青森に行ったら奈良美智さんのことが大好きになりました
青森に行ったら、奈良美智さんのことが大好きになりました。
青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館の「もしもし、奈良さんの個展はできませんか?」奈良美智展弘前2002-2006ドキュメント展がとても素晴らしかったからです。(会期2022年9月17日ー2023年3月21日)
いままでは、「かわいい絵だな」「うんうん子どもって時々こういう顔するよね」くらいの「好き」でした。ところがいまではもうめっちゃ大好きです。弘前でいったいわたしに何が起こったのか。
奈良美智は、青森県弘前市出身の現代美術家。一見かわいいけどちょっと毒があってポップな作風で、日本国内のみならず海外でも大人気のアーティストです。《あおもり犬》などの彫刻作品でも有名ですよね。
弘前れんが倉庫美術館
博物館学芸員資格の取得を目指して通信制大学で学んでいるわたしが、弘前に着いてまず向かったのが、「弘前れんが倉庫美術館」です。
「弘前れんが倉庫美術館」は、もとは吉井酒造という酒造会社の煉瓦倉庫でした。この煉瓦倉庫が美術館に生まれ変わったきっかけが、まさに奈良美智の展覧会だったそうなのです。
そのはじまりは、2000年夏、当時吉井酒造の煉瓦倉庫の持ち主であった吉井千代子氏がかけた「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」という一本の電話でした。
「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」
そもそもこの美しい煉瓦倉庫は、酒造工場として建てられましたが、そこには創業者の「かりに事業が失敗しても、これらの建物が将来のために遺産として役立てばよい」という思いがあったといいます。
まずそこがすごいなと思います。「将来のために」という思いでつくられた場所は、かならずその場のもつ力となって人を集め、文化や芸術をおこしていく原動力になると思うからです。
創業者の思いを引き継いだ吉井千代子氏は、文化や芸術に対するひらかれたまなざしを持っていました。そのことが、あの一本の電話につながったのです。
そうして「弘前れんが倉庫美術館」へと生まれ変わる前の吉井酒造煉瓦倉庫で、2002年、2005年、2006年の三度にわたり、奈良美智の個展がおこなわれることになりました。
「吉井酒造煉瓦倉庫だからやるってことしか考えてなかった」という言葉にジーンときます。
ボランティアの存在
そして、煉瓦倉庫での奈良美智展を語るなかで忘れてはならないのが、ボランティアの存在です。
総勢1500名以上のボランティアたちは、ゆるやかなコミュニティをつくり、「自分たちの展覧会を自分たちで作り上げる」という思いを持って展示会に関わっていきます。
展示されているチラシや新聞、手書きのメモなどの資料から当時の準備のようすが感じられ、その熱とワクワク感が伝わってきます。それらを見ていると、なんだかこちらまで胸が熱くなってくるのです。
つい、なんでわたしこのとき参加しなかったんだろう、と思ってしまいました。でもよく考えたら2002年8月、わたしは臨月で出産をひかえていたんでした。ってことはどっちにしても来れなかったな、とむりやり自分を納得させました。それくらいくやしいと思ったんです。
残されたものひとつひとつに、作家やそれにかかわる人たち、地域の人たちの愛と情熱を感じて、いちいち感動していたわたしですが、いちばん圧倒的だったのがこのことばです。
これを見て、わたしはちょっと泣いてしまいました。あとの展示が涙でかすんで見えなくなるくらいに。それにいまも、この記事を書きながらちょっと泣いています。
これって、すごいことだと思うんです。ひとりのアーティストや、展示会や、美術館がきっかけとなって自分の生まれ育ったところを好きになり、そして一生住みたいと思うだなんて!
わたしはいま博物館学芸員資格の課題で、「博物館が地域において担うべき社会的な役割とその意義とは」みたいなことをずーっと調べたり考えたりしているんですが、それってこういうことですよね!! そうですよね!! (いったい誰に言ってるんだ?)
