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(3) 偏見・差別 Vs興味本位(2023.10改)

里中が外務省に入って30年。それまで省庁の壁を超えて「何かを変えよう」と決意して立ち上がった事は一度もなかった。今回もそうだった。ただ世界を取り巻く環境だけが今までとは全く異なっていた。
「ベトナムとタイの農作業を援助する」
対外的な表現としては以上であり、内容もその程度のものに過ぎなかった。ただコロナ禍での援助なので案件数が殆ど無かったのと、援助総額が安価だったのでスルスルっと審査が終わり、短期間で承認された。
農業支援というカテゴリーは日本政府による援助案件としては額も低く、鉄道建設や都市インフラ再建などと比べれば目玉に欠け、パッとしないのだが、この案件は異様なまでに援助額が低かった。プロジェクト自体が「少額レンタル事業」だったからだ。

田植えと稲刈りをこなし、トラクターの様に土地を耕し、雑草取りをしながら田畑の24時間体制での監視も1台で賄ってしまう複合機能を持つ機械が主役だ。
これだけのマルチ機能を持つ製品なので販売価格が高いのは間違いない。
開発製造した企業は農機具として販売するのではなく、「田植え時期の作業に数日間レンタル提供する」という様にその時期の作業だけを請け負う。
費用的には1軒の農家あたりで単発のアルバイト代程度の額面となる。当初のベトナム南部でのテスト時は千件にも満たなかったので、数千万円程度の援助でしかなかった。
今回分は80億円を超えたが、無償援助扱いにしても許容されるような額面だ。当然ながら政府の援助の中でダントツに低い。
そんな安価な支援であっても、各国から称賛され、サービスを享受したい国が順番待ちで並んでいる、そんな案件へと成長している。

日本とベトナムの関係を取り上げると、これまで様々な援助協力を実現して来たが、今までの数多くの援助や共同プロジェクトを差し置いて、ベトナム政府が絶賛、称賛したのが今回の「農業支援プロジェクト」だった。
東南アジア各国が如何に米作りを重視しているかを、計らずも理解できた案件となった。経済大国の扱いを受けている日本の援助は、どうしてもインフラ優先となり、農業支援はどちらかというと海外青年協力隊やNGOの担当分野のような、地に足をつけた活動にカテゴリー分けされて来た。

その農業分野に「AIによる自動化技術」を掲げて、打ち出して来た企業が現れた。
世界でもトップクラスのテクノロジーを安価なサービスで提供するコンセプトは歓迎され、急速に広まりつつある。
農耕従事者の減少問題は今や世界共通の課題であり、問題視されていた中での製品登場となったので受け入れられ、開発したプルシアンブルー社は救世主のような存在になりつつある。会社の創業者の一人であり、経営者だったモリに各国首脳から謝意が集まる。

ベトナム政府は国賓待遇に近い内容でモリと官僚達を出迎えた。国の代表者ではない人物に対しての歓待は極めて異例だ。
支援を受けたムラの代表者達もハノイにやって来て、泣いて謝意を伝え、ムラで取れた野菜や果物を、モリと農作業を手伝った養女たちに受け取ってほしいと手渡した。
ベトナムでは農業支援の他に、首都ハノイ市と第二の南部の都市ホーチミン市での遠隔医療サービスも導入されている。村長達に続いて、医療従事者の責任者が患者や医師達からの御礼としてベトナムの贈答品を一行に手渡した。
モノだらけとなったが、流石に生鮮食品を持ち帰る訳にも行かないので、ハノイの孤児院や修行僧の居る寺に寄贈して欲しいとベトナム側にお願いした。

このプロジェクトを纏めた外務官僚の里中の名もベトナム内でも広まり、モリに準じた扱いを一官僚が受けた。ベトナム政府からも謝意として、ベトナム特産のルビーのネックレス、ブレスレット、指輪が送られた。金額換算で里中の年収の5倍の品々と分かると「公務員なので受け取れません!困ります!」と辞退し続ける一幕もあったが、外務次官が「何とかします」とその場を収めた。

日本側のプロジェクト関係者を大統領と主席が拍手で称賛した後で、村の代表者たち、医療従事者たち一人一人と握手を交わしてゆく。映像だけで全てが伝わるニュースとなる。
「国賓待遇」「異例の最大級のもてなし」と称された内容は映像を見れば十分に理解できるものだった。
政府専用機で同行した記者達は、当初のスタンスとは打って変わって好意的な記事を書き、ニュース映像の中でレポートし、前向きなコメントを繰り返した。
日本政府の援助とは別枠で、プルシアンブルー社が耕作放棄地や休耕田を買い取って田畑を起こし、ソーラーパネルを農地の上部に設置して発電事業を行い、周辺農家に電力を供給している美談を伝える。
この田んぼで10月末に収穫するインディカ米は、アフリカで活動するNGOに提供され、ジャポニカ米は富山県と東京大田区の児童施設に提供されると伝えられる。
ジャポニカ米はPB Martの弁当やおにぎりにも使われるのだが、メディアはそこまで伝えなかったようだ。

