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論文紹介 なぜスーダンの政治を理解する上で中国の影響力が重要なのか?

一般的には知られていないかもしれませんが、アフリカの国際関係を専門とする研究者の間では、2000年代以降にアフリカ諸国と中国の関係が重要な検討課題となり、今日までさまざまな調査や分析が行われています。スーダンと中国の外交関係もその例外ではなく、両国は石油関連製品の貿易を拡大しており、安全保障の分野では中国からの武器の輸出も行っています。

中国がスーダンの政治状況に及ぼしてきた影響の大きさが十分に認識されていないことはDavid H. Shinn氏の「中国とダルフールにおける紛争(China and the Conflict in Darfur)」(2009)の冒頭でも指摘されていますが、この指摘は現在でも当てはまると思います。今回の記事では、この論文を取り上げ、スーダンの情勢を理解する上で中国との関連を考慮する必要があることを具体的に示してみたいと思います。

Shinn, D. H. (2009). China and the Conflict in Darfur. The Brown Journal of World Affairs, 16(1), 85-100.

この論文の狙いは、2003年2月にスーダン西部のダルフールで発生した武力紛争を国内の宗教対立の文脈だけで捉えず、より広い視野に立って、中国の関与を明らかにすることです。かつてスーダンはイギリスの植民地として統治されていましたが、第二次世界大戦が終結してから脱植民地化の動きが世界的に活発になり、1956年に独立を果たしました。スーダンが中国と国交を樹立したのは1959年ですが、経済連携が本格化したのは1970年代以降のことになります。

1971年、スーダンの政治に干渉するため、ソ連が援助してきたスーダン共産党(Sudanese Communist Party)がクーデターに失敗しました。この失敗のために、ソ連に取って代わるような形でスーダンにおける中国の存在感が増しました。著者が特に重要な出来事であったと述べているのは、1989年のクーデターで軍人オマル・アル=バシール(Omar Hasan Ahmad al-Bashīr)が絶対的な支配体制を確立し、政党政治を禁止したことです。アル=バシール政権は当初から対中関係を重視し、1990年には北京訪問を実現させました。1991年にはイランから資金の提供を受けて、中国から武器を輸入し始めています。ちなみに、アル=バシール政権は軍部だけでなく、イスラーム主義を掲げる民族イスラーム戦線にも支持されていました。イランから財政的な援助を受けたことから、アメリカは安全保障の観点でスーダンに対する懸念を強めるようになり、1993年8月にスーダンをテロ支援国家に指定し、経済制裁を発動しました(2020年12月指定解除)。

このような歴史的な経緯があり、スーダンは1990年代以降に外交的、経済的に孤立を深めることになり、その結果として中国への依存を強めていきました。1994年にはアル=バシール政権が国内の油田の開発を進めるために、中国の石油関連企業を進出させることを中国に提案しました。1997年にこの構想は大ナイル石油事業会社(Greater Nile Petroleum Operating Company)の設立によって具体化されましたが、スーダンの国営企業は5%の出資比率にすぎず、その資本の構成で最大の割合を占めたのは中国石油天然気集団の40%でした。インド、マレーシアの国営企業も出資していますが、中国企業は石油開発の中核的業務に深く入り込んでおり、スーダンの内陸部に位置する油田と沿岸部の都市ポートスーダンの港湾施設を結ぶ長大なパイプラインの建設を手がけています。スーダンに対する中国の投資の全体像を把握することは困難ですが、著者が示した現地の情報源によれば、その総額はおよそ50億ドルほどで、3億ドルはホテル経営を中心とする宿泊業に配分されており、残りの大部分は石油産業への投資に配分されているようです。著者が調査した2007年の時点で中国はスーダンから73億ドル相当の石油関連商品を輸入しており、またスーダンに24億ドル相当の輸出を行っています。このような貿易量は、スーダン経済にとって大きな割合を占めています。

このようにスーダンが中国との関係を重視し、依存を強めていたことを考慮すれば、中国が2003年のダルフール紛争に関与したことには相応の理由があったといえます。2002年11月に中央委員会の総書記となり、2003年3月に国家主席に就任したばかりの中国の胡錦涛政権は、スーダンに中国の武器を提供する政策を決定しました。特筆すべきこととしては、その内容が小火器だけに限定されなかったことです。中国がスーダンに与えた軍事援助には当初から航空機が組み込まれていました。著者は1997年にも6機、あるいは7機の戦闘機F-7B(輸出型)が提供されていたことを示していますが、2003年には地上目標に対する攻撃に適した攻撃機のA-5C(輸出型)がスーダン空軍に合計20機納入されています。2006年には練習機のK-8が6機売却されており、中国がスーダン空軍の能力向上において重要な役割を果たしたことが伺われます。

