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子どもに憑いて死を運ぶ〈影〉と、死亡事故が多発する道路との因果戦慄奇怪な実話取材録!『煙鳥怪奇録 ののさまのたたり』著者コメント+収録話「チ・コッ・テレケ」全文掲載

怪談収集家・煙鳥が体験者から聞き取りした怪異を自身で綴るほか、気鋭の怪談作家二人が煙鳥に再取材する形で記す異色の実話怪談集。


あらすじ・内容

「かげさん、どした?」
「山口さん家入って人が死んだ」
「かげさん、今日は?」
「宮前さん家入ってまた死んだ」
「かげさんって誰なの?」
「ののさま」

・北海道で起きたヒグマの怪死事件。猟師が目撃した畏怖なる力とは…「チ・コッ・テレケ」
・アパートの部屋で男の声で聞こえる謎の単語。意味も不明だがある日、聞こえ方に変化が…「へふぁいもす」
・母方の血縁者が何人も同じ夢を見る怪現象。襖からのびてきた手が足を掴み引きずられる、その意味は…「襖」
・柱の中、壁、床下に鏡が埋め込まれていた類似の目撃情報。何かを封じているのかそれとも…「鏡柱」
・瞼の裏に浮かぶ男の泣き顔。祖母から譲り受けた形見の箪笥との因果…「瞼の男」
・幼い頃、田舎の家で出会った男の子と裏山で遊んだ記憶。大人になって疑問が…「裏返る夏」
・東北の集落で年に一度行われる男子禁制の秘密儀式。禁を破って潜入した男が見たものは…「女祭り」
・子どもの影に憑いて移動する〈かげさん〉。かげさんに入られた家からは必ず死人が出るのだが…「ののさまのたたり」
他、膨大な取材録の中から厳選した不気味で奇怪な恐怖譚24話収録!

編著者(煙鳥)コメント

 怪談収集家煙鳥が収集した実話怪談を吉田悠軌、高田公太の二名と共に作り上げた「煙鳥怪奇録シリーズ」も気が付けば第4弾。
 今回は収集した実話怪談が時間、場所、空間を超えて繋がりあうものを数多く掲載しました。
 怪談収集家が選りすぐった怪談を、三人の著者それぞれの書き味でお愉しみください。

1話試し読み

チ・コッ・テレケ (吉田悠軌/著・煙鳥/怪談提供)

 キップネコロカ,フナッパケタ,
 イッケウキロロ,モントゥムキロロ
 チヤイコサンケ,ポン ニッテカムイ
 シカウタップクルカ チエシタイキ,
 キムン イワ イワクルカシ チエキック フミ
 リムナタラ.チオアンライケ ポクナモシリ
 チ・コッ・テレケ.フモッカケ チャッコ.

