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論文紹介 イランの支援を受ける武装勢力が忠実な代理勢力とは限らない理由

中東地域の国際政治でイランが大きな影響力を持つ理由の一つは、独自のネットワークを通じて中東各地に政治組織、軍事組織を持っており、それによって現地の状況に影響を及ぼすことができるためです。そのネットワークの基盤となっているのがシーア派です。

シーア派は、イスラム教の全体の中で見ればスンニ派より少数派ですが、イランを中心にイラク、レバノン、シリアなど幅広い地域に信徒がいます。1979年のイラン革命で発足した新体制は、最高指導者のアリー・ハメネイ師の指導によってイスラム教に基づく政治体制を盤石なものとしましたが、イスラム革命防衛隊を通じて国外における影響力を拡大してきました。この部隊によって各地のシーア派の信徒は軍事組織を形成し、イランの代理として軍事活動を展開しています。

こうした武装勢力は基本的にイラン本国の指導に基づいて動いてきましたが、彼らも無条件に従属しているわけではありません。以下の論文は、イランの支援を受けたことがある武装勢力の動向を検討したものであり、イランの指導に逆らうような武装勢力もいたことが明らかにされています。

Ostovar, A. (2018). Iran, its clients, and the future of the Middle East: the limits of religion. International Affairs, 94(6), 1237–1255. https://doi.org/10.1093/ia/iiy185

中東でイランに忠実な代理勢力として有名な武装勢力には、レバノンで活動するヒズボラや、イラクで活動するバドル機構などがありますが、これらはイランの対外工作を遂行するイスラム革命防衛隊が主導して組織化した組織です。どちらも1982年に設立されており、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアに対して敵対行動をとってきました。これら以外にも、イラクではアサイブ・アフル・ハック(Asaib Ahl al-Haq)カタイブ・ヒズボラ(Kataib Hezbollah)が知られており、いずれもイランの指導者と体制を公式に支持する代理勢力と見られています。しかし、イランの支援を受けているからといって、無条件に代理勢力として振舞うとは限りません。そのような武装勢力の特性を理解するために、著者は3つのカテゴリーに分けて整理することを提案しています。

第一のカテゴリーに含まれるのは、状況次第で関係が強化される場合もあれば、そうでない場合もあったような武装勢力です。タリバン(Taliban)アルカイダ(al-Qaeda)ヒズベ・イスラミ(Hezbi Islami)がこのカテゴリーに入ります。シーア派と対立するスンニ派であるため、基本的に彼らのイデオロギーはイランが公式に掲げるイデオロギーと隔たりが大きく、イランとしても強固に結びつこうとしませんでした。何らかの利害関係から個別に支援していたにすぎませんでした。その他にも、クルディスタン愛国同盟(Patriotic Union of Kurdistan)や、パレスチナ解放人民戦線総司令部(Popular Front for the Liberation of Palestine - General Command)がありますが、これらの組織は依拠しているイデオロギーが世俗的であるという特性があります。これもイランの公式の立場とは対立するものです。

第二のカテゴリーは宗教的、政治的な立場がより近しい関係にはあるものの、その利害関係や地域情勢に対する認識が微妙に異なっているため、場合によってはイランの指導を受け入れない武装勢力です。具体的にはパレスチナで活動するイスラム聖戦機構(Palestinian Islamic Jihad)ハマス(Hamas)がこれに分類されています。イランは1990年代の後半からイスラム戦線機構に資金を提供していましたが、この組織はシリアやスーダンからも支援を受け取ることで、特定の資金提供者に頼り切らない運営が行われてきました。そのため、2010年代の初頭にチュニジアを発端として中東各地に民主化の運きが広まったアラブの春が発生すると、イスラム聖戦機構はイランの示す路線と対立しました。2015年にイランがイエメン内戦(2015~)に干渉し、フーシ派を支援した際には、イスラム聖戦機構がイランの立場に追従しなかったため、イランは資金の提供を翌年一時的に打ち切り、圧力をかけました。2016年以降に両者の関係は一応修復され、資金の提供も再開されました。イランは1990年代の初頭からハマスにも活動の資金を提供してきましたが、ハマスも資金提供者の多角化を進め、シリア内戦(2011~)ではイランの意に沿わないスンニ派の反乱団体を支援するようになりました。2017年にイランはハマスがカタールとトルコから支援を受け、イスラエルと妥協したことを非難することもありました。2017年の後半にイランはハマスとの関係を修復していますが、ハマスがイランの思い通りに動く代理勢力とは限らないことがよく示された出来事でした。

第三のカテゴリーに含まれるのは、イランとの関係を最終的に放棄した代理勢力であり、イラク・イスラム革命最高評議会(Supreme Council for the Islamic Revolution in Iraq)や、アフガニスタンで活動するヘズベ・ワフダート(Hizb-e Wahdat)がここに分類されます。ヘズベ・ワフダーは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抵抗する武装勢力ムジャヒディンの一派から生じた親イランの武装勢力として発展し、1992年にイランのイデオロギーを正式に採用しましたが、その路線は1995年までに見直されました。2001年にアメリカがアフガニスタンに侵攻してからは、イランと一定の友好関係を保ちつつも、サウジアラビアやアメリカにも接近しています。イラク・イスラム革命最高評議会は、1982年にイランに移ったイラク人のシーア派信徒が立ち上げた政治組織であり、20年以上にわたってイランと密接な関係を構築してきました。2003年のイラク戦争でアメリカがイラクに侵攻すると、この組織はイラクに拠点を移転し、政治活動を本格化させましたが、その過程でイランから距離を置くようになり、2005年にイランの指導から離れました。

以上の事例を比較すると、イランが武装勢力を支援しようとしても、それが代理勢力として信頼できるとは限らないことが分かります。レバノンのヒズボラやイラクのバドル機構のようにイランの公式な宗教的イデオロギーを受け入れている武装勢力は、忠実な代理勢力としてイランの対外政策を遂行します。しかし、そのような武装勢力を得ることは容易なことではなく、時として関係構築の妨げになることさえあると著者は指摘しています。ある武装勢力に活動の資金の提供したとしても、イランの指令に従わないような事例も少なくないことも重要な事実です。武装勢力の方針を外部から操作することは政治的に難しいことであり、特に複数の資金提供者が同一の武装勢力についている場合は独占的な影響力を行使することが妨げられます。逆に、武装勢力がイラン以外に代替的な資金提供者を見つけることができない場合、イランは強い影響力を行使できるようになると考えられます。

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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