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非国家主体の戦い方は国家と同じものになる場合があるとの研究報告 『非国家戦争(Nonstate Warfare)』の文献紹介

2001年に米国で同時多発テロ事件が発生し、米国が国際テロリズムの撲滅に向けて動き出してから、世界中の研究者は非国家主体の戦略・戦術に関する研究を進めてきました。しかし、当時から国家主体と非国家主体の戦い方はまったく異なったものであるという認識が前提として共有されていました。

しかし、米国の政治学者スティーヴン・ビドルはこの見方に異を唱えました。ビドルの新著『非国家戦争:ゲリラ、軍閥、民兵の軍事的方法(Nonstate Warfare: The Military Methods of Guerrillas, Warlords, and Militias)』(2021)では、非国家主体と国家主体の戦い方が本質的に同じものであり、非国家主体に特有の戦い方というものがあるわけではないと論じています。

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非国家主体と国家主体で戦い方が異なるのか?

戦争で用いられる戦略、作戦、戦術は多種多様であり、時間をかけて敵部隊を少しずつ消耗させるような戦い方もあれば、敵部隊を一挙に殲滅する決戦を挑む戦い方もあります。歴史上のほとんどの戦争では、これら両方の要素を取り入れた戦い方が選択されており、それは国家主体であっても、非国家主体であっても本質的に違いはないというのが著者の基本的な立場です。

これまでの研究の前提としては、国家主体が敵の主力を捕捉撃滅する正規戦争・在来戦争の戦い方を選び、非国家主体が敵の消耗を狙った非正規戦争・ゲリラ戦争の戦い方を選ぶはずだと想定してきたのですが、著者はこのような想定は誤解を招くだけでなく、間違った結論を導く恐れがあると強く批判しています。つまり、非国家主体だからといって、国家主体のような戦い方を選ばないわけではないということです。

著者は非国家主体が戦い方を選択する際に、どのような要因が作用するのかを考察しました。一般的に考慮される要因としては、その非国家主体が保有する人員や装備といった物的戦闘力、さらに非国家主体の組織文化がありますが、著者は非国家主体の戦い方を分析する上では、その組織体がどのような政治制度を持っているのかを調べることが、一般的に考えられている以上に重要であると主張しています。この議論は19世紀のプロイセンの軍事理論家カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』の内容と整合するものです。

もし非国家主体の組織内で上位階層の意思決定を下位階層に強制できるだけの強制措置が政治制度として確立されているのであれば、その非国家主体の戦い方は国家主体の戦い方に近づくはずだと考えられます。しかし、もしそのような中央集権が制度化できていないのであれば、非国家主体の戦い方は各部隊の自主的な軍事行動を重んじるゲリラ戦になるでしょう。著者は、物的戦闘力や組織文化以上に、この政治制度が作戦方針の選択に与える影響が大きいと主張しています。

著者はこの組織内の政治制度の重要性を強調する考察を、独自の理論に体系化しました。そして、5種類の事例分析を通じて妥当性を検討しています。さまざまな事例が取り上げられていますが、ここでは最初の事例分析を紹介してみたいと思います。それは2006年のレバノン戦役で非国家主体の武装勢力であるヒズボラ(Hizballah)が、イスラエルの軍隊といかに戦ったのかに注目したものです。

2006年のレバノン戦役におけるヒズボラの戦い方

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ヒズボラは1982年にレバノンで創設され、イランのようにイスラム教シーア派の国家体制の樹立を目指す政治組織です。現在は形式的に武装勢力と分離しているものの、実態としては依然として武装勢力であると認識されており、日本を含む複数の国でテロリスト集団に指定されています。

ヒズボラの軍事部門はレバノン国軍とはまったく別の系統の組織であり、国家主体の軍事組織ではありません。しかし、非常に強硬な反イスラエル路線の下で、何度もイスラエルと武力衝突を繰り返してきました。ちなみに、ヒズボラはイランから軍事的、財政的な援助を受けていることも知られています。

