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”ありがとう”とジャーナリング

こんにちは。TASです。この記事では私が病気で苦しんでいた時に出会った2つの対処法である”ありがとう”とジャーナリングについてお話しさせてください。恐らく皆さまが予想される内容とは少し違いまして、当時の私にとって、”ありがとう”はマイナスの効果、ジャーナリングはプラスの効果がありました。

”ありがとう”

まず”ありがとう”についてですが、これはどこで知ったのかは忘れてしまったのですが、以下のようなことをしていました。
「常に感謝の心を持つように努力することで、自身の心も前向きに変えることができる」という趣旨で、ノートにただひたすら「ありがとう」を書きなさい、というものでした。
当時の私は少しでも良くなるのであればと、どんな事でも取り組んでいましたので、「ありがとう、ありがとう、ありがとうございます。」と毎日毎日数百回、ノート数ページにも渡ってこの同じ字句を書き続けていました。
ただこの感情は自身の心から出たものとは違う、ある意味強制されたものでしたので、徐々に違和感を感じ始め、そのうち「いったい俺は何をしているのだろう」と虚無感すら感じるようになり、最後にはペンをノートに突き刺し、ノートを床に叩きつけ、やめてしまいました。恐らく、認知行動療法と同じで、自分の感情とは違うもので強制されるという方法が、特に自分には合わなかったのだと思います。
”ありがとう”という言葉自体はとても素敵な言葉で、私も大好きで今はできるだけ周囲の方にお伝えするようにしていますが、やはり強制的に出すものではなく、自分の本心から出る”ありがとう”が大事なのだと思います。

ジャーナリング

一方のジャーナリングですが、私は”ありがとう”よりは後のタイミングで知りました。名前の通り、日記のようなものなのです。特に準備する必要もなく、思いついたことをそのまま文字にしていくのですが、1つルールがあります。それは途中で手を止めてはいけない、例えば最初にノート1ページ書くと決めたら、1ページ書き終わるまでは、書き続けないといけない、というものです。これも強制じゃないか、と思われる方がいらっしゃるかも知れませんが、そうでもないんです。書くことが思いつかない場合は、「あー、書くことがない、書くことがない、なんか書くことないかなー」と書き続ければいいのです。不思議なことにしばらくすると書くことがでてくるのです。昨日は一日眠かった、今日のごはんは美味しかった、何でもいいんです。自分の中から、良い感情も悪い感情も、書くことがどんどん出てきます。そして決まった分量を書ききった後は、恐らく気持ちを外に出してしまったからでしょう、なんだかすっきりした気持ちになるんです。私はジャーナリングが楽しくなり毎日続けるようになりましたし、少し経って気づいたのですが、例えば書き始めはネガティブな事を書いていても、書いているうちに、全く強制ではなく自然に、徐々にポジティブな内容を書いている自分に気づくことが多くなりました。今でも気持ちを整理したいときはたまに書いています。

以上、”ありがとう”とジャーナリングについてお話ししました。ジャーナリングをお勧めしたいですが、やはり書き続ける体力が必要ですので、文字を書くのも辛い体調の方は、無理にはなさらないでください。それこそ逆効果になってしまいかねません。ちょっと書いてみようかな、と思えたときに、思い出して試してみていただければと思います。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

TAS

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