心も身体も喜ぶ空間をデザインする
医療デザイン Key Person Interview :池田 由里子
インテリアリハビリテーションⓇは池田由里子が提唱した新しい概念。自身が理学療法士として学んできたリハビリの考え方とインテリアデザインの手法を融合したものだ。
療養中の人が元気になる空間、また、お年寄りが穏やかに過ごせる空間づくりとは?
そして、空間の魅力を最大限に引き出すインテリアとは?
見た目の美しさだけを追求するにとどまらない池田の挑戦は、人が動きたくなる、ワクワクする「究極の空間づくり」へと続く。その想いを聴いた。
病院嫌いから理学療法士、
そしてインテリアデザインへ
福岡で生まれ育った池田は大の病院嫌いだった。しかし選んだ仕事は理学療法士。そしてその後も、医院や介護施設の設計、デザインなどにもかかわっている。
「子どものときから病院が怖かったんですよ。しかも私が泣き出すと親が周りから厳しい目で見られるでしょう。それが余計に怖くって。
もちろん仕事では大丈夫です。でも今でも自分が患者として受診するときは、人一倍ビクビクしてしまいますね。」
ーーそれなのに病院で働く仕事を選んだのですね。
「中学のバスケットボール部で膝の靭帯を傷めて、最後の大会に出られない経験をしました。何度か入院もして心理的にもつらかった。同じ思いをしている人の助けになりたいと理学療法士を志しました。」
理学療法士として就職したのはリハビリに力を入れている病院だった。例えば、脳梗塞の患者さんが退院される前に、自宅を訪問し手すりの位置を確認したり、段差の解消を提案したりする福祉住環境整備もチームで携わった。
さらにほどなく「お稽古事の感覚で、インテリアも面白いかな」とインテリアスクールで学び始める。ここで得たインテリアの知識や資格が、その後の池田のキャリアに大きく影響する。
そして、結婚後に病院を退職して巡り合ったのが「医療福祉専門の設計事務所」だった。
「インテリアコーディネーターの資格はとったものの、まだ実践経験はない状態。ですが、リハビリとインテリアという組み合わせに興味を持っていただき、入社できました。」
患者さんや高齢者が暮らしやすい空間をつくるのは、どちらかと言えば作業療法士の領域に近い。だが「リハビリテーション」を学んで実践したことは池田の骨格になったという。
竣工時の喜びは、どこへ行ってしまう?
新たに身につけたインテリアコーディネーターの知識も活かして働いていた池田には、ある違和感が芽生え始める。
「たくさんのクリニックや介護施設のデザインを担当させていただいて、完成、竣工のときは皆さんとても喜んでくださいますよね。理事長さんも、スタッフさんもみんな笑顔です。
ところがしばらくしてお邪魔すると、なんか違うんです。オーナーの院長先生の思いと、実際の空間の使われ方が調和していない感覚が多かったんですね。
たとえば『落ち着いたカフェのように、みんながくつろげる空間にしたい』と設計・デザインされたのに、壁には習字の半紙が貼り付けられ、月間の行動目標などが掲示されている。もちろん習字が悪いわけではなく、調和していない。」
当時、すぐに有効な手が打てたわけではない。
だが後年、経営者の施設にかける思いがスタッフには伝わっていないことに気づく。そしてスタッフは環境づくりを学んだ経験もない。設計担当である池田は、発注者から理念、実現したい想いを繰り返し聴いていた。でもスタッフには届きづらい現実があった。
「スタッフの皆さんへの伝達や教育が必要なんだと考えました。
そこで教材を自分なりに開発しました。『整理収納アドバイザー』という資格も新たに取得して、整理整頓の仕方、よい空間環境のつくり方、そして色づかいやデザインなども研修で教えていく内容をつくったんです。
これで患者さん、利用者さんが暮らしやすいのはもちろん、働くスタッフの皆さんにとっても働きやすい空間をつくれます。」
不調和を起こしていた空間、インテリアを再び適切な状態にすることも「リハビリ」だ。だから池田はインテリアリハビリテーションⓇと名付けて、医療・介護職員向けに研修を始めた。
患者さんや高齢者の方が元気でいられる空間づくりの大切さと、環境づくりや模様替えの実践を教える。
北欧で知った「思わず前のめりになる空間」の力
時間は、池田がインテリアリハビリテーションを確立する前へさかのぼる。
北欧の福祉家具の輸入販売に携わっていた池田は、何度かノルウェーやデンマークの老人ホームを視察する機会があった。
ここで見た老人ホームの談話室のワンシーンが池田の原点になっている。
「老人ホームの1室でしたね。順番に部屋を見てまわったのですが、ここで私たち視察メンバーは心を奪われて動けなくなってしまいました。
素朴で温かくて、美しい空間で、お年寄りもスタッフも皆が心地よさそうにしていたんです。」
ーーたしかに写真で見ても惹きこまれる美しさがあります。
「まだ視察の続きがあるのに『なんとなくこの部屋に居続けたい』とみんなが感じてしまいました(笑)。頭では分かっていた『空間の力』を本当に実感した瞬間です。
心地よい空間は人を惹きつけるんですね。『参加しませんか?』とお誘いしても、気乗りしない様子のお年寄りが、空間に背中を押されて重い腰が上がる。」
