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研究メモ ナイジェリアでは暴力で選挙の経過と結果が操作されることがある

途上国では選挙の経過や結果を操作するため、意図的、計画的に暴力を行使する場合があり、これを政治学者は選挙暴力(electoral violence)と呼んでいます。例えばアフガニスタン、バングラデシュ、インド、ケニア、パキスタンなどで報告されていますが、ここではナイジェリアを対象にした研究成果を簡単に紹介しましょう。

一般に選挙暴力とは、政治的な行為主体が選挙の経過や結果に影響を及ぼすために意図的に実施されるものであり、かつ人物、資産、インフラに対する強制的行為によって構成されています。

1990年から2012年までの間に136カ国の国政選挙で発生した暴力的、非暴力的な紛争行動に関するデータセット「選挙紛争・暴力(Electoral Contention and Violence; ECAV)」をまとめたDaxecker、Amicarelli、Jung(2019)は3件以上の暴力的事象が発生している選挙が全体の50%以上を占めていること、またおよそ30%の選挙で死に繋がる暴力的事象が発生していることを確認しています。

ただ、このデータセットで測定された暴力的事象のすべてが意図的な選挙暴力であるわけではないこと、意図的な選挙暴力は関係者が隠蔽を図ることから、全貌の把握は難しいと言わざるを得ません。そのため、選挙暴力の研究者は個別の国に特化した現地調査を通じてこの問題にアプローチしており、ナイジェリアも重要な調査対象として位置づけられています。

Bratton(2008)はナイジェリアで票の売買と選挙暴力がありふれたものになっており、国民のほぼ5人に1人が票の売買を、10人に1人が選挙暴力を経験していることを報告しています。このような不正は農村部における貧困層の間で特に集中的に観察できることも分かっており、経済発展や貧困問題との関連が示唆されています。選挙運動の観点から見れば、票の売買は特定の有権者を動員する手段として、選挙暴力は特定の有権者を投票から排除する手段として用いられていると考えられます。ただし、Brattonは事例分析を踏まえ、政治的に接戦である場合、選挙暴力が必ずしも有効ではないという見方を示していました。

その後の研究では反対の見解が打ち出されています。CollierとVincente(2014)は2007年にナイジェリアで行われた総選挙の事例分析を通じて有権者に対する脅迫が投票行動の抑止に有効であったことを示す証拠を提示しています。さらに、この研究では与党の現職議員が選挙暴力の影響を免れていたことも解明しています。これはナイジェリアで与党が野党の台頭を阻止する目的で組織的に選挙暴力を採用していたことを示唆しています。

また、研究者はナイジェリアの地方選挙にも分析の対象を広げることによって、選挙暴力が実施される過程を詳細に調査しています。Turnbull(2021)は、2003年にナイジェリアの南岸に位置するリバーズ州で行われた知事選で見られた選挙暴力の事例分析の結果を報告しています。それによれば、2001年の時点で与党である人民民主党の内部で深刻な政治対立が発生していたことが明らかにされており、敵対派閥の候補が当選することを阻止するために、現職知事がイジョ族の青年からなる市民団体、イジョ青年評議会に資金と武器を提供したことが記述されています

ナイジェリアの地方政治において、政治家が選挙のために支持基盤となる市民団体を計画的に武装させることがあることは驚くべきことでしょう。ちなみに、ナイジェリアの刑法において民間人が小銃や拳銃を所有することは禁じられており、少なくとも法律上は公認を受けた業者だけが武器の取引を行うことができます。選挙暴力の原因を解明する上で、政治家がどのような手段で武器を調達するのかを明らかにすることも今後の重要な研究課題だと言えるでしょう。国内政治で民兵が組織化されていく過程を理解する上でも、選挙暴力の知見は非常に有益だと思います。

Bratton, Michael (2008) Vote buying and violence in Nigerian election campaigns. Electoral Studies 27(4): 621–632.
Collier, P.A., & Vicente, P.C. (2014). Votes and Violence: Evidence from a Field Experiment in Nigeria. Randomized Social Experiments eJournal. The Economic Journal, Volume 124(574):  F327–F355.
Daxecker, Ursula E, Amicarelli, Elio, Jung, Alexander (2019) Electoral Contention and Violence (ECAV): A new dataset. Journal of Peace Research 56(5): 714–723.
Turnbull, M. (2021). Elite Competition, Social Movements, and Election Violence in Nigeria. International Security, 45(3): 40-78.

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