2006年7月12日、ヒズボラの部隊はイスラエル軍の斥候を待ち伏せ、3名の兵士を殺害し、2名の兵士を捕虜にすることに成功しました。この待ち伏せはイスラエルの領土内部で実施されたものであったことから、すぐにイスラエルは報復に動き、戦争へとエスカレートしました。

イスラエル軍は航空部隊を出撃させ、ヒズボラの陣地を空爆しました。ヒズボラはこれに応戦して、推定4,000発のロケット弾をレバノンから発射し、イスラエルの北部の市街地を攻撃しました。多数の人的、物的な被害が報告されたことを受けて、レバノン国内に位置するヒズボラの射撃陣地を攻略する必要があるとイスラエル政府は判断しました。

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7月17日にイスラエルはレバノンの領土に部隊を侵攻させ、ヒズボラと大規模な地上戦を開始しました。この地上戦でイスラエル軍は速やかにヒズボラの勢力を捕捉撃滅しようとしましたが、ヒズボラの部隊は防御陣地と遊撃行動を組み合わせながら退却し、イスラエルの部隊を消耗させる戦い方をとりました。

当初は順調にレバノンに進出したイスラエル軍でしたが、前線の部隊では損害が相次いで攻撃の続行が難しくなっていきました。国内でも政権の作戦指導に対する不満が高まったことを受け、国際連合の和平仲介で8月13日にイスラエルはヒズボラとの停戦に合意しました。その後、イスラエルは国連レバノン暫定駐留軍の支援の下で占領地をレバノンに明け渡し、部隊を撤退させています。

2006年のレバノン戦役は、ヒズボラという非国家主体がイスラエルという国家主体を相手に繰り広げた戦いでした。ヒズボラが採用した戦い方は正規戦争とまではいかないまでも、正規戦争と非正規戦争の手法を組み合わせたハイブリッド型であったと著者は評価しています。前線に配置された部隊は小隊規模を超えて行動することがなかったものの、その射撃と運動の両面で一定の能力を発揮し、特に対戦車戦闘で注目すべき戦果を出し、イスラエル軍に小さくない損害を与えたことは、作戦部隊の戦術能力の高さを裏付けています。

ヒズボラが組織的な戦闘を遂行できた理由として著者が注目しているのがヒズボラの政治制度です。ヒズボラは非国家主体ですが、その政治制度は体系的であり、意思決定は属人的ではありません。

最高意思決定機関である諮問評議会は7名の宗教指導者で構成されており、その下位には機能別に設置された評議会があります。諮問評議会の下には国内政治を管轄する政治評議会、対イスラエル活動を管轄するジハード評議会、財政や外交などの行政を管轄する執行評議会、レバノン議会におけるヒズボラの活動を管轄する議員活動評議会、そして宗教上の紛争を管轄する法務評議会が置かれています。

これ以外にもヒズボラは小規模金融や住宅建設を管轄する下位部門が置かれており、公共事業者としての役割も果たしています。以前のヒズボラは組織内部にさまざまな派閥が存在しており、政治的に分裂する危険に直面したこともあったのですが、現在のような政治制度を整備したことによって組織内の意思決定を迅速かつ強力に強制することができるようになりました。

著者はこのような政治制度を整備したことが、ヒズボラは非国家主体でありながら、イスラエルとも渡り合えるだけの軍事行動を指導することができた可能性が高いと分析しています。

まとめ

クラウゼヴィッツは戦争が他の手段をもってする政治の継続であると『戦争論』で論じていましたが、著者はこの命題が依然として実証的な妥当性を持っていることを明らかにしています。ある組織体の意思決定過程が適切な政治制度、

ある組織が武装闘争を展開する際に、上位階層の命令を下位階層に実行させる手続きには、権力の行使が必要です。国家主体の多くはその組織内部において政治制度を持っており、大統領や首相は大規模な部隊を一定の指揮系統に沿って動かすことができます。しかし、それは国家主体にのみ許された戦い方ではなく、非国家主体であっても確固とした政治制度を持っている組織は、国家と同等の戦い方が可能であると考えなければなりません。

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