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「バンドTシャツをバンドで買う人初めて見ました」と店員さんに言われまして

夫のTシャツがあまりにもヨレヨレで不憫なので、新しいのを買ってあげた。

イギリスの音楽が好きな夫は、持っているTシャツのほとんどがミュージシャンのいわゆる「バンドTシャツ」だ。そしてそれらのTシャツは、彼のイギリス音楽への深い愛のなせる技なのか、元来ものもちがいいのか、みんなおしなべてヨレヨレである。

ヨレヨレTシャツ

なかでもこの「ジョイ・ディビジョン」のは特にヨレヨレで、元は黒だった(はず)なのに、いまはもうこれって何色ですか? ってくらいに色褪せている。不憫だ。しかしこのTシャツが他のよりもずいぶんとダメージを受けているのには理由があって、それはまた後で話すんだけど、先に新しいTシャツを買った時の話。

バンドTシャツをバンドで買う人初めて見ましたと言われて

新しいTシャツは京都のショップで買った。店先に「THE SMITHS」のTシャツがあって、即決で購入。お店の若い男性店員さんに「夫がSMITHS 好きなんで」って話したら、「バンドTシャツをバンドで買う人初めて見ました」って言われてびっくり。

THE SMITHS

「バンドじゃなかったらなんで買うねん!」
って話だけど、若い子はもうパッと見のデザインだけで買うんだって。「メタル系のTシャツだったら、たまに50代くらいのおじさんに、好きなん?って聞かれたりしますけどね」だって。

でもその子自身は、父親が音楽好きなのでけっこうその時代の音楽は聞くのだとか。話の内容から、たぶんその父親はわたしたちと同世代。そりゃそうか、彼も息子と同じ年くらいかな。そう思って息子(19歳)に確認したら、

「そりゃデザインで買うやろ。メタリカとか服のブランドやと思ってたわ」
ですってよ、odapethさん。やっぱりそうみたい。

「メタリカ知らんのにメタリカ着る」どころの話ではなく、もはや「バンドTシャツをバンドで選ぶ人初めて見ました」っていう世界になってる。若いって自由だ。

「THE SMITHS」とは

そんな、「THE SMITHS」を知らない若者たちに説明すると、ザ・スミス(以下スミス)は、1982年に結成したイギリスのロックバンドだ。メンバーは工業都市マンチェスターの労働者階級出身。ボーカルのモリッシーは文学青年だそう。もうそれだけで好きになるよね。(文学青年にめっぽう弱い)

この曲のカバー曲が、「THIS IS ENGLAND」という映画のラストにも使われている。この映画、主人公の少年がファッションと音楽がきっかけで仲間と繋がり、それがやがて暴力やヘイトクライムへと繋がっていく映画だった。ファッションへの憧れが、そうなっちゃうこともあるんだ…と思ってショックだったし、見た後ですごく複雑な気持ちになった。

でも、最後にこの曲がかかることによって、少年のやるせない気持ちを表すのと同時に、ひとつの時代が終わって新しく始まることへの暗示になっていて、この曲が大きな希望と救いになっているとわたしは思った。

変わるのにはいい時期だね
運命のいたずらは、善人すら悪人に変えてしまう
だから、お願いだよ
どうか
今度こそ、僕が望むものをください

「PLEASE,PLEASE,PLEASE LET ME GET WHAT I WANT」THE   SMITHS


「スミス」は映画「500日のサマー」の出会いのシーンにも効果的に登場。こんな出会いなら、そりゃ好きになるよね。ヘッドフォンでスミス聴いていたら、こんな可愛い子が「わたしもスミス好きよ」って歌い始めるなんて。ファッションもかわいい。


映画といえば、スミスの自伝的映画もある。「ENGLAND IS MINE」だ。
わたしは見ていないので夫に感想を聞いてみた。

わたし「どうだった?」
夫「なんやゆうたら紅茶飲んどった」
そりゃイギリス人だからね。

でも感想、そこ?


わたしが買ったスミスのTシャツはこちら。白スミスと黒スミス。どうせクタクタになるまで着るだろうし、2枚買った。

白スミス
黒スミス

あなたはどちらのスミスがお好き?

ヨレヨレTシャツコレクション

ではここで、彼のヨレヨレTシャツコレクションと、そのミュージシャンをご紹介したい。

ジョイ・ディヴィジョン

先述のジョイ・ディヴィジョン。なんかこのTシャツの波型のデザイン、みたことある、という人もいるのではないだろうか。それこそ、「アンノウン・プレジャーズ」を聴いたこともないのにこのTシャツ着てる人はきっとたくさんいる。

無線パルスの波型

こぎつね座の方角にある中性子星で初めて発見された無線パルスの波型をデザインしたものだとか。ちょっと何言ってるかわかんない。

最新号のロッキング・オンの表紙にも。

「ジョイ・ディヴィジョン」とは

ジョイ・ディヴィジョンは、これまたイギリスのマンチェスターで1976年に結成されたロックバンド。ボーカルのイアン・カーティス亡き後は、「ニュー・オーダー」として再結成した。


そして、夫のヨレヨレTシャツのなかでも、これだけがものすごくダメージが激しい。

iPhoneで撮影したら、デュアルカメラ効果で無線パルスが浮き上がってきてなんだかいい感じに見えてしまうのだが、じつはかなりヘロヘロなのだ。元はおそらく黒色だったと記憶されるが、もはや何色なのか表現が難しいほどに退色している。「ビジョン」のあたりから袖にかけて赤っぽく見えているのは光が入ったのではなく、ここだけがリアルに色褪せているのだ。こんな感じに。

