事業の成功確率を上げる「血の通った」ステージゲートの要点
はじめに
こんにちは!NEWhで新規事業の伴走支援をしている谷口です。
今回は、企業として「新規事業を恒常的に生み出し続ける」という大命題において、一つの仕組みとして知られる「ステージゲート」について改めて考えてみたいと思います。
新規事業開発は、企業の持続的成長に不可欠ですが、多くの企業がアイデアの評価や開発プロセスの管理に苦心されています。今回は、ステージゲートの本質から、導入することで得られる効果やメリット、解決できる課題、さらに実践的な設計・運用方法まで解説します。
ステージゲートは、いわば事業化に向けた「羅針盤」「ロードマップ」です。一方で形式的に導入しただけでは機能しないのも事実です。今回は「血の通った」アクティブで効果的なステージゲートとして備えるべき要素はどこにあるのかを、考えてみたいと思います。新規事業を担当している方やそれを支援している方、経営の視点から新規事業創出に課題を抱える方にとって、少しでも参考になれば幸いです。
ステージゲートとは何か?
ステージゲートが生まれた背景と概要
1980年代後半にロバート・G・クーパー博士によって提唱されたステージゲート法の核心は、開発プロセスの不透明性と効率的なリソース配分の難しさを解消するため、プロセスを複数の「ステージ」に分割し、各ステージの間に評価と意思決定を行う「ゲート」を設けたことにあります。
開発プロセスを体系化し、要件としてそれぞれを予め提示することで、誰にでもわかりやすく再現性を高める一方、経営視点ではリスクを分散しながら、成功確率も高めることを目指したもので、各ステージでは事業化に必要な分析と仮説検証、開発が行われ、各ゲート毎にプロジェクトの継続や修正、場合よっては中止の判断を行うことを意図したものです。
ステージゲートが解決する課題
ステージゲートの導入により、企業の意思決定者や実際のアイデアを持つ起案者のどのような課題を解決できるのか、具体的に挙げてみます。
・アイデアの評価と選別の属人化や恣意性の解消
・プロジェクトの進捗状態やステータスの不透明性の解消
・リソース配分の効率化
・事業化に求められるステージと要件/次に明らかにすべきことの明示
・評価者の関与/起案者の被承認の機会づくり
実際のシーンを例とするならば、評価者は「この状態で何について、どう評価すべきか、よくわからない」、起案者としては「どのようなプロセスを経て、何を証明していけば事業化できるのかわからない、見えない」という悩みを解消してくれるもの、というイメージです。
新規事業創出/開発全体におけるステージゲートの位置づけ
新規事業の成功確率を上げ、恒常的に事業が生み出されていくために必要な要素として、戦略と仕組み、これを支える組織体制と人材獲得/育成、文化や風土づくりという大きな「新事業創造システム」の枠組みがありますが、ステージゲートはこのうちの「仕組み」の一つにあたります。
そのため、ステージゲートさえ定めてしまえば効果的というわけではなく、全体システムの枠組みの各ピースが補完し合うことではじめて機能するものという認識が必要です。
ステージゲートの構造と構成要素
設計方針/スタンス
ステージゲートは戦略に基づき、整合性を持つものであるとお伝えしましたが、もう一つ大切な上位レイヤーにあたるものが方針とスタンスです。このステージゲートの枠組み、レールに沿って進むのは、アイデアの起案者であり、志を共にしたチームメンバーです。
注意しなければならないのは、彼らは人一倍、自身のアイデアやその先にあるビジョンを実現させたい強い情熱や主体性を持っており、「企業側が一方的に上から評価する」ような姿勢は好ましくありません。
もう一つは企業における新規事業の位置づけです。既存事業が安泰で、将来を見据えたトライアルの位置づけなのか、その逆で新規事業が数年先の社を左右するカギになるのか、それによってステージゲートの中身や強度、難易度は大きく変わってきます。
ステージ
各ステージは、プロジェクトを事業化に向かって一歩ずつ前進させるためのマイルストーンであり、ひとつひとつクリアしていく目標です。基本的なステージには、大きく事業アイデアを具体的なサービス/プロダクトに落とし込むアイデア構想フェーズと、描いた顧客と課題が存在し、サービス/プロダクトが受け入れられるか、技術や法規制面から実現性を検証するフェーズ、さらに歩を進めて、実際に市場に投入してみて事業が成立しうるかを見極めるフェーズの3つがあります。
実際にはさらにこのステージを分割したステップを設計し、文字通り一つずつ階段を登るような格好で、設定された要件=事業化に向けて備えるべき要素や検証点をひとつずつクリアしていきます。
評価観点
各ステージにおいて、どのような観点で事業化に足るかを見極める評価軸として定めておくことは重要です。企業によって設定する観点は自由ですが、基本的な観点としては後にご紹介する5つの視点と7つの観点に大きくは集約されます。
ゲート(評価ポイント)
ステージやステップひとつひとつにすべて、企業/意思決定者の目が介入し、評価を行うことも可能ですが、評価を行う側の物理的/時間的な負担と、何より自身が着想したアイデアを世に出したいと切望する起案者にとって大きな負担やプレッシャーとなり、現実的ではないところです。
現実的には起案者に対して一定の自由/裁量を持ってもらいながら、要所とするステージではゲートを設置して、評価/判断を行ったうえで、必要なアドバイスやフィードバックを起案者に伝えることになります。
ステージゲート設計のポイント
新規事業開発の成功確率を高めるためには、ステージゲートを自社の状況に合わせて適切に設計することが重要です。ここでは、効果的なステージゲート設計のためのポイントを6つ挙げます。
✓ 方針/スタンスを定義できているか?
