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論文紹介 米海軍の軍人は80年代にソ連潜水艦にどう対処しようと考えていたのか?

現代の軍事情勢を考える上で核兵器が戦略的な意義を持っていますが、それを運搬する手段として重要なのが原子力潜水艦です。原子力潜水艦は原子炉によって推進できるため、水面に浮上することなく、水面下を長期潜航できます。そのため、核弾頭をつけた潜水艦発射弾道ミサイルを搭載し、水中を哨戒していれば、突発的に敵から核兵器で攻撃され、弾道ミサイルや戦略爆撃機をすべて失ったとしても、最低限の核戦力を手元に残すことができます。

これは潜水艦発射弾道ミサイルを備えた原子力潜水艦が、核戦争が勃発したときに、敵から一方的に核攻撃を受ける事態を回避し、敵に対して核兵器で有効な報復を加えることを可能にすることを意味します。自国がこのような態勢を維持していることを知れば、敵は完璧な奇襲に成功したとしても、何らかの程度で核攻撃を受けることを覚悟しなければなりません。そのため、核攻撃に踏み切ることはずっと難しくなります。これが原子力潜水艦が抑止戦略において重視される理由です。

アメリカで潜水艦発射弾道ミサイルの抑止戦略における意義をいち早く指摘したのはポール・バッカスという軍人でした。詳細は過去の記事でも述べているので繰り返しませんが、彼は1959年の「最小限抑止、制御された報復」でこの考え方を提唱し、それまでの空軍を中心にした抑止戦略の考え方に修正を加えることを提案しました(なぜ潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)が抑止に役立つと考えられているのか?)。アメリカ海軍は1959年12月にジョージ・ワシントン級原子力潜水艦を就役させ、1960年7月の実験成功で水中から核兵器を使用することができることを内外に示しました。この動きにソ連海軍も迅速に対応し、1961年に最初のソ連海軍も原子力潜水艦を就役させています。

その後の冷戦の歴史において、アメリカとソビエトは絶えず水面下で軍事的競争を行ってきました。対潜戦(anti-submarine warfare, ASW)の能力が重視されるようになったのも、米ソ双方が相手の潜水艦を捕捉し、追尾することを試みるようになったためです。1960年代にはキューバ危機の影響で両国が一時的に緊張を緩和しようとした時期もありましたが、1970年代の末、特にソ連軍のアフガニスタン侵攻(1979)が始まってからは、新冷戦と呼ばれる緊迫した情勢が出現しました。

このような軍事情勢の下で、アメリカ海軍の軍人ジェームズ・G・スタヴリディス(James G. Stavridis)は、1987年に「ASWのキルゾーンを構成する(Creating ASW Killing Zones)」と題する論文を発表し、ソ連海軍の原子力潜水艦にどのように対処すべきかを考察しています。

Stavridis, James. G. (1987). Creating ASW Killing Zones, U.S. Naval Institutte Proceedings, 113: 36-44.

この論文で著者が主張しているのは、ソ連海軍の潜水艦に対し、アメリカ海軍はこれまで以上に攻勢的な対潜戦を遂行できるようになるべきであるということです。具体的には、「ソ連の潜水艦戦略は原子力攻撃潜水艦(SSN)、原子力巡航ミサイル潜水艦(SSGN)に対する障壁作戦と、原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)に対する高度に攻勢的なASWの活動を組み合わせることが求められる」と述べています。核抑止において特に重要なのは原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)ですが、巡航ミサイルで攻撃が可能な原子力潜水艦(SSGN)や魚雷で攻撃が可能な原子力攻撃潜水艦(SSN)も重要な脅威として考慮されています。

米ソ戦争が発生した場合、ソ連海軍が潜水艦をいつ、どこに進出させるのか、それをどのように運用するのかは明らかではありません。しかし、著者は次のような行動方針を想定しています。

「ソ連は、護衛のために1隻か2隻の原子力攻撃潜水艦(SSN)
もしくは原子力巡航ミサイル潜水艦(SSGN)を伴わせ、原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)を外海に派遣する。この措置はSSNを刻々と捕捉されないようにすることを可能にするだけではなく、同盟国の軍艦や商船を自在に攻撃することをも可能にする。ソ連は60隻以上のSSBNを保有しており、また、約120隻のSSNとSSGNを保有している。これだけの戦力をもってすれば、このような戦略を実行することは十分に可能である。前方に配備されたSSNとSSGNの行動に柔軟性を確保できるので、これらの潜水艦を用いれば、ソ連は我々の空母戦闘群(CVBG)や同盟国の海上連絡線(SLOC)に対する攻勢に出ることも可能であり、またSSBNを護衛する防勢も可能となる」

