうからだ。(148ページも読んで、そう誤読する人はいないけれども。)

 この一文の、誤読の余地を与えない2つの読点が、恵子の合理性や明晰さをよく表現しているように見えた。少なくとも私には。(余談終わり)
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『コンビニ人間』に描かれる信仰

 また最終的に、恵子はコンビニに奉仕していくことを誓う。それはまさしく信仰と言っても差し支えない程である(参考1)。これは実際に小説中の文章を読んでみるとよく分かる。

 面接に向かう最中に、コンビニに寄ったときの出来事。

 そのとき、私にコンビニの「声」が流れ込んできた。
 コンビニの中の音の全てが、意味を持って震えていた。その振動が、私の細胞へ直接語りかけ、音楽のように響いているのだった。

同書 p.154

 最終的に、恵子がコンビニバイトに戻ったときの描写。この小説の結末部分にあたる。

 私はふと、さっき出てきたコンビニの窓ガラスに映る自分の姿を眺めた。この手も足も、コンビニのために存在していると思うと、ガラスの中の自分が、初めて意味のある生き物に思えた。

同書 p.161

 つまり、この小説は、一旦は信仰から離れた人間が、虚無を感じ、再び信仰に戻っていく様を描いたと言える。

参考1:恵子の「信仰」という着想は、文学Youtuberムー氏が提出したものである。氏には感謝を申し上げたい。引用元として、ムー氏の書評動画、および読書会の生配信を挙げておく。

🏪まとめ

ここまでの議論をまとめておきたい。

私見として『コンビニ人間』は「虚無」と「信仰」の描いた小説だと感じている。

恵子はコンビニ店員を辞したことで、生きていくための基準を失ってしまう。宗教的な信条もなければ、精神的支柱もなく、はては趣味すらない。三島由紀夫が云うには「大義」のない状態である。こういった状態を、私は「虚無」と呼んでいる。その方がしっくりくる。

一方で、コンビニ店員に復帰した恵子は、また生活サイクルを取り戻す。コンビニ店員であることに「大義」を見出してしまうのは、20世紀の価値観を持った人間からすれば、非人間的に映るかもしれない。しかし、何に大義を見出すのかは「信仰」の問題なのかもしれない。

こうして、恵子は落ち着くべき場所に落ち着いたのかもしれない。しかし私は彼女の生き方にどうもついていけない。その一方で、彼女の周辺人物も、どうやら別の常識・規範を信仰していそうだ。私はそんな人々にもついていけない。だからといって、恵子が味わった虚無感――バイトをやめた際に感じていた虚無感――にも耐えられないだろう。

私、あるいは、私たちはそれ以外の道をどうにかして探り当てるしかない。

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