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孤独の中で気づく、掌に残ったわたしの親への価値観の変化のこと。②
◎この経験を元に、気づいたことがあります。
同じような、似た悩みや経験、
困難に直面している方に、
そして読んでくださった皆様に、
何かしらの思考のきっかけになれたらいいなと
思って投稿します。
※前回の続きの記事になります。
読んでくださりありがとうございます。
親に寄り添ってもらえず理解してもらえなかった。
その中で気づいたこと。
残りの2つについて、です。
②「親に認められなくても、
自分で自分の価値を認め、
自分の価値は自らで作れば良い。」
今までは、親に認めてもらえること。
喜んでもらえることが1番に来てしまっていました。
もしかしたら、親はそんなつもりなく
育ててくれていたのかもしれません。
でも、わたしは無意識のうち
親が喜ぶかどうかというところに縛られていたようです。
そうではなくて、
認められてても、認められなくても、
どちらでも。
もう大丈夫なんだということ。
自分に許可を出しました。
自分の価値は自分で認めてあげれば
それで良いんだよ、と。
その価値は、自分でつくれば良いのです。
自分が喜ぶこと、嬉しいこと、やりたいことをまずやろうと。
決心がつきました。
③「親への執着を手放す。」
これは、
親に「わかって欲しい」執着。
「きっと理解を示してくれるだろう」
という執着。
投げやりな意味ではなくて、
「もういいか」と、納得して思えました。
イメージとしては
張り付いていて、染み込んでいるほどの
想いが
手からふわっと離れていった感覚です。
これらの、
①「もう親の価値観に寄り添って生きなくてもいい。」
②「親に認められなくても、自分で自分の価値を認め、自分の価値は自らで作れば良い。」
③「親への執着を手放す。」
ここの価値観の変化の後で、
かなり心が軽くなったような感覚を得ました。
親ではあるけれども、まずは1人の人間。
私たちと同じように、
良いところもあれば、
未熟なところもある。
同じなのです。
親を
1人の大人の人として、
個人として見ることがようやく出来るようになりました。
そして、
私個人的には
「親に理解してもらいたかった、甘えも少なからずあった」ことにも気付かされました。
その上で、改めて
親との
付き合いをしていくのか、
少し距離を置くのかも、
もう、自分で選んでよいのです。
ここまでくるのにはわたしは
かなり時間を要しました。
そんな簡単な問題ではないのです。
そのくらい、親子関係って難しいと思います。
わたしはここから、
親子関係をまた見直す時間をとりたいです。
何かまた変化が訪れましたら、
投稿していきたいなと思います。
ここまで読んでくださり、
また①②と読んでくださった方
本当にありがとうございます!
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