著者はディエゴ・ガルシア、スービック湾、ロタ、ホーリー・ロッホといった主要基地に対してソ連海軍が原子力巡航ミサイル潜水艦を差し向ける恐れもあると指摘しています。確かに潜水艦は多様な任務を隠密に遂行できる戦力であるため、積極的にASWを仕掛けなければ、捕捉さえ困難になる恐れがあります。つまり、アメリカ海軍としてASWに消極的な姿勢をとっていれば、世界の広い範囲に部隊を分散させる必要が生じてきます。それよりも特定の地域に重点を絞り、積極的に行動を起こすことで脅威を取り除くことが有利であるという考え方です。

著者の議論で興味深いのは、特に重要な海域とされているのが北極海、北海、バレンツ海、カラ海、ラプテフ海、東シベリア海、オホーツク海であるということです。これらの海域ではソ連の原子力弾道ミサイル潜水艦が潜んでいる可能性が高いと判断されており、その重要性からレッド・ゾーン(red zone)として区分されています。

その次に重要なのが、レッド・ゾーンと隣接する日本海、ベーリング海、グリーランド・イギリス間の海面、そしてボーフォート海です。ソ連海軍としては、レッド・ゾーンに向けて進出を試みるアメリカ海軍の部隊を撃破するため、原子力攻撃潜水艦を活発に活動させるはずであり、著者はそこをオレンジ・ゾーン(orange zone)と呼んでいます。最後にアメリカとその同盟国を結ぶ海上交通路が伸びる海域があり、北太平洋、北大西洋、インド洋、南シナ海などがこれに該当します。ソ連の原子力攻撃潜水艦が味方の商船に対して攻撃を仕掛ける恐れがあり、また基地に対する直接的な攻撃が起きることも想定されます。この地域を著者はイエロー・ゾーン(yellow zone)と呼んでいます。

このような地域区分に基づいて著者はアメリカ海軍の戦力を適切に配当することを提案していいます。

まず、平時からレッド・ゾーンには原子力弾道ミサイル潜水艦を派遣し、対潜戦に備えさせておきます。オレンジ・ゾーンでは対潜哨戒機を展開できるようにして、イエロー・ゾーンでは空母戦闘群とASW部隊を展開します。ASW部隊とは対潜戦の任務のために編成された部隊であり、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦1隻とスプルーアンス級駆逐艦2隻、オリバー・ハザード・ペリー級ミサイル・フリゲート2隻をもって編成すると説明されています。戦時に移行すれば直ちにアメリカ海軍の原子力攻撃潜水艦をイエロー・ゾーンとオレンジ・ゾーンに展開し、敵の潜水艦の捜索を始めます。もし接触することに成功すれば、追跡は哨戒機に引き継がせます。ASW部隊は両地域に進出し、対潜戦の開始に備えます。

次の段階に移ると、敵情を評価した上で、政府レベルの意思決定に基づき、レッド・ゾーンを含めた対潜戦を開始します。この段階でオレンジ・ゾーンで追尾していたソ連の潜水艦はすべてASW部隊で攻撃し、撃破することになります。空母戦闘群はソ連の海軍基地であるウラジオストクなどを攻撃することで、潜水艦活動の継続を困難にします。この際に、敵の潜水艦部隊をどこまで撃破できるかによって、最後の段階の動きが変化します。

最後の段階では、レッド・ゾーンにおける対潜戦を継続するべきか、あるいは味方の部隊をオレンジ・ゾーンに後退させるべきかを判断します。ここで重要になるのは、ソ連の作戦計画をどのように再評価することができるのか、レッド・ゾーンにおける対潜戦がどのように進展するかです。オレンジ・ゾーンで活動するASW部隊は哨戒機と連携し、それぞれの地域ごとに対潜障壁を構成し、まだ捕捉できていないソ連のSSNを捜索する作戦を継続します。

著者の構想は非常に積極的なものであるため、アメリカ政府の対外政策によっては実行が困難であったかもしれませんが、1980年代の軍事史でソ連の潜水艦の脅威がどのようなものであったのかを考える上で興味深い見解を示しています。また、日本の近海であるオホーツク海や日本海がソ連の潜水艦の運用において重要な意味を持っていたことも示されており、日本と冷戦の関係を考える上でも参考になるところがある論考だと思います。

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