取材相手と交わした会話から怪の正体が引き出される戦慄の瞬間『怪談聖 おどろかいわ』紹介&試し読み
するっと読めて、ぞわり怖い!
あらすじ・内容
「毬ですよ、毬そのもの」
朝四時に呼び鈴を鳴らす少女
ポストには麻紐を丸めた何かが――
「少女と麻紐の毬」より
体験者から、次の体験者へ…
人の縁を辿って行き着いたのは、恐ろしき血族の禁忌
臨場感に震える会話の怪話!
何気ない言葉の中に恐ろしい「何か」が隠されている。
生まれつきのアザを見て息子が言う「あのとき痛かったね」
寝言で繰り返す不気味な歌と奇妙な予言「木曜日はダメな日」
本家から血筋に送り込まれる謎の「女児と毬」。
取材相手と交わした会話から怪の正体が引き出される戦慄の瞬間をご覧あれ。
著者コメント
試し読み
「陽あたり良好」
それでは体験談をよろしくお願い致します。
「はい。私は荻窪に引っ越したんです。陽あたりの良いワンルームマンション」
健康的ですよね。つい先日、陽あたりが悪いマンションの話を聞きましたよ。
「男性はあまり気にしませんが、私はやっぱり気になりますね。それに、初めて実家からでたので、引っ越しの作業は楽しかったです。ガスの開栓にも立ちあって。可愛い家具でも買いたいなとか思いつつ、ショッピングアプリを見ていたんですよ」
いいですね。私もよく利用します。ずっと見ちゃいますよね。
「はい。夢中で見てると、そのうち暗くなってきました。
電灯をつけようとしたけど、スイッチを入れてもつかないんです、全部」
電灯が? 電力会社に連絡して電気は通っていたんでしょう?
「もちろんです。正確には全部じゃないですね。シンクの上につけられている蛍光灯はつきました。でもそれだけなんです。玄関、ユニットバス、部屋。全部電球が切れてる。陽あたりが良すぎて気がつかなかったんです。間抜けでしょう?」
ワンルームだとスイッチの数も少ないですからね。多かったら気づいたかもしれません。でもトイレするとき、ユニットバスの電気は昼もつけるんじゃないんですか?
「そうなんです。普通ユニットバスは気づきますよね。でも、ユニットバスの折れ戸がくもりガラスみたいな表面になっていて。部屋の明かりが入ってくるんですよ」
昼も電気なしで明るかったんですね、なるほど。
「そういうことです。仕方ないので台所の蛍光灯だけつけていました。今日はもう我慢して、切れている電球は明日になったら買いにいこうと思って。そのあと近くのコンビニで夕食を買って。暗めの部屋で食べて。寝転がっていたら眠くなって。そのまま眠ったんです」
お風呂入らずですね。まあ、電気がつかないし、仕方ありませんよね。
「そうです。汗かいたのにお風呂も入らずです。ちょっと気にはなりましたけど。午前三時くらいですかね。目が覚めてトイレにいきました。便座で座って用を足し終えたあとも、眠くて目をつぶって。座ったままウトウトしていました」
やっぱり引っ越しの作業で疲れていたんでしょうね。
「ええ。すると玄関のほうから音がするんです。ずずッ、ずずッみたいな音。
こうやって壁に手をあてて、ちょっとずつ進むと壁からでる音です。
え? なに? 誰か入ってきた? 私、鍵ちゃんと閉めたのに。
でもドアが開く音はしなかったので、なんだろうと目を見張っていると。
くもりガラスのようになった折れ戸、そこに手が貼りついたんです。
誰かがユニットバスの前を通っている。
キッチンの蛍光灯の光で、くもりガラス越しの向こうがうっすらわかるんです。
玄関のほうから壁に手を当てて進んできたんだと思います。
手がずずッ、ずずッと部屋のほうにズレていきました。
玄関の廊下からユニットバスの前を通って部屋に移動したのでしょう。
私は逃げるチャンスだと、ユニットバスの折り戸を開けると玄関にいきました。
鍵、かかってるんです。ドアチェーンもしてある。
誰か入ってきてドアチェーンをかけたら、さすがに音がしますから。
じゃあ、気のせいか、寝ぼけてたんだな。良かった。
そう思って振り返ったら、部屋からお婆さんが顔だして、私を見ていました」
ー了ー
◎著者紹介
糸柳 寿昭 Toshiaki Shiyana
実話怪談師。全国各地で蒐集した実話怪談を発表する団体「怪談社」所属。
主な著作に『怪談聖 あやしかいわ』『怪談聖 とこよかいわ』(竹書房)、福澤徹三との共著に『忌み地 怪談社奇聞録』『忌み地 弐 怪談社奇聞録』『忌み地 参 怪談社奇聞録』(講談社)など。