✓ 起案者目線に立った表現やメッセージとなっているか?
✓ ゲート数とタイミングは適切か?
✓ 求める要件と粒度は最適か?
✓ 顧客/市場で試す際のタイミングと品質設定は適切か?
✓ ステージを上がるためのアクティビティの提示と支援体制はあるか?
方針/スタンスの定義
ステージゲート設計の第一歩は、自社の方針やスタンスを明確に定義することです。これは単なる形式的な作業ではなく、新規事業開発成否を左右する重要な定義です。
新規事業の位置づけや期待度を踏まえて、どの程度企業が中身に介入するのか、リスク許容度=起案者への裁量度とあわせて設定する必要があります。もう一つは求めるクオリティ、要求するハードルの高さ、厳しさの設定です。
リスクを極力抑え、企業側が上から高いクオリティを要求することは簡単ですが、それを受けた起案者はただただ尻込みしたり、会社に対しての膨大な証明にかかる時間と手間を想像してしまいます。どこまで起案者に委ねられるか、委ねられるのかは明確にしておく必要があります。
ワーディング
見落としがちなのがこのワーディングです。「ゲート」「要件」という言葉一つとってみても、起案者から見れば上から目線を感じるもの。当然ながら起案者は企業に対して「評価してほしい」「事業化を妨げてほしい」わけではなく「事業化に向けて後押ししてほしい」と思うものです。
また、このワーディングには企業における新規事業の位置づけや、チャレンジやトライ、失敗に対しての哲学が自然と込められます。社内へのメッセージングには一定のデザインが必要になります。
ゲート数とタイミング
ゲート設置タイミングは、プロジェクトの性質や組織の特性に応じて柔軟に設計する必要があります。きめ細かくステージを設定することもできますが、プロジェクトの規模や複雑さによってはこれを増減させることもできます。
各ステージの適切な長さ、期間と評価タイミングの設定も重要です。ステージが長すぎると機動性が失われ、短すぎると十分な検証ができない恐れがあります。適切なバランスを見出すためには、過去のプロジェクト経験や業界の特性を考慮し、必要に応じて調整を行うことが大切です。
また、柔軟性と規律のバランスを確保することも重要です。厳格すぎるステージゲートはイノベーションを阻害する可能性がある一方で、緩すぎると事業化の可能性が極めて低いアイデアがピボットも行われないまま、数多くステージゲート上に居残り続けることになり、効果的なリソース管理ができなくなります。このバランスを取るためには、各ゲートでの判断基準を明確にしつつも、状況に応じて柔軟に対応できる余地を残したり、試行のトライ&エラーのなかで、修正を行うことを前提に進めていくことが欠かせません。
求める要件と粒度
設置したゲートのタイミングで、起案者に対してどの観点について、どのよな状態を、どの粒度の精度での証明を求めるのかを定め、明示しておくということも重要なポイントです。
この要件の内容には万能な定石はないと考えており、各企業ならではのワーディングや感覚値、起案者に対しての分かりやすい具体性や心象など、複数の視点から要件の言語化を模索していく必要があります。
多くのケースでは、ステージの初期段階ではスピードや起案者の主体性や負担の軽減を重視して起案者の仮説を尊重できますが、事業化判断が近づくにつれ、より定量で、かつ「実際に売れたのか」に近い形の検証をして得られた結果が求められることになります。
企業は当然、精度の高い証明を求めたいところですが、当然ながらそのためには実態のプロダクトやサービスに近い体験をより多くの顧客に提示し、実際に買ってみてもらえるかを確かめる必要があり、コストも時間もより多くかかることになり、上市までの道のりはより遠くなります。
試販品質とタイミング
「不確実のカタマリである新規事業だから、完成度が高まるまで顧客に見せるべきではない」と考える向きもありますが、多くの事例が物語るように、「100の仮説よりも1つの結果」です。不確実であるからこそ、できるだけ早い段階から、想定顧客と対話し、たとえラフであってもプロダクト/サービスに触れてもらったり、実際にお金を出して買ってもらえるかどうか、実際の市場で確かめることも避けるべきではありません。
