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メモ 河川と国家の関係をめぐる地理学者と歴史学者の議論から見えてくるもの

19世紀に活躍したドイツの地理学者ラッツェル(Friedrich Ratzel)は政治地理学の先駆者です。彼の主著『政治地理学』では国家という存在を一つの有機体として捉える国家有機体論に基づき、その地理的な特性を検討したことで知られています。

ラッツェルが国家有機体論から導き出した議論は多岐にわたっていますが、その一つとして空間運動(räumliche bewegung)に関する議論があります。空間運動は、ある国家が自らの支配領域を空間的に固定し、それを外方へ広げることで、より多くの土地と資源を取り込み、成長していくプロセスのことをいいます。ラッツェルは、歴史上の国家が大国に成長するに至るまでの空間運動の経過を調べていくと、その方向に一定の規則性(あるいは法則性のように見えるパターン)が見出せると考えました。

ラッツェルが空間運動の経過を調べる中で着目したのは、河川との関係でした。河川は、人間が農業を営む上で欠かすことができない水資源をもたらし、産業的に大きな価値を持っています。また河川は船舶で貨物や軍隊を輸送する交通路を提供するため、ラッツェルは河川を支配下に置くことが、国家の空間運動の基本的なパターンになっていると推測し、このパターンにそって行われる空間運動を政治的方向線(politische richtungslinien)と呼びました。この見解では、ナイル川に沿って領域を広げていった古代エジプトは、この政治的方向線に従って空間運動を推進した典型的な事例となるでしょう。

20世紀にドイツからアメリカに渡り、中国の歴史を研究した歴史学者のウィットフォーゲル(Karl August Wittfogel)は、このように地理的環境の影響を固定化して捉えることに反対した研究者の一人です。ウィットフォーゲルの著作『オリエンタル・デスポティズム』でも河川と国家の関係が重視されていますが、自然の捉え方がラッツェルの研究と大きく異なっています。ウィットフォーゲルは、環境の特質が人間社会のあり方を一方的に規定しているわけではないと考え、人間社会は、その技術と労働を通じて自然環境に変化をもたらすことができると指摘しました。人間が技術力を用いて自然に手を加え、新たに構築した堤防や水路を利用します。これらは「第二の自然」となって、環境と人間の相互作用を変えるので、自然環境から人間社会のあり方が決まるという素朴な環境決定論は成り立たないのです。もちろん、あらゆる自然環境を人間の技術で思い通りに変えることができるわけではないので、恒久的に影響を及ぼす「第一の自然」を無視すべきではありませんが、河川は人類の歴史で集中的に制御、管理されてきたものであり、いわば「第二の自然」の典型として研究する必要があるというのがウィットフォーゲルの立場でした。

政治地理学の研究として、それぞれの国家がどのように領域支配を変化させてきたのかを明らかにすることが無意味になったわけではありません。しかし、そのパターンを安易に特定の自然地理的特徴と結びつけ、固定的に捉えることは避けるべきでしょう。特に近代以降の科学技術の発達は、ウィットフォーゲルが「第二の自然」と呼んだ自然の範囲を劇的に広げてきました。このような自然環境のダイナミックな捉え方は政治地理学に不可欠なものであると思います。

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