【ヒモ男シリーズ】ヒモ男の帰省、秋
俺はコンパスヒモ男。ひいばあちゃんの三十三回忌をするから、来週末に帰って来いと、母ちゃんから連絡があったぜ。別に付き合っているというわけではないが、先日家に泊めた地元の女のユリに一応伝えたぜ。
『その週末はSMクラブのバイト入ってる。ヒモ男くんのおうちにまた泊めてもらおうと思ったけど、無理だね』
と返事が来たぜ。
『俺いないけど泊まっていいよ。合鍵送る』
『久しぶり、元気?』
んん? と思って宛名を見ると、数年前、俺に処女を捧げたジー子からだぜ。俺に本気になりそうで怖いから会うのをやめると言われ、そのままになっていたから驚いて、寝ていたソファーから反射的に体を起こしたぜ。何と返事を打てばいいのか考えを巡らせていると、
『本当? 嬉しい、ありがとう!』
と、ユリからの返信だぜ。チェックしてから、間違えないようにまたジー子のページを開いたぜ。
『相変わらずだよ。ジー子ちゃんは?』
『海外留学中。来週末少し帰るんだけど、会える?』
ユリに続き、何というタイミングの悪さだよ……。
『法事で実家。難しいかな。ごめん』
『そっか、了解』
素気なくやり取りは終わったぜ。ジー子はいつもこんな感じだぜ。嘘をついたと思われてるかもしれないが、事実だからしょうがねえぜ……。
*
『鍵届いた! ありがとう』
ユリが滞在できるよう、入念に掃除をしたぜ。本当は前日入りしたかったらしいが、実家と同じ系列の神社で巫女のバイトが入ったので、俺との逢瀬はなしになったんだぜ。明日はクラブに行ってから俺の家に来るというんで、きっと深夜になるはずだぜ。
夏に帰ったときは電車に乗ったが、今回はバイクで行くぜ。時間はかかるが、天気もいいし、気楽でいいぜ。
思ったより遅くなったんで、高速を降りてから実家に電話すると、夕食はないからどこかで食べて来いとのことだぜ。街道沿いの牛丼屋でちゃちゃっと済ませたぜ。
インターホンを鳴らさずに実家の鍵を開けると、ちょうど姉ちゃんが階段から降りてきたところに出くわしたぜ。
「遅いよ、あんた」
「姉ちゃん、太った?」
「は? 妊娠してんだよ。分かんないの?」
「えっ? 結婚したの?」
「してないよ、別れたよ」
おいおい、出産前からシングルマザーかよ……。
「いつ生まれんの?」
「年明けだよ。あんたも時々こっち来て面倒見てよね」
「男? 女?」
「姫だよ。ねえ、お母さんもおばあちゃんも寝てるから静かにしてよね。私お風呂入ってくるから。あ、あんた明日の朝、東京のおばさんとおじさんを駅まで迎えに行ってよね」
「何時?」
「9時半くらいとか言ってたかな」
「オッケー」
翌朝、おんぼろの軽自動車に乗り、駅前でおばさんとおじさんを待ったぜ。ふたりともばあちゃんの姉ちゃんの子どもだから、正確に言えばおおおばとおおおじだぜ。
「ヒモ男くん!」
ぱらぱらとした人波から、おぼろげながらも記憶をとどめているおばさんが喪服姿で現れたぜ。
「ちょっと、こんなに大きくなっちゃって。どこの役者さんかと思ったわよ」
おばさんの後ろには、ひょろっと背の高いおじさんと、10歳くらいの顔立ちの整った女の子がいるぜ。
「私の孫娘のルリよ。来たいっていうから連れてきちゃった」
「ルリちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
ルリは長い真っ直ぐな黒髪で顔を隠すように、恥ずかしそうにおじさんの影に隠れたぜ。
「ヒモ男、いい男になったな。俺のこと覚えているか」
こくりと頷いたが、頭が真っ白になり、さらに痩せたおじさんの変貌ぶりに言葉を失ったぜ。だが、まじまじと見つめられ、俺も照れたぜ。