 北海道の話で。
 三十年前らしいです。
 話してくれたのは、お爺ちゃんの人なんですけど。
 や、僕の親の親としてのお祖父ちゃんではないです。普通に、歳取ってる男の人ということですね。ずっと北海道に住まれている方。
 この人が狩猟免許を持って猟銃も持ってるんですよ。で、猟友会にも入ってて。
 ヒグマが出たとなると、いわゆる「有害駆除」に出向かなきゃいけないんですね。
 ヒグマ狩りです。ただ勿論山中でヒグマが目撃されるのは当然なので、それだけでは狩りをしません。里に下りてきて人前に現れた、田畑に被害が及んだ、といったことがあって初めて駆除に行く。
 そのときもまずは、畑を荒らすクマが出てしまった……という話だったそうです。
 すぐ前の山から下りてきたはずだということで、まずそこの山狩りに入ってみた。
 安全のため数人がひとかたまりになって、山を麓からガーッと上がっていくんです。
 だけど、いないんですって。熊が。どこにも。皆さん熟練のプロだし、大きな山じゃないから見落としはないはずなのに。
「ってことは入れ違いで、もしかして今、里のほうに下りているんじゃないか?」
 それなりに高い可能性として考えられる。いや低い可能性だとしても、もしそうなら一刻も早く対応しなくてはならない。悠長なことは言っていられない。
 今度は、逆に皆が散り散りバラバラになりました。危険は伴うけど、とにかく一刻も早くクマを見つけるため、集落一帯を一気に探しまわる作戦です。
 お爺ちゃんも自分が受け持ったエリアを必死に駆け回った。
 そしたら、いたんです。
 畑に、ヒグマが。
 報告された通りの個体に違いない。
 あいや、何の作物の畑だったかは、すいませんお爺ちゃんから聞いてはいません。
 でもはっきり全体が目視できたということは、トウモロコシみたいな穂の丈が高い畑じゃないんでしょうね。ビートとかスイカとか、そこらへんなのかと。
 とはいえまあ、見つけたはいいけど、こちらは一人きり。駆除に入るには危ない訳です。だから皆に連絡して、到着を待つことにした。
 その後はお爺ちゃん、襲われないくらいの遠い距離で息を詰めて、じっとクマを見張っていた。
 当のクマは畑の農作物をくんくん嗅ぎまわったり、がしがし食い荒らすような動作をしている。
 ああ悪さしてんなあ……と、それでもお爺ちゃんは冷静に観察してたんですが。
 そしたら。
 すうっ……とクマが地面に伏せていったんです。
 四つん這いというより、完全にうつ伏せの体勢です。
 あ、まずい。
 クマって本気で走るとき、まず伏せの姿勢に入るらしいんです。これは自分に気付いたのか、だから走って逃げようとしているのか。お爺ちゃんは焦りました。
 ピリッと緊張した瞬間が走る。でもクマは走り出そうとしない。どういうつもりなんだろうか。
 お爺ちゃん、敢えてちょこっとクマに近づいてみたんです。こちらの気配の動きにどう反応するか見てみようと。
 一、二歩にじり寄る。
 だけどクマは伏せた姿勢のまま、ピクリとも動かない。
 ……おかしいな。アイツ何しようとしてるんだ……。
 更に進む。いきなり自分のほうへ突進してきたら怖い。でもクマは頭をこちらに向けるどころか微動だにしない。注意しつつも少しずつ近づいていくけど、クマは全然動かない。
 こんな状況は、お爺ちゃんとしても初めてな訳で。
 おかしいおかしいと距離を詰めていくうち、とうとう畑に入ってしまった。
 そこでようやく分かったんです。
 そのクマが、ぺちゃんこになっていることに。
 慌てて駆け寄ってみると、黒い身体は殆ど平面になるまで潰れていた。口と尻からは、白だのピンクだのの内臓がぐっちょり飛び出ていて。それがほかほかと湯気を立てていて。
 踏まれたみたいだった。そう、お爺ちゃんは言ってました。
 巨大で、重くて、透明な足に、踏み潰されたみたいだった、と。
 はい? ……あー、そうですね。
 凄い勢いで思い切り「グシャッ!」と踏まれた感じではないと思います。
 だってそのクマ、「うんこなせ0 0 0 0 0」って感じで、ゆっくり四つん這いから伏せの姿勢に入っていったらしいので。
 お爺ちゃんはずっと凝視していたんだし、どういうタイミングでぺちゃんこになってしまったのか不明ですけど。
 多分気付かないほどの遅さで、ゆっくりゆっくり、みちみちみちみち、潰されていったんでしょうね。
 一瞬じゃなく、じっくり時間を掛けて。
 それでもそのクマは少しも抵抗せず、悲鳴どころか鳴き声一つすらも上げなかったんですよね。
 天から下りてきた何かに潰されることを、すっかり受け入れ、諦めていたんでしょうね。

