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劇詩のようなもの: 風

『風』をご覧いただきありがとうございます。
読まれてもしお気に召したり気になったことがあれば是非↓のメイキング…という名の反省文もご覧ください。
よろしくお願いします。



第一章


大風が吹く中ぼくは立てなかった。

時はたっていくのにぼくは立てなかった。

悔しさと悲しさが入り混じり、ぼくは涙した。

死を司るものが草原からすくっと立つ。

時間を司るものが草原からすくっと立つ。

運命を司るものが草原からすくっと立つ。

それでもぼくは立てずにいた。

涙が頬をつたう。

汗が顔をつたう。

ちきしょう。なぜぼくは立てないんだ。

死がぼくを誘う。

さあ立て。

立って踊れ!

時間がぼくを促す。

流れに乗ればいいんだ。

風に乗って飛べ。

運命はぼくに何も言わなかった。

ぼくは大風の中立ってみた。

時間を司るものに言われるまでもなく風に飛ばされてぼくは三人のもとから去った。

第二章



ぼくは空を飛んでいた。

雲の中を通ると雷が激しい。

激しい風に吹かれてぼくはたくさんの雷を潜り抜け。

地上が近くになるにつれて雨がザンザコ降ってきた。

びしょ濡れだ。

風にグンと足をすくわれて。

手から土につっこんだ。

土から手が抜けない。

ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。

慌てている間に突然思い出した。

お母さんがぼくと手をつないで。

お父さんから離れていって。

お父さんの顔を見る。

鼻が高い。

目が細い。

髪が長い。

そしてぼくの向こう側を見つめている。

お母さんの顔を見る。

顔が思い出せない。

お母さんの顔!?

その時土から手が抜けた。

ぼくはひっくりかえって崖まで転んだ。

崖を必死に登るとその先に死を司るものがいた。

なんだつまらん。

死はそうつぶやいて犬になって去っていった。

犬はたくさんの豚を追っていた。

犬はこっちに向かってきた。

とうぜん豚たちも向かってきた。

豚のかたまりがぼくを崖の下に落とそうとばかりに突進してくる。

ぼくは豚をかきわけた。

かきわけてもかきわけても豚。

鼻が顔に当たってぬちょぬちょして気持ち悪い。

ぼくは豚を思わずぶん殴った。

ブヒイ。

豚が吠えてこけた。

豚たちが叫ぶ。

ブヒイブヒイブヒイ。

ただのかたまりは怒りのかたまりに変わった。

ぼくは豚に押し進められて崖から落ちた。

ああぼくは豚とともに死ぬのか。

と思った。

第三章



目を開けると家にいた。

お父さんがいた。

顔の見えないお母さんがいた。

窓を覗くと宇宙にいた。

月が1キロメートルぐらいのかなりの近くにあるように思った。

きたない豚と犬はどこにもいなかった。

いるのはお父さんと顔の見えないお母さんとぼくだけ。

顔の見えないお母さんがシチューを出した。

ぼくはジュルジュル食べながらこう言った。

どうしてお母さんは顔がないの?

お母さんは言った。

何かを。

聞きとれなかった。

なにをしゃべっているのか全くわからなかった。

お父さんが言った。

馬鹿やろう。お母さんの言うことちゃんと聞け!

ぼくが言った。

でも何を言っているのかわからないんだ。

お父さんがシチューのスプーンをぶん投げた。

こんな知恵おくれと住みたくない!

お父さんは家から出ていった。

お父さん外は宇宙だよ!

しかし扉の向こう側は色とりどりの花園だった。

扉が閉まる。

ぼくはお父さん!と言って扉を開けた。

暗黒が広がっていた。

息ができない。

苦しい。

急いで扉を閉めると息ができるようになった。

ハアハアと息を吸い込んでいるとその背中を顔の見えないお母さんがやさしくさすった。

どうしてお母さんの顔も声もわからないんだろう。

涙がこぼれた。

お父さんからも嫌われてしまった。

涙がとまらない。

ぼくはお母さんに泣きついた。

お母さんは変な言葉を言いながらぼくをなぐさめてくれた。

ぼくは言葉がわからなかったけれどお母さんからの愛がわかる気がした。

だってお母さんはあたたかいから。

だってお母さんはミルクのにおいがするから。

だってお母さんはぼくのお母さんだから。

気づいたらぼくはお母さんの胸に抱きよせられながら眠っていた。

お母さんも眠っているようだ。

ぼくは窓に向かった。

第四章



窓の外は宇宙じゃなかった。

時計という時計で空間が埋め尽くされていた。

扉を開けると時計がごちゃっとぼくを押しつぶした。

わあ。

そんなぼくを呼ぶ声がする。

君よ流れに身を任せよ。

時計がものすごい勢いで家の外を流れ出した。

また声がした。

好きな時計に乗り流れに身を任せよ。

ぼくはとっさに柱時計に乗って風の波に乗った。

チークタクチーク…タク…チク…チク…タク…チ…ク…。

柱時計の針が止まったときぼくは時計でできた吊り橋にいた。

グラグラする橋を渡っているとボーン!と時計が鳴った。

思わず橋から落ちそうになった。

なんとか橋を渡りきったそこは時計でできたトンネルだった。

トンネルは暗くてこわい。

おそるおそるトンネルの中を進む。

ジリジリジリ!

