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茨城在住の気鋭がこの地に埋もれた怪異譚を徹底取材したご当地実話怪談『茨城怪談』(影絵草子) 著者コメント+自選1話(2篇)試し読み

常総奇怪絵巻!

あらすじ・内容

心霊スポットから禁忌の風習まで
県内在住の気鋭が茨城の地に埋もれた怪異譚を徹底取材!

水戸工兵隊碑に出没する女の霊

天翔ける龍神が筑波山に出現

日立市の県道にそびえる一本杉の怪

袋田の滝へ飛び込み続ける死者

牛久沼で相次ぐ河童の目撃談

首都圏でありながら数多の土俗的怪異が今も息づく茨城県のご当地怪談集。
・診療所の玄関に佇む此の世の者とは思えぬ不気味な男「魚とおじさん」(北茨城市)
・心霊スポットの廃墟で暴れた男性に還る絶望の因果「ホワイトハウス・引いてゆく」(ひたちなか市)
・牛久大仏をはじめ全国の大仏を巡る友人に迫る怪異「後光」(牛久市)
・戦慄とともに訪れる異形の獅子舞「黒獅子」(龍ケ崎市)
・一族の災禍を背負わす…県北部の家に伝わるおぞましい風習「鳥籠のなかの女」(常陸大宮市)
――など、現代恐怖譚に加え土地や家の怪しい因習にも迫る72篇!
不可解で異質…常総の昏き深淵を覗く勇気はあるか。

著者コメント

子どもの頃に憧れた作家の夢 ~故郷、茨城の実話怪談を追いかけて 

 ふと何気なく送ってみた実話怪談の公募・怪談マンスリーコンテストから数年、三度最恐賞をいただきましたが、右も左もわからぬうちにありがたいチャンスをいただきこのたび単著という運びになりました。
 まだ、技術的にプロの書き手には及ばない部分があるかと思いますが、いままで集めたある種、異質で不可解で奇妙な怪談を《ご当地》というテーマで、新旧混ぜ合わせて思い思いに書いたつもりではあります。
 正直申し上げて、難しかったというのが本音であります。
 怪談収集歴としてはおよそ二十年以上になりますが、よくもこんなに怖い話、不思議な話ばかり集めたものだと我ながら自分の怪談好きに呆れ返ることも屡しば々しば。飽きやすい性格ゆえ、手をつけてはいとも簡単に投げ出した趣味のなかで、唯一続けたのが実話怪談収集でした。いまやそれが人生の生き甲斐になっております。
 本書はご当地怪談本ですが、自分の目と耳で吟味した私なりの感性で茨城県を描写することを心がけました。
 読んでくださった方が、さらに茨城県に興味を持てるようなバラエティに富んだ話を数多ご用意いたしました。ご家族で楽しむもよし、ご夫婦で楽しむもよし、おひとりで楽しむもよし。退屈な毎日にそっと、非日常という怪異の篝火かがりびを焚くことがかなうならば幸いです。
 また、怪談が好きでたまらない、いわゆる《怪談ジャンキー》の方々にもお喜びいただけることを願ってやみません。激動の怪談シーンに、今後ますます夢やロマンがありますように、いま私が出来うる最大の畏怖を本書に封じ込めました。
 影絵草子の原点は、怪談ではなく、妖怪にあります。そのため和柄の彩りの怪談実話が多くあるのはそのためです。原点である茨城の妖怪怪談を複数入れました。妖怪マニアは、必見です。

 とくに印象に残っている話として、「いしゃらさん」「葬式に訪う者」「登山家の家」。このあたりは、自分でもまったく変な話だなあと思うと同時に、大切にしている話でもあります。また、「おもかげ」「小豆洗いの怪」などは、人の優しさや温かさが感じられる話でもあるので、これらもまた大切にしています。
 私は農作業をしているおばあちゃんやトラクターを運転しているおじいちゃんに話を聞くことが多いのですが、そんな方々によって丁寧に耕された豊かな土地に根付く怪異譚が、とても好きです。
 そうしたやや古い話を扱う際、人の《記憶》こそが私の取材におけるもっとも気を遣う部分であり、重きを置いている部分になります。
 実話怪談とは、紙のうえに記された歴史から大きく外れたところで人知れず刻まれた《怪異》という記憶の足跡です。誰かが耳で拾って残さなければやがて風化してしまい、跡形もなく消えてしまうでしょう。だから記録者が必要です。
 怪談は、「ナマモノ」です。だから、放っておけば腐ります。
 腐る前に誰かが聞いて、それを形に残す必要があります。
 それがせめてもの《供養》だと信じています。