強力なブランドを冠する大企業でも、クラウドファンディングやネット/地域や時間の限定販売、OEMや別ブランド販売など、取り得る手段は多くあります。顧客との対話や手触り感ある結果に触れれば触れるほど、不確実性は下がり、ムダは削ぎ落されていきます。
ここでポイントとなるのが社内の品質管理規定です。当然ながら既存品に対しての十分な品質を担保するため、厳しく、多項目に渡る品質管理基準が定められているところですが、上市前の商品はプロトタイプの延長戦上にあるものや、MVPにあたるもので、同じ基準を適用することは適切ではありません。新規事業で生み出される商品をいちはやく、顧客に試すためには、既存品とは別の品質基準を企業として認め、用意することが必要にもなってきます。
アクティビティと支援体制
多くの場合、起案者に事業開発の経験やスキルがあることは稀で、社内公募等を経て、初めて取り組むというケースがほとんどかと思います。この場合、ステージごとに求められることが具体的に示されたとしても、具体的に何をすればよいか、誰に何を聞いて進めれば良いのかは全く分からない状況です。
当然ながらアイデアによって行うことはそれぞれ異なり、検証すべきことも異なりますが、各ステージで行う基本的なアクティビティと、実行を支援する体制が予め用意されていれば、より効率的に、最短距離に近い形で検証が進められるはずです。
新規事業に起案者の主体性や積極性、行動力は当然必要ですが、起案者任せにしてしまっては、多くの場合早々に孤立し、頓挫してしまいます。所属部署や人事と掛け合って、新規事業に集中するための工数を確保することはもちろんのこと、ガイドラインの整備や定期的な1on1機会を設けたり、必要によっては外部のメンタリングを受けるなどのサポート体制が必要です。
ステージの基本形
ステージゲートの効果的な実装には、基本的な構造を理解したうえで、それを自社の状況にカスタマイズすることが近道です。ここでは、典型的なステージの基本形を示してみます。
このステージはあくまで基本として、明らかにしたい仮説によって、実施する/しない、順序を変えることも当然あり得ます。また、繰り返しになりますが、このうちどこにゲートを設計するのかも方針/スタンスにより異なるところです。
各ステージには行うべきタスクや、ゲートに向かって明らかにしなければいけないことと、そのために必要なアクティビティが落とし込まれ、ゲートでは先に挙げた評価観点ごとに起案者に求められる要件が明確に定義されるイメージです。これにより、起案者は自身が事業化に向かう道のりのどの地点にいるのか、次に目指す地点はどこで、何をすべきかが明確に理解できます。
見ていただくとお分かりの通り、仮説検証のフェーズが最も長くなることが想定されます。この部分の検証の主な論点は次の通りです。
・想定する顧客が存在し、解決策が求められるか?
→定性調査やエキスパートインタビュー
・その顧客が量的にどの程度存在し、解決策の受容度は強いか?
→定量調査
・そもそも実現が可能なのか?
→実現性検証(法規制/技術/小ロット生産など)
・実際に顧客はお金を出して買ってくれるのか?
→テスト販売
・想定する市場規模で作れるのか、売れるのか?
→量産/量販検証
このあと、実際の規模感に近いトライアル販売(より広域での販売)を通して、量産/量販の仮説検証を行い、事業計画に必要なP/L作成上の根拠を集めていくイメージです。
さいごに
新規事業開発は企業の持続的成長に不可欠であり、ステージゲートは事業化の確率、再現性を高めるための強力な仕組みです。
ただし、ここまで見てきた通りステージゲートは固定的/汎用的な絶対プロセスではありません。各企業の特性やプロジェクトの性質に応じて柔軟にカスタマイズすることが重要です。導入に際しては、自社の現状と課題を分析し、適切なプロセス設計を行い、各ステージの目的と要件の明確化、適切な評価基準の設定、起案者向けガイドラインと支援体制の整備が重要です。
また、ステージゲートの導入は組織文化の変革も伴います。経営陣の関与、部門横断的な協力、失敗から学ぶ姿勢など、イノベーションを推進する文化の醸成が求められます。さらに、運用を通じた継続的な改善も欠かせません。
適切に設計、運用されたステージゲートは、新規事業開発の成功確率を間違いなく高めてくれます。今回の内容が少しでも新規事業の取り組みの一助となり、価値ある新規事業の創出につながることに繋がれば幸いです。