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論文紹介 内戦で政府が暴力の独占を放棄し、民兵を使う場合があるのはなぜか?

国家によって暴力が独占されることは、政治的近代化の最も重要な特徴であると考えられています。例えば、マックス・ウェーバーは、ある領域内部で暴力の独占を要求することこそが国家の本質だと見なしました。最近の研究でも、国内の武装集団を解体し、自らが唯一の武装集団になることが近代国家の条件であり、高度な経済成長を可能にしたと説明されています(例えば、North et al 2009を参照)。

ところが、政治史では政権を掌握している権力者が、あえて国家による暴力の独占状態を放棄し、制度化されていない軍事団体、武装勢力、民兵組織、自警団、準軍隊などを運用するケースが見られます(以下では、民兵という名称で統一します)。

政権から疎外された反政府勢力が武装闘争のために民兵を設立する理由は明らかです。彼らにとって、それ以外に武装闘争の手段を確保することは不可能だからです。しかし、国軍を動かすことができるはずの政府が、あえて制度化されていない民兵を使いたがる場合がある理由は不明確であり、理論的な説明が可能な状況にはありません。それでも、発展途上国を対象にした比較政治学の研究で手がかりとなる知見が蓄積されつつあります。

Jentzsch C., Kalyvas, S.N., and Schubiger, L. I. 2015. Militias in civil wars. Journal of Conflict Resolution, 59(5): 755–69.

これは内戦における政府側に味方する民兵がどのような政治的、軍事的な役割を果たしているのかを検討した研究です。著者らは政府軍と反政府軍の対立関係を前提にモデル化されていた従来の内戦の理論に、民兵という概念を組み入れられていないことを問題として提起しています。実際、内戦では政府に対して味方する住民と、敵対する住民との間の武力衝突が戦局に重大な影響を及ぼします。

研究で民兵という概念を使うためには、複雑な定義の問題があるのですが、著者らはその基本的な特徴として国家の指揮系統から独立した軍事行動を選択できること、そして社会の内部から自発的に組織された勢力であることを説明しています。そして、何よりも反乱軍の部隊から地域住民を保護する任務を遂行することで、内戦の進行に影響を及ぼすことも見過ごせません。ただ、多くのケースで民兵は体制側のエリートによって立ち上げられるので、国家からどの程度の独立性を保っている組織を民兵と見なすべきかに関しては難しさが残るでしょう。

Raleigh, C. 2016. Pragmatic and promiscuous: explaining the rise of competitive political militias across Africa. Journal of Conflict Resolution, 60(2): 283–310.

こちらはアフリカの武力紛争を対象にした民兵の研究ですが、内戦の理論に民兵を取り入れる際には、政府軍、反乱軍という区分だけでなく、エリート間の権力闘争を考慮に入れる必要があることを主張しています。シエラレオネ、ナイジェリア、ケニアの事例に見られる民兵は、政府軍と反乱軍という二項対立的な環境を想定しておらず、また地域住民を保護するという任務に特化してもいません。その代わりに、それぞれのエリートの私兵として、より多極的な対立関係を想定しており、エリートの利害に沿って軍事行動をとります。著者は、このような私兵的な性格が強い民兵を競合民兵(competition militias)と呼んでいます。

調査はまだ途上ですが、これまでの研究で民兵に二つの異なるタイプがあることが特定できたことを踏まえると、次のような仮説が作れるかもしれません。第一に、民兵は政府にとって安上がりな兵力であり、財政的な負担を軽減することができるのかもしれません。各地域で民兵が組織されていれば、それが前哨のような役割を果たし、反乱軍が攻撃を仕掛けてきた際に、そのことを政府軍に伝え、あるいは政府軍が駆けつけるまで組織的な抵抗を行うことができる可能性があります。

第二に、民兵は内戦状態に陥った国内でエリートがそれぞれの既得権益を守ることに役立っているだけなのかもしれません。つまり、政府が民兵を使うことがあるのは、政府にとって利益があるためではなく、その政府に属するエリートの個人的な利益になるためだという考え方です。当初は政府の味方をするような姿勢をとり、武器や資金を調達してしまえば、その後で政府軍から距離をとって内戦の推移を第三勢力として見守ることも可能です。

内戦における民兵の出現とその行動を説明するためには、さらに研究成果が蓄積される必要があるでしょう。しかし、民兵を理解するために複数の類型が必要であることが分かってきたので、それを手掛かりにすれば国家が暴力の独占を喪失していくメカニズムを説明することができそうです。こうした研究は内戦終結後の武装解除や復員の問題を考える上でも重要な意義を持っているでしょう。

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