車に乗り込み、窓に走る景色を見ながら、後部座席に座るおばさんが、ここはそのまま、ここは変わった、小さい頃遊びに来たときにはこの川で遊んだ、などとずっと話しているぜ。時折相槌を打ちつつバックミラーを見ると、ルリと数度目が合い、互いにすぐに逸らしたぜ。助手席に座るおじさんは大きいので、車内がいつもより狭く感じるぜ。
家に着くと、地元で林業を営んでいる母ちゃんの弟夫婦が来ているぜ。皆挨拶もそこそこに、姉ちゃんが普通の体でないことに気がついたおばさんは、
「あら、ナワ美ちゃん、おめでた? ご主人も来てるの?」
と、誰もが聞くであろうことを口にしたぜ。
「結婚してません。別れました」
姉ちゃんが迅速に事実を伝えると、その場は凍りつき、
「あ、あら、そうだったのね。……まあ、この家にいれば何とかなるわよ」
と、おばさんは明るく取り繕い、そうよねえと周りに同意を求め、皆もそうだそうだと苦笑いしながら頷いたぜ。
住職が来て経を上げ、全員で車で移動して墓参りを済ませてから、墓場近くの和食レストランで食事をし、母ちゃんの弟夫婦は、ばあちゃんと母ちゃんと姉ちゃんを家まで送り届けてすぐに帰ったぜ。車から降りた瞬間、俺のケータイがブルっと震えたぜ。チラッと見るとジー子からだぜ。
『今実家? そっちに行きたい』
俺は驚いて車のドアをゆっくりと閉め、玄関へと向かうルリとおじさんの視線を感じながら、その場で止まって返事を打ったぜ。
『うん。いいけど遠いよ』
すぐに返事が来たぜ。
『大丈夫。どこの駅?』
路線名と駅名を打ち、駅まで迎えに行くから到着時間が分かったら連絡をくれと返信したぜ。
家に入ると、喪服を脱いで普段着になっているおばさんが、茶の間でばあちゃんと母ちゃんと茶を飲みながら話しているぜ。トイレから出てきたおじさんも輪に加わり、俺も近くに座ったぜ。夕方にまた駅まで送ることになってるんだぜ。
「この子ったら(おじさんのこと)、健康診断で再検査になったのに、病院に行かないのよ」
「あら、ウミ夫兄さん、行った方がいいわよ」
「いいんだよ。俺は病院が嫌いなんだから。寿命に抗わずに死を受け入れるよ」
「そんなカッコいいこと言ってねえ、苦しくなったら死にたくない死にたくないってもがくかもしれないんだから。そっちの方がよっぽど見苦しいわよねえ」
「行くだけ行ってみたらいいじゃない、ウミ夫兄さん」
「気が向いたら行くよ」
「あんた独り者なんだから、あたしが面倒見るんだからね。ちょっとは考えなさいよ」
「はいはい」
おじさんはおばさんの言葉を払うように、手を軽く振ったぜ。
俺は着替えるために2階へ上がると、姉ちゃんの部屋からきゃっきゃと声が聞こえてきたので、開いているドアを覗くと、姉ちゃんがルリに化粧をしているのが見えたぜ。俺に気づいた姉ちゃんが手を止め、
「ねえ、ヒモ男、見てよ。ルリちゃん可愛いよね」
と言ったので、俺は部屋の中に入り、鏡越しにルリを眺めたぜ。アイシャドウや口紅を引いたルリははにかんで、俺の反応を伺っているぜ。
「うん、可愛いよ」
「ほら、ヒモ男が見とれてるよ」
ルリの眉を描いている姉ちゃんの言葉に、ルリは頬を赤く染め、にこっと笑って目を伏せたぜ。自らを「写狂老人」と呼んだ有名な写真家の「少女はヤバい」という言葉がふと浮かんだぜ。これ以上ルリの中に女を見出さないため、おれはすっと目を離し、部屋を後にしたぜ。
着替え終えて1階の茶の間に戻ると、間もなく姉ちゃんとユリも下りて来たぜ。
「あら、ルリちゃん、もっと美少女になったわ」
「可愛いねえ」
母ちゃんとばあちゃんに褒められ、皆の視線を浴びたルリは、キラキラとした笑顔を振りまいているぜ。皆で茶を囲みながらしばし雑談した後、
「ねえ、カワ代姉さん、野菜持って行かない? 最近お庭で育ててるのよ」
「あら、いいの? ツナ子ちゃん。嬉しいわ」
「好きなの収穫してちょうだいよ。そうだ、ヒモ男、あんたに動かしてもらいたい石があるから、一緒に来て」