余談ですが、わたしのふるさともまた、弘前と同じように雪国で、そしてりんごの町でした。わたしはりんご畑の真ん中で育ちました。でもこの町には何もないと思ってた。わたしはすこしも「一生住むかも」なんていう風には思えなかった。でも心のどこかで、そう思いたくて、もしも美術館があったら、建物としての美術館じゃなくても、芸術や文化へのひらかれた心やそれに触れる機会がもっとあれば、何か変わるかもしれないと、そのためにいま必死になって勉強しているのかもしれないと、今まですこしもそんなことを考えたことはなかったのに、急にそんなことを思ったりもしたのです。
りんごの木って、すごく独特な木の形をしているんです。果樹なので、果実が実りやすいように、そして取りやすいようにその形に選定するのですが、晩秋になって落葉し、だらりとただその黒い枝を広げたようすはちょっと奇妙で、けっして美しいとはいえません。
ところが弘前と青森を旅するなかで、バスや列車のなかからりんごの木がみえると、とてもなつかしく愛おしく思えました。不思議なものです。弘前れんが倉庫美術館であのことばに出会った影響もあるのかもしれません。
美術館を地域のみんなでつくり、そしてまたその経験が、地域を愛すきっかけになる。ほんとうに、すばらしいものを見せてもらいました。
熱をつくるひと
奈良美智の作品の魅力、煉瓦倉庫という場の持つパワー、吉井氏のひとがら、ボランティアの力、地域のひとやたくさんのひとの思いが重なってできた展覧会、そして「弘前れんが倉庫美術館」
その情熱の渦の中心にいて、熱をつくっていたひとが、奈良美智。
この展示を見たら、ほんとうに大好きになってしまいます。
美術評論家の小松崎拓男氏は著書『TOKYO POPから始まるー日本現代美術1996-2021』(平凡社、2022年、11頁)のなかで、奈良美智の戦略的なSNSについて次のように述べています。
戦略的といえばたしかにそういう面ももちろんあるんだろうけど、でもきっとその戦略を超えたところでふつうにむちゃくちゃ熱い人で、故郷を愛する人で、なんか人を惹きつける魅力があって、文学的で、社会的で、愛にあふれていて、そしてめちゃくちゃロックな人なんだろうなあとこの展示を見て思ったのです。
じゃないと、あんな風にまわりのひとは動かないとおもう。熱をつくるひとなんだとおもう。
そりゃもう大好きになっちゃうよね〜。
りんごのシードル
なんか展示を見ていたら勝手にものすごく熱くなってしまって、美術館併設のカフェでりんごのシードル(ノンアルコール)をごくごく飲みました。
青森県立美術館
青森旅行最終日は、弘前からJRで新青森へ。そして新青森からシャトルバスで青森県立美術館へ向かいました。
じつはこの日は11月23日。なんと前日の22日まで改装工事で閉館されていたのです。改装されたばかりの美術館はぴかぴかでまっしろ。
さて、お目当てのあおもり犬に会うためには、宝さがしの地図をたよりに冒険に行くみたいにいろんな道を歩いていかなくてはなりません。
ほんとうにこの道であってる? と不安になりながら。
でも冒険みたいでたのしい。
ようやく会えたあおもり犬は、まっしろでかわいかった。
ひとり旅はこういうときはちょっとさみしいね、と思いながら自撮りで写真を撮っておきました。
なんと冬季の11月30日からはこの連絡通路が閉ざされてしまうのだとか。(窓越しの見学は可能)改装と連絡通路の閉鎖の前のわずか7日間の間に、奇跡的にあおもり犬に出会えてよかったです。
明日世界が終わっても
青森に行ったら、奈良美智さんが大好きになりました。
わたしはずいぶん大人になってから大学に入り、学芸員資格の取得を目指しています。するといろんなひとから、「大学はまあわかるけど、なんでまた今さら学芸員資格なん?」「今から学芸員になりたいの?」と言われます。そう言われるといい年なのでどこか恥ずかしく思う気持ちもあったりして、「うん、まあなんとなく」「資格とかぜんぜん持ってないから取ってみたいな〜と思って」なんてごまかすこともありました。
わたし自身もレポートに不合格になったときにはそれなりに落ち込んで、「なんでわたし学芸員資格取ってるんだっけ?」と考えてしまうときもありました。でもこの旅で弘前れんが倉庫美術館の展示を見て、「こういうことだよ! こういうことなんだよ〜」と、わけもわからずに熱くなってしまったりして、気持ちがぎゅっと固まってきたように思います。
やっぱり学芸員資格、取りたいです。やってみたいことも、あるんです。
うん、あきらめないよ。
#忘れられない展覧会2022 に参加しています。
だれにたのまれたわけでもないのに、日本各地の布をめぐる研究の旅をしています。 いただいたサポートは、旅先のごはんやおやつ代にしてエッセイに書きます!