壁にかかった目覚まし時計が鳴いている。

ぼくはこわくてトンネルを駆けた。

トンネルの時計たちが一斉に鳴る。

なんとかトンネルを抜ける。

そこは人一人だけがいる何もない場所だった。

その人は時間を司るものだった。

よくきたね。時計はうるさかったろう。

ぼくは時間を司るものに向かっていった。

時というものはうるさいものだ。静かにしていても時は流れて音を立てるどうしようもないものだ。

あなたは時間を司るものでしょう。

そうだ。

なのに時についてそんなことを言っていいんですか。

わたしはもともと時に抗ったものなのだ。

風が吹き始めた。

だが……時に負け時を司る役を命じられた。

命じたのは誰ですか?

もうわからん。なにせ遠い昔の話でな。

ぼくは黙っていた。

いまこうしている間にも時は過ぎている。君には時間がない。

どうすればいいんですか?

君といっしょにいてくれる人を探せ。死んでも顔が思い出せるぐらいのものを。

こっちへ。

そう言って時は立ち上がって歩きはじめた。

ぼくもついていった。

大きな大きな振り子時計があった。

この振り子に乗って上から飛ぶんだ。

飛んだ先に何があるの?

わしにもわからん。

闇しか見えない。

こわいか?

こわくないです。

嘘だ。

こわくないなら行け。

震えながらぼくは振り子に乗った。

少しずつ振り子がブーンブーンと動きはじめた。

やがて振り子はブーンブーンからブンブンと変わり。

ぼくはこわくて飛べず振り子にしがみついた。

足の血管がドクドク震える。

飛べ!

時間が言う。

ぼくは目をつぶりながら振り子から飛んだ。

第五章


ジャボン。

水に落ちたような感じだった。

目を開けると闇の先に光があった。

光の向こうで誰かが待っている。

誰だろう。

どこかで見たような……。

お母さん!?

目を開けると家に戻っていた。

お母さあん。

誰もいない。

扉を開ける。

外は花園だ。

花園の花を踏み抜いていくと一人影があった。

お父さんだ。

ここに何をしに来た。

お父さん、お母さんはどこ?

お父さんはぼくの疑問を無視した。

ここはわたしの花園だ。お前には入ってほしくない。

もう一回聞いてみた。

お母さんはどこ?

ここはわたしの花園だ!勝手は許さん!

花園に一気に火がついた。

花が燃え揺れてあたり一面燃えた。

地平線も燃えている。

お父さんぼくも怒っているんだ。

なに?

お母さんを置いてこんなところに行くなんてひどいじゃないか。

この花園はわたしだけのものだ。

お前らに見せるぐらいなら燃やしたほうがマシだ。

「お前ら」ってなんだ!「お前ら」って言うな!

ぼくの口は勝手に怒っていた。

花園がなんだ!秘密はもっていていいものだけどそれなら見せつけるな!

お父さんは黙っていた。

お母さんを置いていくな!ぼくにはお母さんの顔も声も思い出せないけれどお母さんはお母さんなんだ!

お父さんが口を開いた。

お前は……そんなに言うお母さんのことをどうして思い出せない?どうしてお母さんの顔と声を思い出せないのだ?

わからない……。でもお母さんはぼくを抱きしめてくれた。お母さんのにおいだった。ねえ。お母さんはどこ?

お父さんは地平線の向こうを指した。

お母さんはお前に絶望して遠くに行ってしまった。

風が立つ。

それでも行くのか。

風がうなりをあげてゆく。

はい。

そうか。ならば行け。そしてもう私のところに来るな……。

わかった。さようなら。お父さん。

そしてぼくは燃える地平線へと向かった。

ふと振り返ると焼け野原が花園に戻っていた。

もうぼくはお父さんと会うことはないと思った。

第六章


燃える地平線に近づいていくと炎の勢いが激しくて頬が熱くなってきた。

んっ……!

熱い。熱すぎる。通れないんじゃないか。でも通らないとダメだ。

燃える炎の中にエイヤッと突っ込んでいった。

ぼくは燃え死んだ。

暗転。

ブランコ。

ぼくがこげないでいると誰かが背中を押してくれた。

ブーンブーン。

ぼくはついうしろを見た。

そこにはお母さんの顔があった。

あんなにわからなかったお母さんの顔がはっきり見えた。

ああお母さんだ。

ほら前を見て。うしろを見ていると大変よ。

お母さん……。

あら泣いているの?こわいの?ブランコやめようか?