    *

 ――またこれも北海道で。ただし最近の出来事です。
 VRで知り合った若い男性なんですけど、その人も狩猟免許を持っている。今なんか猟師ブームじゃないですか。いや、ブームはおかしいけど。免許取って猟銃持って猟友会入ってる若い人、よくいるじゃないですか。
 そこでもクマの被害があったので、「箱罠」? っていうのを仕掛けたらしいんですよ。ネズミ捕りみたいな檻のデッカい奴ですね。
 それぞれの罠には自分が仕掛けたものですよ、と名前を書いておく。度々巡回してそれらを確認していく、という流れらしいんですけど。
 あるとき、その箱罠にクマが捕まっていた。有害駆除で指定されていた個体です。そのために仕掛けた罠だったので。
 オスの、めちゃめちゃ巨大なクマだったそうです。箱罠にぎっちり詰まっちゃうほどの図体だったけど、暴れることもなく大人しくへたり込んでいる様子。
「こりゃあちょっと、自分では手に負えないなあ」
 ここまでの大きさになると強力なライフルでなければ仕留められない。そうした銃を持っている知り合いに頼んで、こちらに来てもらわなければ。
 そこは電波の通じないポイントだったので、麓まで下りて電話して、待ち合わせることにした。
「例のクマ、俺の罠に掛かったけど、すげえでかいオスだった。お前のライフルじゃなきゃちょっと駄目だわ。来てくれっか」
 しばらくしたらその知人が到着。二人して、麓からまた箱罠のほうへと戻っていったんです。
 そしたらもう、ね。
 同じことですよ。
 クマがぺちゃんこに潰れていた。 内臓とか脳漿とか混ざったぐちゃぐちゃが、口や肛門から外にどばーっと排出されていて。肉体は十センチになっていたというのが、体験者さんの言い方です。「もう厚さ十センチにまでなっていた」と。
 でもですよ。
 そいつが入っていた箱罠は何ともなっていないんです。
 へこみも傷つきもせず、しっかり四角い檻のまま。
 何故か中身のクマだけが、全体、十センチにまで押し潰されていたという……。

 なんなんですかね、これ?
 北海道って、ちゃんと探せばこれと似たような体験談や目撃談、けっこうあるんでしょうかね?
 ……ってまあ、そういうお話です。

 けれども,とうとう,ある時間に,
 私は腰の力,体の力を
 みんな出して,悪魔の子を
 肩の上まで引っ担ぎ,
 山の岩の上へ彼を打ちつけた音が
 がんと響いた.殺してしまって地獄へ
 踏み落した.あとはしんと静まり返った.

(小オキキリムイが自ら歌った謡「この砂赤い赤い」 
知里幸惠・編訳『アイヌ神謡集』(岩波書店)より)

―了―

★著者紹介

煙鳥 Encho(編著者・怪談提供)

怪談収集家、怪談作家、珍スポッター。「怪談と技術の融合」のストリームサークル「オカのじ」の代表取り締まられ役。広報とソーシャルダメージ引き受け(矢面)担当。収集した怪談を語ることを中心とした放送をニコ生、ツイキャス等にて配信中。VR技術を使った新しい怪談会も推進中。2022年、自身の名を冠した初の怪談集『煙鳥怪奇録 机と海』をを吉田悠軌、高田公太の共著で発表。シリーズ続巻に『煙鳥怪奇録 忌集落』『煙鳥怪奇録 足を喰らう女』がある。その他共著に『恐怖箱 心霊外科』『恐怖箱 怨霊不動産』『恐怖箱 亡霊交差点』(以上、竹書房)。

高田公太 Kota Takada(共著者)

青森県弘前市出身、在住。O型。元・新聞記者。主な著作に、恐怖を追求しつくした最新作『絶怪』の他、地元青森の怪を集めた『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、編著者として自身が企画立案した『実話奇彩 怪談散華』『青森怪談 弘前乃怪』、その他共著に『奥羽怪談』『東北巡霊 怪の細道』、加藤一、神沼三平太、ねこや堂との共著で100話の怪を綴る「恐怖箱 百式」シリーズ(以上、竹書房)など。2021~22年にかけて、Webで初の創作長編小説「愚狂人レポート」を連載した(https://note.com/kotatakada1978/)。

吉田悠軌 Yuki Yoshida(共著者)

怪談サークルとうもろこしの会会長。怪談の収集・語りとオカルト全般を研究。著書に『中央線怪談』『新宿怪談』(竹書房)『現代怪談考』(晶文社)、『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)、『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)、「恐怖実話」シリーズ『怪の遺恨』『怪の残滓』『怪の残響』『怪の残像』『怪の手形』『怪の足跡』(以上、竹書房)、『怖いうわさ ぼくらの都市伝説』シリーズ(教育画劇)、『うわさの怪談』(三笠書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、共著に『実話怪談 牛首村』『実話怪談 犬鳴村』『怪談四十九夜 鬼気』『瞬殺怪談 鬼幽』(以上、竹書房)など。月刊ムーで連載中。オカルトスポット探訪雑誌『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。

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