自ら会社を立ち上げた池田が目指すのは、そこにいるだけでワクワクする空間をつくれる力、それを継続できる人材の育成だ。
遠くに行きたい。だからみんなで行く
医療や福祉施設をアートの力で改善するチア・アートの岩田理事長がゲストの際に参加した勉強会で、池田は日本医療デザインセンターの存在を知る。
デザインの力で、医療・介護などの課題を解決していく彼らの考え方は「全く同じだ」と感じたという。
「はじめて勉強会に参加したときにすぐ共感して、その場で野﨑礼史先生も紹介していただいて、気づいたら次の勉強会では講師役を頼まれていました(笑)。早いですよね。
これまではひとりで仕事に取り組むことが多かったのですが、心強い仲間ができたようで嬉しく感じました。
『早く行きたければひとりで行け、遠くへ行きたければみんなで行け』のことわざの通りですね。環境デザインが医療や介護の助けとなれるようにという願いを実現するのに素晴らしい出会いだなと思いました。楽しく、より大きなことにチャレンジできる期待でいっぱいです。」
ーー医療デザイン大学の立ち上げにも関わっていますね。
「医療デザイン大学はオンライン方式で、全国の医療、介護のスタッフに参加してもらう構想です。デザインで、職場や社会の課題を解決する手段として『インテリアリハビリテーションⓇ』がお役に立てたら嬉しいです。」
インテリアリハビリテーションⓇをもっと浸透させたい。今は「インテリア」という言葉のイメージのせいか、「おしゃれのみを追及している」など誤解されることもある。
ただ、少しずつ広めていけば、医療や介護を受ける側も提供する側も、もっと快適な空間をつくれると信じている。
「患者さんとスタッフさんが関わる本質的な部分は、効率化してはいけないと考えています。でも、スタッフが会議しやすくする、備品を取ってくるときの動線を短くするなどの効率化はまだまだいくらでもできると思います。
そうしたらもっと、患者さんとお話しする時間が取れるなど、いい効果が生まれるかもしれません。一方で、常に患者さんに寄り添うことが正解とも限りませんよね。適度に距離が取れる仕組みも、環境づくりを学んで俯瞰力が養われれば実践できます。」
ーー最終的には患者さんのためになりますよね。
「治療や介護を受けるときに過ごす環境は、自宅のように居心地よいものにして差し上げたいですよね。不快な環境にいたら心身が回復しづらいのではと思います。
もとは私も病院が怖かった人間です。痛みや苦しみが少しでも軽減されて、ご自分の人生と健康と向き合える癒しの空間づくりを広げていきたいです」
暮らしたいほどの病院、ずっと住み続けたくなる介護施設ーー。
インテリアリハビリテーションの力があれば、きっと実現できるだろう。
取材後記
池田さんから受ける印象は包容力。温かみのある笑顔と明確な意志のあるお話しがとても心地よかったです。池田さんがいる空間そのものがインテリアリハビリテーションなのではないでしょうか。
エネルギッシュで行動的な池田さんに「今後やりたいこと」を聞くと、ものすごい数の構想、アイデアが飛び出してきました。常日頃から、もっとよくしたいと考えている証拠ですね。
(聞き手:医療デザインライター・藤原友亮)
池田由里子さん プロフィール
株式会社リハブインテリアズ 代表取締役
福岡県北九州市出身。鹿児島大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業後、 医療法人社団寿量会熊本機能病院にて理学療法士として勤務。 その後インテリアコーディネーター資格を取得し、 病院や高齢者施設などを多く手がける建築設計事務所(熊本市)、 高齢者向け北欧福祉家具輸入販売会社(東京都)を経て、 2008年、株式会社リハブインテリアズを設立。 インテリアを「室内デザイン」「人の心」という二つの意味で捉え、ケアに活かす環境づくりで人々を元気にするコンセプト、「インテリアリハビリテーション®」を提案し、インテリアコンサルティング、デザイン、職員研修などを行う。
インテリアリハビリテーション®に関連の深い学びが得られるハウスキーピング協会発行の資格講座、「整理収納アドバイザー2級認定講座」「職場整理収納アドバイザー基礎講座」や Read For Action協会認定ファシリテーターとして開催している読書会など協会認定講師としての活動のほか大学、専門学校での「生活環境論」非常勤講師も担当。
著書・講演
『リハビリテーション×ライフ ~暮らしのリノベーション・住宅改修と住環境整備 7つの新常識~』(監修・共著)2018 株式会社gene
『福祉住環境コーディネーター3級 公式テキスト』(共著) 第4章第1節コラム 「福祉『整理収納』整備」 2011年改訂版 東京商工会議所
『生活環境論』5章「住環境についての考え方」(共著) 2006 神陵文庫
『姿勢調節障害の理学療法』(共著) 第26章 「高齢者に対する環境調整」2004 医歯薬出版
資格
インテリアコーディネーター、カラーコーディネーター、整理収納アドバイザー、理学療法士、他
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