母ちゃんに言われるまま、ばあちゃんとおじさん以外の皆で庭に出たぜ。女たちが野菜や花を見ながらわいわい騒いでいる間、俺は母ちゃんから指示された通りに、大きい石をごろごろと庭の端まで移動したぜ。終わって立ち上がった瞬間、両脇腹をツンと刺激され、驚いて振り返ると、イタズラな笑みを浮かべたルリだぜ。
「やったな」
きゃあっと逃げ出したルリの後を追い、庭を抜け、前の野原に出たぜ。ルリはすばしっこく、ついて行くのがやっとだぜ。長い艶々した黒髪が光になびいているぜ。手を伸ばしてもう少しで捕まえられそうになったときに、ルリはささっと庭に戻り、おばさんの背中に隠れ、息を切らしながら俺のことを嘲笑っているぜ。
「まあまあ、若いっていいわね」
「あんたそろそろおっさんなんだから、怪我しないでよね」
姉ちゃんにグサリとやられ、肩で息をしながらひとりで家に戻ったぜ。
茶の間では、テレビの音と、ばあちゃんとおじさんのいびきが響き合っているぜ。俺は冷蔵庫のコーラの缶を一気飲みしてから部屋に上がり、ベッドに寝転んで、ジー子からの連絡を気にしながらスマホをいじっていると、いつの間にか眠りに落ちていたぜ──。
「ヒモ男、起きろ。おばさんたちを送ってよ」
優しさのカケラもない姉ちゃんの声に叩き起こされたぜ。俺の目が開いたのを確認した姉ちゃんはすぐに出て行き、枕元のケータイをチェックすると、『19時6分着』とジー子から連絡が来ていたぜ。了解と送り、身支度をして、おばさんたちを車に乗せたぜ。駅前に停めて皆で車を降りると、
「おい、ヒモ男、俺と飲もうぜ」
とおじさんが誘って来たぜ。
「なによ、一緒に帰らないの?」
「あー……いいっすけど、7時から予定があって……」
「それまででいいからよ。俺は後から帰るよ」
「分かったわよ。ルリちゃん、先に帰ろうね」
笑顔のルリと手を振り合って別れたが、いざ別れるとなると名残惜しいもんだぜ。もう少し長い時間一緒にいられたら、ルリと打ち解けられたのかななどと考えちまうぜ。3年に1度は会って、どんな女になっていくか見てみたい気もするぜ。
駅前のコインパーキングに駐車し、近くのバーのような居酒屋に入ったぜ。
「ここにしよう」
おじさんはカウンターの1番奥の席を選び、並んで座ったぜ。そんなに広くない店内に5組ほど先客がいて、まあまあ賑わっているぜ。
「タクシー代出してやるから、お前も飲めよ」
そう言って、おじさんはメニューを見ながらタバコに火を付け、
「ビールでいいか?」
と俺に同意を求めたので、頷いたぜ。お通しを出してきた店員におじさんがいろいろと注文し終わると、
「仕事は何やってんだ?」
と聞いてきたぜ。
「あーっと……サービス業っすかね……」
おじさんは「ははっ!」と笑って、
「具体的にどんな仕事だよ」
「……まあ、ホスト的な……」
「そうか……女を泣かせてるんだな」
「いや、そんな……」
「大いに楽しめよ。若いうちだけだぞ。俺は去年定年迎えて、今は嘱託で安く使われてんだよ。年取ったら大概そんなもんだ」
おじさんはとある製紙メーカーに勤め、長年営業でさんざ苦労したエピソードを語ったぜ。趣味の囲碁の話も、酔いにまかせてたんまりと聞かせてくれたぜ。
「俺そろそろ行かないと……」
7時10分前に思い切って切り出すと、
「女と会うのか?」
とすぐさま返され、何も答えないでいると、
「お前、男とヤッたことあるか?」
ドキリとしておじさんを見ると、真剣な眼差しを俺の目に注ぎ込んでいるぜ。タバコを持つ手を俺の肩に回し、耳元で、
「試してみるか?」
と囁いたので、俺が硬直していると、
「冗談だよ」
と笑いながら手を離したぜ。
「駅前にホテルあるか? 酔ったから明日帰るわ」
「あ、はい、旅館みたいな小さなものならひとつありますよ。案内します」