陸上戦の武器の売却状況に関しては不明な点が多く残されています。著者は、中国が2005年に200両以上の軍用車両を納入し、2007年のスーダン独立記念日では中国軍の戦車や歩兵戦闘車が展示されたことや、毎年1400万ドル相当の小火器がスーダンに販売されていることを挙げていますが、これは全体の一部と考える必要があります。ダルフール紛争の勃発を受けて、2004年に国連の安全保障理事会はスーダンのダルフールに武器を輸出することを禁止する措置を講じ、後でスーダン軍に対する禁輸措置も発動しましたが、中国は小火器の販売を続けました。中国はスーダンに中国が売却した装備品をダルフールで使用しないように求めていると主張していましたが、2006年に国連の専門家会議で提出された証拠はダルフールでスーダン軍が中国製の軍用車両222両を使用していたことが裏付けられています。ダルフール紛争の当事者集団の一つである正義と平等運動(ustice and Equality Movement, JEM)は中国がスーダンに武器を売却し、その見返りとして石油を受け取っているなどと非難しました。ダルフール紛争の暴力性がエスカレートするにつれて、中国はスーダン政府を擁護し続けることが難しくなり、また2008年に北京で開催される予定だったオリンピックを成功させることに強い意欲を持っていたことも関連して、スーダンに平和維持部隊を導入することを容認するようになっていきました。

この論文ではダルフール紛争における中国の外交的立場の変化についても分析されています。中国はこの争点に関連して自国のイメージを損なうことは得策ではないと考えるようになり、その外交を少しずつ見直しています。例えば、ダルフール紛争でアル=バシールが集団虐殺に関与した疑いが生じたことを受けて、2007年12月に国連の安全保障理事会がスーダンに対して国際刑事裁判所の調査に協力するように声明を出そうとすると、中国はこの動きをいったん阻止しました。しかし、2008年6月になると、この声明を支持する側に回ることで、自らの外交的立場を修正しています。ただ、2009年には国際刑事裁判所がアル=バシール個人に対して逮捕状を発行したことに関しては、ダルフールの平和に悪影響を及ぼす恐れがあると主張するなど、アル=バシール政権を擁護する姿勢を完全に捨てたわけではありませんでした。ちなみに、国際刑事裁判所が現職の国家指導者を起訴したことは、国際法の歴史において初めての事例であり、国際政治史においても画期的な出来事であったといえます。

この論文は2009年に出版されたので、それ以降の経緯がカバーされていないため、最後に触れておきます。アル=バシール政権は2010年にスーダン南部において住民投票を行い、その結果として分離独立の賛成が多数となれば、その独立を承認するという考えを表明しました。2011年の住民投票の結果、南スーダンの独立が決まりましたが、国境地帯に近いヘグリグ油田の支配権をめぐって武力紛争が発生しています(南北スーダン国境紛争)。その後、国境問題は収束に向かいましたが、2018年に深刻なインフレーションが発生し、反政府運動が全国に広がる事態となったことで、アル=バシール政権の支配体制が動揺しました。2019年にアル=バシールが軍部に拘束され、新政権として暫定軍事評議会が発足しました(2019年クーデター)。同年に国連アフリカ経済委員会で事務局の次長を務めたアブダッラー・ハムドゥークが首相に就任し、新体制が形成されました。

しかし、2021年に軍部が起こしたクーデターで拘束されています。その後、軍部は新体制への移行に向けた協議を民主化を求める政治団体と進めていましたが、この過程で国家情報安全局の下に置かれていた準軍隊の即応支援部隊(Rapid Support Forces)とスーダン軍が武力衝突する事態となりました(2023年スーダン紛争)。即応支援部隊はスーダン軍より小規模であるものの、多数の武器を保有しており、スーダン軍に統合されることに反対していました。2023年4月現在、ハルツームの支配をめぐって交戦しており、日本を含む多数の国々が邦人救出に動いています。即応支援部隊の指導者は、アル=バシール政権の下でダルフール紛争で数々の犯罪行為を指示したモハメド・ハムダン・ダガロ(Mohamed Hamdan Dagalo)ですが、どのような政治的な意図を持っているのか、その背後関係がどのようになっているのかは、まだ明らかではありません。

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