つづけて!

……はいっ。

ブランコはいつまでも振れていた。

第七章


目を開けるとぼくは生き返っていた。

ぼくは死ぬまえと変わらない姿で誰かの家にいた。

おはよう。

この子は誰だろう。

わたしがあなたを助けたのよ。

お母さんは?ぼくのお母さんは。

あなたのお母さんは遠くに行っていないわ。

じゃあ君はだれ?

わたしはキミ。

君?

違うわ。キミ!カナカナでキミよ。

そうなんだ。

そう。

ここはキミの家?

そう。

なんで助けたの?

炎の中で泣いている人がいたら助けるのがあたりまえでしょ。

ぼくは死んだんじゃないのか?

死んでいないわ。死んじゃったらこうしてわたしとお話できないじゃないの。

そうか。

そう。

キミ?

ん?

ありがとう。

どういたしまして。

キミはすごいね。あんなに熱い炎の中からぼくを助けるなんて。

バケツいっぱいに水をかぶって一気につっこんであなたを抱えて脱出したの。

キミは強いなあ。

どういたしまして。

ぼくはこれまでのことを話した。

死を司るもの。

時間を司るもの。

運命を司るもの。

お父さん。

そしてお母さんのことを。

大変だったのね。

うん。

キミがぼくをギュッと抱きしめた。

だいじょうぶ。もうだいじょうぶよ。

ぼくはさっきの炎の時よりもっとまっかになっている気がした。

でもあなたは運命を司るものと話していないわ。

そうだね。でも会えなかったから……。

今なら会えるんじゃない?

家の外が草原になっていた。

それにあなたはここにいるべき人じゃないわ。

なんで?

だってあなた名前は?

あ。

ぼくは名前が思い出せなかった。というかなかった気がする。

運命を司るものに名前を決めてもらいましょう。

そう言ってキミはぼくから離れて扉を開けた。

第八章



草原がどこまでも広がっている。

ぼくは立ち上がって草原に足を踏み入れた。

トボトボ歩いていると草原の向こうに人影がある。

やあ。来たな。少年よ。

運命を司るものが手をあげた。

ぼくはキミの手をいつのまにかとりながらサッサと歩いた。

運命が言う。

わたしはよく無口だと言われるがね。いつもは喋る必要がないから黙っているだけなのだ。

ぼくは名前をなくしています。どうか名前をいただけませんか。

そう急かすな。

運命がコホッと笑う。

少年よ。なぜお前はここにいると思う?

わかりません。

正直でよろしい。では言おう。お前はまだ生れていないのだよ。

風が立った。

ぼくはまだ生れていないんですか。

そうだ。

でもこうして存在しています。

存在か……。存在とはいつでもあやういものだ。少年よ。お前はまだあやういのだ。

でもこうしてここにいます。

そうだとなぜ言える?

だって……。

ぼくはハッと気づいた。

ぼくはキミの手をにぎっています。ぼくはキミがいるからここにいます。

キミが驚いた。

ハハハハハ!

運命は笑った。

おもしろい回答だ。正しくはないが間違ってもいない。たしかにキミがいるからお前はここにいるのだ。

運命がぼくの顔によった。

いいかね少年。わたしがいまから名前をつけてあげよう。

ありがとうございます。

お前は俊と名乗れ!

風が大きく立った。

第九章


草原の向こうから死と時間がやってきた。

俊は死を司るものと対峙した。

お前はこれからどうする?

死が尋ねた。

俊はキミとともに行くと答えた。

すべての人たちはそう生きてきたから。

死は大きな声で笑った。

いいだろう!馬鹿な答えだがもう言うことはない。お前はもう勝手にしろ。

と答えた。

俊は時間を司るものと対峙した。

俊はこれからどうする?

時間が尋ねる。

俊はキミとともに行くと答えた。

すべての人たちはそう生きてきたから。

時間はそうかと答えた。

時間が過ぎていった。

俊は最後に運命を司るものと対峙した。

俊はこれからどうする?

運命が尋ねる。

俊はキミとともに行くと答えた。

すべての人たちはそう生きてきたから。

運命はこう答えた。

そうか。ならば俊はキミと行け。すぐにここから立ち去れ。

と。

キミが俊の手を引っ張る。

こっちよ!

草原をものすごい速さで駆けていく。

まるで風になって。

かすかにお母さんとお父さんの声がしてくるような……。

闇にポツンと扉が一枚あった。

俊はキミとともに扉を開けて向こう側に行った。

「生れてきてくれてありがとう」


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