へろへろ

後ろからみたら、まるでムラ染め加工を施した、タイダイTシャツのよう。

タイダイ風

このTシャツがこんなにボロボロになっているのは、夫のジョイ・ディヴィジョンへの愛着が格別深いだけではない。じつはわたしのせいなのだ。

ある日、にわか雨があり、慌ててベランダの洗濯物を取り込んだ。そのときにおそらくこのTシャツだけ取り込み忘れていたんだと思う。風に飛ばされ、死角に入りこんだとみられる。そして数ヶ月後、このTシャツはベランダの隅でくしゃくしゃになって発見された。折り畳まれたまま、風雨にさらされ、日光にさらされたあげく、まるで絞り染したように部分的に色褪せてしまった。

見るも無残な状況だったが、夫がこのTシャツを気に入っていることは知っていたので、わたしはベランダから救出し、またそっと洗い直してこっそりワードローブに戻した。

だいたいにおいて細かいことを気にしない夫は、また何ごともなかったようにTシャツを着はじめた。(今ここに初めて白状します。ごめんなさい。)

そんな罪の意識もあり、夫が好きなバンドやミュージシャンのTシャツを見かけたら、罪滅ぼしにせっせと買うようにしている。

デヴィッド・ボウイ「ブラックスター」

デヴィッド・ボウイの亡くなる2日前にリリースされたアルバム「ブラックスター」のTシャツ。

デヴィッド・ボウイの音楽に関してはあまり詳しくないのだけど、その美しいヴィジュアルとファッションが魅力的。

京都での写真展のチラシとブラックスターTシャツ

この衣装は、山本寛斎のデザイン。(写真は催事会場の許可を得て撮影)

ブラックスターTシャツは、このポップアップショップで購入した。今見てもファッションとヴィジュアルデザインがめちゃくちゃかっこいい。

デヴィッド・ボウイとイギー・ポップとルー・リード

左からデヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ、ルー・リード。

これは大阪の中崎町あたりのショップで買った。写真でぼかすといい感じだけど、じつはこれも肩に穴が空いている。衿ぐりのフライスもボロボロだ。でもこれも現役で続投中。

ここまで着られたら本望だろう


イギー・ポップ

真ん中がイギー・ポップ

Tシャツ真ん中のイギー・ポップは、1947年生まれ、アメリカ合衆国出身のロックミュージシャン。

トレインスポッティングでレントンが走っている時の音楽、「Lust for Life」を歌っている。もうこの曲聞いたら自動的にユアン・マクレガーが走っている映像が浮かんでくる。

ユアン・マクレガーかっこいいなあ。T2(トレインスポッティング2)もかっこよかった。

ルー・リード

右がルー・リード

一番右のルー・リードは1942年ニューヨーク出身のミュージシャン。元ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。

ボウイがプロデュースしたルー・リードの「Perfect Day」は映画トレインスポッティングでも印象的なシーンで採用されている。


「Perfect Day」
のカバー曲は「ダイアナ妃」の映画「SPENCER」にも。音楽とあいまって、まあなんとも悲しくて美しい。豪華なファッションや美しいドレスがすごく素敵。でもそれが彼女の孤独をより強調する。


このルー・リード、チェコスロバキアの「ビロード革命」と呼ばれる平和的な革命に影響を与えていたという。ビロードとはヴェルベットのこと。日本語でいうと「別珍(べっちん)」という生地のことだ。この生地のようにスムーズに、滑らかに、そして平和的に革命が行われたことからそう名付けられた。

ソ連に軍事侵攻をされながらも20年間、抵抗を続けた国・チェコスロバキア。人々は長く暗い冬の時代を耐え、1989年「ビロード革命・ヴェルベット・レボルーション」を果たす。その陰には、革命と同じ名を持つアメリカのロックバンドの存在があった。「ヴェルヴェットアンダーグラウンド」である。すべての始まりは、革命家がそのバンドのレコードを手に入れたことだった。音楽が、時空を越えて世界を変えた奇跡の物語である。

NHK映像の世紀バタフライエフェクトHPより

音楽は人々に影響を及ぼし、時に世界を変える。胸が熱くなるドキュメンタリーだった。

バンドTシャツをバンドで買わなくても全然あり

このように、Tシャツのデザインに採用されるバンドやミュージシャンは、その楽曲が繰り返し映画の重要なシーンに使われたり、ファッションに影響を与えたり、そしてときには社会を動かしたりするくらいの影響力を持っている。

それをTシャツとして身につけることで、自分の気持ちのなかに何かが生まれるかもしれないし、生まれないかもしれない。

ミュージシャンへの愛を確認できたり、ちょっと勇気が出たり、時には「え、好きなんですか?」と、声をかけられて会話のきっかけになるかもしれない。もしかすると500日のサマーみたいに、思ってもみなかった出会いがあるかもしれない。

だからわたしは、バンドTシャツをバンドで買わなくても全然あり。だと思っている。デザインや見た目から入ったり、形から入っても全然あり。だってそれがファッションの面白さであり、役割だと思っているから。

おまけ わたしのお気に入りTシャツ

さて、最後にわたしのお気に入りTシャツを紹介。

音楽好きがレコードジャケットのTシャツ着るのと同じ感覚で、文芸を学ぶ大学生がお気に入りの本の表紙を着てもよくない? ってことで。

『人間失格』太宰治

このTシャツ、太宰治サロンですごく気に入って買ったのに、なぜか家族にはすこぶる不評なんだけど。おかしいな。わたしだったらこんなTシャツ着てる文学青年がいたらぜったい好きになるけどな。

人間で無くなりました。って

でもこのTシャツを着ていて、ほとんど奇跡ともいえるような面白いことがあったんで、またそれは別の機会に。

▼太宰治サロンに行った時の話


それにしてもTシャツって、おもしろいね。もはやコミュニケーションツールだよね。この夏もいっぱい着よう。



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