本書に記録された幽霊話、果ては妖怪話にまで至る怪談奇談の数々は、体験者様の協力なくしては出来ませんでした。いくつもの出会いの末に出来上がったこの『茨城怪談』は、私だけの本ではありません。
貴重なお話を提供してくださった皆様に感謝の言葉をお伝えします。
有難う御座いました。

最後に、ひとつ大切なことを。
《いばらぎ》ではなく《いばらき》です。
覚えておくと何かと便利です。感謝!

本書「あとがき」より 一部改変

試し読み1話

弓引き、雨待つ奇祭 

 茨城県には「撞舞つくまい」という雨乞いの祭りの一環として行なわれる神事がある。
 蛙の装束に身を包んだ舞男まいおとこという軽業師の若者が高いポールのようなものをするすると上り、逆立ちなどのさまざまな曲芸をするのだが、一番の目玉はなんと言っても、てっぺんで矢を放つ弓引きだ。
 東西南北の四方に向かって弓を引き、最後に天をめがけて矢を放つ。
 その矢を拾えば一年を健康に過ごすことができ、また幸福が訪れるなど、災いから守ってくれるのだという。
 この撞舞で起きた、いくつかの不思議な出来事をご報告したい。

【報告一 光る矢】

 現在、六十代の貞村さんは毎年、撞舞の矢を拾うことがとても楽しみなのだという。
 というのも、子どもの頃に舞男の引く弓が一瞬、黄金色に光って見えたのだという。
 時刻は夕方、暮れかけた夏の空に、金色の矢が弧を描いて飛んでいくのが見えた。
 拾ったのはひとり住まいの掛川というおばあちゃん。
 夕涼みをしていたら、たまたま庭に落ちていたらしい。
 しかし、不思議なことがある。
 弓矢の飛距離では、掛川さんの家はあまりに離れすぎているのだ。

 ちなみに、掛川さんはとくにその一年を幸せとは感じなかったそうだ。

【報告二 親切なおじさん】

 私の同級生に、長谷川という男友達がいた。
 彼が小学生の頃、撞舞を見に来ていたら、親とはぐれてしまった。
 泣きながら歩いていると、四十代くらいのおじさんが、
「坊や、大丈夫かい?」
 と言いながら心配してくれた。
 事情を説明すると、母親のところに連れていってあげるという。
 おじさんにそのまま手を引かれた先で、母親が自分を探していた。
 泣きじゃくる自分に母親が、
「どこいってたの? 心配したよ」
 と言うので、おじさんが連れてきてくれたのだと言おうとするが、そこにはもうおじさんの姿はなかった。
「どんなおじさんだったの?」と母親が問うので、こんな顔だと特徴を言うと、母親が泣きながら、
「それは亡くなったパパだよ」と小さな長谷川を涙ながらに抱きしめた。
 じつは、長谷川は赤ちゃんの頃に父親が亡くなっていたのである。
 だから父親の顔を知らなかったのだ。

 あのときの顔も知らないはずの父の手のぬくもりは、いまでも忘れられないのだという。

―了―

◎著者紹介

影絵草子 (かげえぞうし)

埼玉県生まれ茨城県育ち。茨城県在住。
趣味は怪談収集とホラー映画鑑賞。幼少期より怪談を収集し、数にして1000以上。主に人間の狂気や悪意、情念渦巻く怪談を好む。
怪談師〈マシンガンジョー〉としても活動。怪談最恐戦をはじめとする様々な賞レースやイベントにも参加し、執筆だけでなく語りにも飽くなき魂を捧げている。
参加共著に『実話怪談 牛首村』『実録怪談 最恐事故物件』『鬼怪談 現代実話異録』『怪談最恐戦2022』など。

シリーズ好評既刊(ご当地怪談 首都圏)

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