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情報技術の視点で20世紀の海軍史を捉え直すNetwork-centric Warfare(2009)の紹介

ネットワーク中心の戦い(network-centric warfare)とは、遠く離れた離れた部隊を広域的な通信ネットワークで結び、部隊間の情報共有、状況の変化への即応性の向上、迅速な指揮活動などを目指す構想です。1990年代に提案された構想であり、アーサー・セブロウスキー(Arthur Cebrowski)とジョン・ガルストカ(John Garstka)が提唱者として知られていますが、研究者のノーマン・フリードマン(Norman Friedman)はこの構想の発達をより広い視点で捉えようと、歴史的アプローチを用いた研究の成果を報告しています。

Friedman, Norman. (2009). Network-Centric Warfare: How Navies Learned to Fight Smarter Through Three World Wars, Annapolis, MD: Naval Institute Press.

著者はネットワーク中心の戦いが必ずしも新しい構想ではないという立場で議論を進めています。ネットワーク中心の戦いが現代の情報通信技術を前提にした構想であるため、このような立場そのものが妥当ではないという評価もありますが、著者は意思決定の基礎となる情報を迅速に提供するため、さまざまな情報源から得られた情報資料を処理し、共有する仕組みに注目し、特定の技術体系、装備体系で特徴づけることを避けています。

このような視点に立つと、ネットワーク中心の戦いの意味はより広くなるため、その源流を20世紀の初頭にまでさかのぼることができるようになります。当時、イギリス海軍は世界の海を制するために、質の高い視覚的な裏付けを持った情報を継続的に手に入れる必要に迫られていました。特にイギリス本土と植民地インドを結ぶ地中海における列強の動向を把握することは戦略的に大きな課題であると認識されていましたが、その監視すべき領域はあまりにも広いものでした。

この時期のイギリス海軍の関係者が注目したのが写真であったと著者は述べています。19世紀の後半にカメラの発達で写真の撮影が容易になりましたが、それによって海軍は写真情報を活用できるようになりました。この写真中心の戦い(picture-centric warfare)は「多かれ少なかれリアルタイムで何が起きているのかを示している写真を利用することに基づく戦い」と説明されています(p. x)。この写真中心の戦いにおいて目指されていたのは、水平線の向こう側でも、また夜間や天候不良のような問題があったとしても、海上の状況を把握し続ける情報態勢の確立であり、著者はイギリス海軍軍人ジョン・アーバスノット・フィッシャーの功績が大きかったと評価しています。

フィッシャーは海の警戒監視の軍事的な重要性を認識していただけでなく、いったん取得した情報を迅速に関係部隊に伝達できるかどうかが戦局を大きく左右する可能性があることを理解していました。フィッシャーの改革は遠隔地の状況を伝える情報を伝達するメカニズムを強化しましたが、情報の運用には多くの課題が残されていました。情報をどの部隊に届ければよいのか、情報を受け取った部隊は自分で妥当性を検証できない情報をどこまで信頼すべきか、その情報に基づいてどのような行動をとるべきかといった問題があったのです。これはネットワーク中心の戦いに潜在する問題であると著者は指摘しており、情報の運用を考慮されてなければ、ネットワーク中心の戦いは成功するとは限らないというのが著者の基本的な主張です。

第一次世界大戦におけるイギリス海軍では写真情報を無線傍受で得た情報と組み合わせることで、ある海域の艦船の動きを継続的に監視することが可能でしたが、それが実際に部隊の任務達成に寄与できるかどうかは情報運用の適否で大きく左右されていました。1916年のユトランド沖海戦に関する著者の分析は、この事例が情報運用の問題の難しさを示すものであったと評価されています。第二次世界大戦ではレーダーという新しい技術が導入されたことで、新しい情報収集の手段が確保されましたが、情報運用の問題は残り続けていました。レーダーは航空部隊の接近を早期に探知することを可能にしましたが、航空機の脅威は極めて高速で接近するため、情報を処理、伝達するために使える時間はわずかであり、数で圧倒された場合には、戦術的な意思決定に反映させることが困難でした。

著者は第二次世界大戦が終結してからアメリカ海軍がコンピューターを活用するようになった理由として、情報処理の円滑化を挙げており、その成果が海軍戦術情報システム(Naval Tactical Data System, NTDS)だったと述べています。海軍戦術情報システムの新しい海軍の指揮統制システムをコンピューターで自動化することの有効性を実証した初期の事例になりました。洋上において空中機動する航空機やミサイルに対処するためのイージス・システム(Aegis System)、海底に固定されたソナーを使って水中の潜水艦を長距離から探知する音響監視システム(Sound Surveillance System, SOSUS)も、海軍戦術情報システムの成果を踏まえて開発された自動化された情報システムであり、海上における状況の変化をリアルタイムに把握し、戦術的な意思決定を改善することを目的としたものです。

著者の研究はネットワーク中心の戦いを対象にしたものというよりも、その背後にある原理原則がさまざまな技術環境の下でどのように応用されてきたのかを示すものであるといえるでしょう。ネットワーク化は基本的に海上における情報戦において優位に立つことに繋がるものであると著者は解釈していますが、指揮官が情報を適切に運用できなければ、かえって行動を起こすことができなくなるようなことも懸念されます。海軍史の知識がある読者を対象にした論述になっているため、平易な読み物ではありませんが、情報通信技術の発達が海軍戦術に与えた影響を考える上で重要な研究成果であると思います。

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