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中東諸国との貿易拡大を図る中国の外交史『中国と中東の紛争』の文献紹介

東アジアから遠く離れた中東の国々にとって、中国はどのように見えるのでしょうか?

少なくとも、中国が政治的、戦略的な敵対勢力として認識されてはいないようです。むしろ中国は貿易や投資におけるパートナーとして認識される場合が多いようです。中国もそのような立場を維持するために、中東で起こる紛争からは常に一定の距離を保ってきた歴史があります。

ベルギーのヴェサリウス大学准教授バートン(Guy Burton)は『中国と中東の紛争(China and Middle East Conflicts)』(2020)の中で、中国の中東政策に関する最新の研究成果をまとめ、中東で中国がどのような政策を選択してきたのかを分析しています。

Guy Burton, China and Middle East Conflicts: Responding to War and Rivalry from the Cold War to the Present, Routledge, 2020. 

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バートンの研究によれば、中国は基本的に中東で可能な限り中立的な立場を維持しようと努めてきました。例えば中国はイランとの外交関係を強化していますが、同時にイランと敵対するサウジアラビアやイスラエルとの経済的な結びつきを強化することも忘れてはいません。このような全方位的な外交を推進することによって、中国は利害関係が複雑な中東で取引の相手を広げてきました。

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1949年に建国した当初から中国がこのような中東政策を採用していたわけではありませんでした。著者が述べているように、毛沢東が最高指導者として中国の政権を掌握したばかりの時期には、社会主義のイデオロギーを対外関係に反映させる傾向が強かったために、中国は中東諸国の多くの保守派から警戒されました。

中東でいち早く中国との国交を結んだ国はエジプトですが、これはエジプトが1952年の革命で社会主義イデオロギーを新たに受容したためでした。イデオロギーを共有できたからこそ、中国は初めて中東外交の相手を見出すことができたにすぎません。中東における中国の孤立はその後も長く続いており、中国がフランスの植民地だったアルジェリアの革命を支援した際には、露骨な内政干渉と中東では受け止められ、ますます警戒されることになりました。

イデオロギーを優先する中東政策は、1960年代にかけて続きました。ところが、1969年の中ソ国境紛争によって中国とソ連との関係が急激に悪化し、毛沢東が米国との関係改善を急いだことで中東政策にも変化が生じてきました。1976年に毛沢東が死去したことは中国の政策転換を決定づけた出来事であり、これ以降に中国の中東政策は政治的・戦略的な利害よりも、経済的・通商的な利害を重視する方向へと見直されました。

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新しい中東政策の基礎を整えたのは鄧小平であり、彼は1980年代から1990年代にかけてイスラエルと非公然の武器貿易を始め、1980年に勃発したイラン・イラク戦争では交戦国のイランとイラクの両方に対して武器貿易を行いました。1990年代の初頭に入ってからは、中国は経済発展に必要なエネルギー資源への関心を高め、湾岸諸国との経済連携を拡大し、貿易や投資の分野で関係を強化するようになりました。

その後も一貫して中国は中東の紛争から距離を置くことを心がけてきました。1990年にイラクがクウェートに侵攻して始まった湾岸戦争でも、国際連合の安全保障理事会でイラク軍をクウェートから撤退させるために武力を行使することを認める会議で中国は棄権しています。

2003年のイラク戦争では、常任理事国のフランスとロシアがイラクに侵攻する米国の構想を阻止するために、安全保障理事会で拒否権を行使しようとした際にも、中国は立場を表明することを避けて中立の立場をとりました。

このように、中国が中東地域で紛争を避ける姿勢を堅持してきたことは、中東諸国の間で広く理解されており、そのことが和平仲介で効果を発揮することも少なくありませんでした。ただし、著者は中国の和平仲介はいつも「限定的」な目標を達成するための外交活動であったと指摘しています。中国は中東で紛争を抜本的に解決しようとすることは避け、部分的な範囲で和平を実現するように支援することで、地域情勢に深入りすることを避けてきました。

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こうした中国の中東政策は、2013年以降の習近平体制においても基本的には継承されていますが、ユーラシア大陸を包括する広域経済圏構想である一帯一路構想が進めば、中国が中東との関係を変化させる可能性が否定できないことも著者は認めています。

事実、近年の習近平の対外政策は以前より積極的な関与へと変化しつつあるようです。著者は中東で中国が米国の権益を黙認していた時代は終わろうとしていると警告しています。もし一帯一路構想が拡大し、中東諸国と中国の経済的な結びつき強化されれば、中国としても中東で起こる地域紛争で中立の立場を決め込むとは限らず、積極的に関与しようとするかもしれません。

ただ、これからも中国の中東政策は中立的なものにとどまるため、米国の権益を侵害するようなことはないという見方も専門家の間では根強くあり、著者の予測が正しいとは即断できません。どちらの方向へ中国が進むのか注目しておく必要があるでしょう。

見出し画像:Official website of Ali Khamenei

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