胸の鼓動が収まらないままに急いで答えたぜ。支払いを済ませたおじさんがよろけるので、肩を支えて店を出たぜ。駅の反対側にある古いホテルまでなんとか歩き、受付で空室を確認し、エレベーターで最上階の3階で降り、部屋に入ったぜ。畳にベッドが置いてあるので、変な部屋だと思いながら、おじさんを仰向けに寝かせたぜ。
「おい、ヒモ男、ここからタクシー代取れ」
おじさんは俺に財布を渡そうとしたが、
「いいよ、奢ってもらったし」
と言って断ったぜ。おじさんは少し止まってから、財布を枕元に投げ出したぜ。
「お前もここに泊まっていいんだぞ」
俺は何も答えず、少し部屋を見回してから、
「……じゃあ、俺行くよ」
と言い、おじさんが片手を軽く挙げたので、部屋を出たぜ。その途端、後ろ髪を引かれるような気持ちが湧いてきて、部屋の方を振り返ったぜ。
──ごめん、おじさん。俺、おじさんの思いには応えられねえわ……。
ホテルを出るとジー子の到着予定の時間だったんで、走って駅の改札口へ向かったぜ。ちょうど改札からパラパラと人が出てくるのが見え、かけ寄ると、長い黒髪の一際いい女が目に入ったぜ。
「ヒモ男」
そのいい女が息を切らしている俺に声をかけたぜ。
「え? ジー子ちゃん?」
「そうだよ、久しぶり」
「めちゃくちゃ成長してんじゃん。驚いたわ」
「だってあのとき15だったんだから、当たり前でしょ。もう二十歳だよ」
ジー子のほほ笑みが眩しいぜ。俺が見惚れていると、ジー子は俺の腕に手を回し、
「ヒモ男は変わらないね。……もしかして、お酒飲んでた?」
「うん、親戚のおじさんとちょっと……」
「私とも飲もうよ。でもその前に少し歩きたい」
「いいぜ」
駅を出てのんびりと歩き、数少ない駅前の商店も過ぎ、家もまばらになってきたぜ。秋になったとはいえ、まだまだ蝉がお盛んだぜ。
「へえ、ヒモ男ってこういうところで生まれ育ったんだね」
「田舎だろ」
「自然に囲まれてていいじゃん」
近くの川を目指して歩いているとコンビニがあったんで、
「ここでいろいろ買って、そっちの河川敷で酒飲む?」
「うん、いいよ」
好きなものを買い、堤防を登ると、
「あれ? 川に水がない」
ジー子の疑問はもっともだぜ。
「日照りが続くと時々枯れるんだよ」
「そんなことあるの?」
「こっちは支流で、本流は枯れることはないけどね。大昔の地震で支流の高さが上がったとか習ったけど」
「へぇー。何ていう名前の川なの?」
「ホシ川」
「どんな字?」
「なんだっけな……保つに志、で、保志川」
「ふうん……」
「水が枯れると魚たちが川底で干上がって死ぬんだよ。それを地元のみんなで掃除して、最後は坊さんがお経をとなえるんだけどさ。全部ひっくるめて、ここらへんじゃあ『送り』って言うんだよね」
「面白いね」
「俺も中学んとき掃除したよ」
そんな話をしながら歩いていたら、ちょうど2人で座れるくらいの平たい岩があったんで、そこで酒宴を始めたぜ。ジー子は去年からオーストラリアに留学し、哲学を勉強しているらしいが、最近はフランス文学に目覚めて、フランスにも留学したいと言っているぜ。留学先での派手な交友関係の話や、すでに結婚した姉のイー子が妊娠しているなど、いろいろと聞いたぜ。
「ねえ、酔っちゃった。お腹もいっぱい」
と言って、俺の太ももに頭を乗せたぜ。俺は反射的にジー子の髪を撫でたぜ。
「どこか泊まれるところない?」
おじさんと同じホテルってのは気が引けたが、さすがにここでヤるわけにもいかず、他に選択肢がないのと、おじさんは結構酔ってたんでこの時間に会うこともないだろうと思い、渋々ながら提案したぜ。
「……ひとつあるけど、古くて変なホテルだよ。旅館? みたいな。畳にベッドの」
「ははは! 何それ……行こうよ」
俺はジー子の頭に被さり、軽くキスをしたぜ。
「うん」
手を繋いでホテルまで歩き、おじさんに会わないことを願いながら中に入ったぜ。幸いにも2階の部屋だぜ。
