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臨床心理士のカウンセリングを受ける(2)

前回の記事はこちらです。

今回は1回目の続き。今回は臨床心理士の方に話をした内容をそのまま記載するので冗長です。

臨床心理士の方と話をして、まずは自分のバックボーンに面倒な問題があると見定めてアプローチをしようとした話です。

ということで、面白くないyazuの話をします。


殴られ、怒られ続けた家庭での勉強時間

僕は小学生の時からまあまあ頭がおかしかったです。そして僕の家庭は僕自身が生きづらい場所でした。

両親からネグレクトがあったとかそういったレベルのことはなかったです。家族と旅行とかに行ってたし、比較的裕福な家庭でしたから何かに不便・不都合を感じたことはなかったです。

しかし僕はこの家庭が死ぬほど嫌いでした。休日、両親と一緒にいることが苦痛で仕方なかったです。

何が嫌いだったかなぁ。

父親は超がつく学歴主義だったので、毎週土日は3時間ぐらい殴られたりドヤされながら勉強させられていたこと。そして母親は父親に依存していて、殴る父親を見ても何もしなかったこと。そんなことを思い出します。

※正直、ここから先を書くことは僕の思い込みや逃げ込み先、甘えも入っているので話半分に聞いてください

当時まだ小学校1年生。僕は何事にも要領が悪くて、勉強もできない男でした。

一方、旧帝大出、エリート会社に勤める父親は自分の教え方が最高に上手いと思い込んでいるところがあって、”最強に分かりやすい”自分の説明に”知能が全く追い付かない”僕が理解していないとキレる傾向がありました。

僕はそれが凄く怖くて、仕方なく理解した「ふり」をしました。


ところが理解してないが故にテストの点はなかなか伸びません。親に怒られつづけると、今度は点数を確保するためにカンニングを繰り返すことになります。

この癖は高校生まで続いてました。高校受験でさえカンニングしてたんじゃないかな…あんまり記憶はないんだけど。

…こうやって書いてはいますが、世の中にはもっと厳しい家庭はありますし、僕がこの程度で恐怖を感じてる時点で人間としてのキャパが低い、甘えもあるんだろうなとは思ってます。ただ、現実として自分が生きづらいと感じたのはまさにこの時代からです。

お腹に包丁を突き立てようとして親から殴られたり、逆にナイフで障子をびりびりに破ったり…まー、普通じゃなかったです。

ちなみに大学受験含めて、細かい話はこっちに書いてあるのでお暇な方はご覧ください。


性格さえ演じるしかなかった

人の顔を伺うのもこの頃からです。小学生の時からなるべく父親や母親に好かれるような人間を演じようとしました。

ある時、僕が友達を作れないことを責めた両親は、何でもいいからとにかく友人を作れとの指令を出しました。

人への恐怖心や視線が怖いという気持ちがあって、この頃の僕は相当根暗な性格だったと思います。だからこの指令はなかなかの難問でした。

そこで僕はまた「ふり」をしました。人が僕のことを好むような人格を作り上げて、楽しいことを喋る人間を作りあげたのです。そのために必要なこととしては「準備」。

楽しい人格を作るためには誰と何を喋って、何をボケて、何を楽しませるかという一連の会話をロジカルに組み立てる必要がありました。これを十分にシミュレーションして準備をして人と会話をすることにしました。

子供ながら、よく考えたものだと思います。これが生きる術だったんでしょう。仕方なかった部分はあります。

転校を機に、僕はこの手法を取り入れて見事友達を作り上げることに成功します。

一見、上手くいった方法ではあるのですがこの成功体験が僕の人格形成の根本になってしまいました。

つまり、何事も準備をして取り組まないと先に進められない人間になってしまったのです。

これは人間関係だけでなく、仕事などにも影響が出てしまいます。マニュアルなどがある仕事に対しては比較的こなせるのですが、臨機応変なアプローチが求められるものに関しては固まってしまいます。

今までの人生はまさに自分の中で作り上げたシナリオを現実に演じることが僕の生き方でした。笑えるかもしれませんが、マジでこんな状況でした。



人が信じられない、ではなく自分が信じられない

人は怖いという気持ちの根本には「そもそも人が信じられない」というもう一つのコアな問題がありました。

僕の周りは”明るく楽しい僕”をみて付き合う人たちしかいません。ということは「演じた」自分と話をしている。嘘の僕と表面的に付き合っているだけです。彼らは本当の根暗で誰とも喋りたくない僕を知らない。

勝手に演じているのは僕です。だから周りが悪いのではなく、僕が悪いのは十分分かっています。けれどもそうした人生の生き方しか知らない僕はやがて他人を信じられなくなり、そして恐怖を覚えました。

また、こうして毎度毎度人と喋るために頭の中で会話のシミュレーションを繰り返しより良いベストなシチュエーションを迎えるようなアプローチをとる自分に疲れを感じましたし、何より人をだましているような気がして信じられなくなりました。

よって、自分自身に対しての自己肯定感が極度に下がったのではないかと推測しています。

しかし、僕はこの生き方を変えることができませんでした。そうでなければ社会とのつながりが得られないと思っていたからです。



一連の話を聞いた時の先生の話

先生の第一声が「難しい話ですね…」でした。その理由は以下の通り。

  • yazuの話だけ聞けば、人格的な課題を発生した原因は家族にある可能性がある

  • しかし、その家族とは既に絶縁状態である

  • そして仮に両親を責めたところで、僕の性格が治るわけではない

また、僕が苦しんでいる人と喋ることに対して極度の演技をしていることに対しても、前提として誰もが全てを本音で晒す人はほぼいないということを伝えつつ、yazuの場合は「演じる事で人とのコミュニケーションを円滑に進めることができるという効用を生み出している一方で、そうした自分に対しての後悔が副作用として出てしまっている」と仰りました。

この副作用に対していくら薬事的療法を施そうがカウンセリングを行ってもあまり意味がなく、根本の「演じる」にある程度の折り合いをつけなければならないとのご意見をいただきました。

ミソなのは演じている自分を否定する必要もなく、全部を辞める必要もないということ。演じることをやめられないなら、演じる機会を減らす(人とのコミュニケーション的な負担が少ない職場等に就くなど)だけでもじゃないかという事は確かにそうだなぁと納得しました。

ということころで、タイムアップ。カウンセリングは3回までしか喋ることができないため、先生としては「まずどうこの問題をアプローチするかの設計図を作るところまでを目的としましょう」とのことでした。

まあ、そんなに早く治るならこの数十年だてに悩んでないよなぁ。来月もカウンセリングに行ってきます。

…その前に心療内科へも行かなければならぬ。

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