「ほんとだ、畳にベッド」
面白がっているジー子を後ろから抱きしめ、キスをしながらベッドに寝かせ、昔を懐かしみつつ求め合ったぜ。
「ねえ、分かっちゃった」
絶頂を迎え、体のビクつきが収まってきたジー子がニヤついているぜ。
「何が?」
「保志川……の名前の由来。空の星だよ。死んだ魚たちがキラキラ光って、昔の人たちには星みたいに見えたんじゃない?」
俺の脳裏に、中学のときの『送り』の光景が蘇ったぜ。
「あー、確かに……昼だったけど、太陽浴びて光ってたかも……」
「でしょ? 夜だったら星に見えるよね。天の川みたいに」
「おー、なるほどね」
「あー、良かった! なんかホシカワって聞いて、ずっと引っかかってたんだよね。干上がるのホシなんだろうけどさ、多分。でも空の星の方がしっくり来たよ、私には。今イッた瞬間に光の粒がチラチラ見えてさあ、あっ!って閃いたの。あーもーすっごい嬉しい、スッキリした。ねっ! やっぱりヒモ男はなんか突破させてくれるっていうかさ、ほんと、ヒモ男が初めての人で良かったよ。今回も、なんかそういう予感があったんだと思う。だから何がなんでも会いたかったんだろうね」
ひとりで盛り上がっているジー子の興奮はよく理解できないが、喜んでくれたならそれでいいぜ。
「好きなだけ利用してくれよ」
「そういうふうに言えるヒモ男、最高」
ジー子は俺をガシッと抱きしめ、深く長いキスを交わし、さらに激しく体を重ねたぜ。
浅い眠りから目を覚ますと、チェックアウトまでそんなに時間がなかったんで、隣で眠りこけているジー子を起こして支度し、1階までの階段を駆け足で降りたぜ。フロントが見えた瞬間、まさかのおじさんの会計中の後ろ姿があり、すぐ近くの自販機コーナーにジー子を引っ張り込み、壁ドンしたぜ。
「え? いきなり何?」
俺は何も言わず、驚いているジー子を見つめたぜ。
「ちょっと、こんなことされたら、私の中にわずかに残ってる乙女心がときめいちゃうんだけど」
「ときめけよ」
俺はなるたけゆっくりとジー子に近づき、濃厚なキスを続けたぜ。目を瞑り、夢中になっているジー子と唇を重ねながら、フロントにチラと目をやると、おじさんが出て行ったんで、優しく離れ、紅潮しているジー子とほほ笑みを交わしてから、どちらからともなく手を取りその場を離れたぜ。
「土管の中、思い出しちゃった」
ホテルから出るなりジー子はそう言い、俺の肩に頭をもたせかけたぜ。おじさんが駅に吸い込まれて行くのが見えたので、ほっと胸を撫で下ろし、近くのカフェで軽食を済ませ、そのまま帰るというジー子を駅のホームでお見送りだぜ。ベンチに並んで座っていると、電車がホームに入って来た風にあおられふわりと広がったジー子の髪が俺の顔にかかったぜ。その香りに吸い寄せられるようにジー子にキスをして、電車の扉が開くまで続けていたんで、ジー子は俺を引き剥がし、急いで飛び乗ったぜ。すぐにドアが閉まり、遠のいていくジー子と視線を交わしながら別れたぜ。
*
「おかえり!」
その日の夕方、バイクで東京の家に着くと、ユリがで笑顔で迎えたぜ。自分の家に帰って来ておかえりなんて言われたことがないから、新鮮でなかなかいいもんだぜ。
「ただいま。今日もこれからバイト?」
「今日はないよ。昨日一昨日で終わり」
「飯食った?」
「ううん、まだ」
「鰻丼買ってきたよ」
ユリの顔がキラリと光ったぜ。
「わーい! ありがとう、ヒモ男くん」
酒を飲みながら鰻丼を食らったぜ。その後、明日帰るというユリとたっぷりと楽しんだのは言うまでもないことだぜ。
(ゆるやかに続く)
前回の帰省
第2話「ヒモ男の帰省」
ジー子が出てくる話
第5話「ヒモ男とティーン姉妹」
第12話「ヒモ男パーティー」
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