「これまで我が国に訪問した日本の首相や大臣でも、ここまで歓待した事はない」
ベトナム首相が口を滑らせてしまった映像が、日本中に拡散してしまう。

この日、日本の首相代行は与党総裁選を10月に行うと公表した。
「東南アジアと台湾で導入している遠隔医療サービスは次期政権が考える」と記者たちの質問を突っぱねると直ぐに非難が集中し、「厚労省で大至急検討する」と副官房長官が会見で述べた。

ーーー

ラオスの首都ビエンチャンに到着する。バスの隣には玲子が座る。
養女の間では年長者が尊重される傾向がある。とは言っても四六時中行動を共にしていないので、最近は個別にモリを共有するようになってきた。競争なのか、互いの駆け引きなのか分からないが個々のアピール合戦が始まったようにも見える。
モリにとっては些細な変化なので影響はないのだが、逆に個々の開発に専念出来るようになり歓迎している。4人を平等に扱い、均一に成長させるのは二十歳前後の娘では無理だ。
杏と樹里の姉妹も母親が同じというだけで、別人として扱っていた。姉妹に共に通用するのは性技くらいだろう。

数カ月前からサチがイレギュラー的に職を得た事で、社会人としての経験を重ね始めた。
モリが事業を初めて、教師を辞めたのもあるのだろうが、養女たちは就職や給与を念頭に置くようになり変化を始めたのかもしれない。

玲子がタブレットを見せてきた。
官房長官と与党幹事長に対する事情聴取が始まったとある。既に役職を辞任し、離党していたようだが知らなかった。全く興味を持っていないのだろう。
愚物を一掃した警視庁に、悪を庇う者が居なくなるだけで、幾らかまともな国に変わったような気がする。誤った過去は与党が背負うのが当然で、我々は真っ直ぐ未来を見据えて取り組み、動けば良い。
善悪をキチンと判断できるシステムが稼働する社会で、正道を突き進めば未来は拓ける、そんな世界であり、国家を目指す。悪が栄えて、善が虐げられる社会を子供たちに残してはならない。

という訳で、この時点よりラオスとカンボジア訪問団の団長は、外務事務次官殿に変更する。
中国共産党の支援を最も仰いでいる両国は、一党独裁体制を堅持しており、体制に背くものは容赦なく処分し、牢へ収容するような非人道的国家である。
ルアンパバーンとアンコールワットに代表される世界遺産を持つ両国は観光開発に力を入れ、観光客の受け入れには寛容な姿勢を見せてはいる。実態は輸出産業が無いので、観光収入を外貨獲得手段に掲げるしかない。ラオスに至っては21世紀に2箇所が世界遺産に指定されてから観光に舵を切った。

両国に対する日本政府の外交姿勢に、一人の議員として反対の意向を表明し、東京のラオス大使とカンボジア大使にも積極的な支援はしないと明言した上で訪問した。今回のサービスの提供は、あくまでもコロナ禍の人道的な特別対応の位置付けだと伝えている。
故に、プルシアンブルー社の拠点をラオスとカンボジアには置かず、ラオス向けのサービス拠点はタイのノーンカイとウボンチャラターニーに設置した拠点と、カンボジア西部向けはタイのウボンチャラターニーの拠点がダブルでサポートし、プノンペン周辺と東部はベトナムのホーチミンとカントーの2つの拠点がサポートしている。コロナ収束後はラオスとカンボジアへの農業支援から、全て手を引く予定だ。


バスを降りると3人の娘たちと2人の秘書さんがモリの周りに自然と集まってくる。
その都度気の利いた発言が出来ればいいのだろうが、ラオスは小さな村へ密入国した経験しかなく。公的には初めての訪問なのでお上りさん状態で、見るもの、聞こえるもの全てが新鮮だった。結局、何も言わずにホテルにぞろぞろと歩いてゆく。
チャワリットさんとパウンさんとロビーの待合せ場所を決めて、一旦部屋にチェックインする。昨日着用のスーツとシャツをクリーニング袋に入れる。アジアの政治家はタバコを嗜む方が多いのが困る。昨日履いていた靴まで匂いがついているので、ベランダへ出した。
ラオス、ベトナム北部、中国の雲南省はタバコの生産に適しているのか、一大生産地となっていて世界生産量の6割を占めていた。コーヒー生産に転じる傾向にあるが、喫煙率も高く文化の一部とも言えるので一概に否定出来ない。
煙自体は耐えられても、衣服に残る匂いだけはどうしても慣れない。ネパールやインドで覚えたもう一つの煙の香しさは、完全に別物扱いとしていたが。

ロビーでチャワリットさん、ポワンさんと落ち合い、喫茶でミーティングしていると、こちらを絶えず見ている2人組に気がついた。2人と顔の造形が似ていなくもないと思い、仕事は諦めることにした。

「すみません。後ろの方々はお知り合いではないですか?」

2人が振り返ると2人が同時に「マー!」と言って、4人が同時に立ち上がって駆け寄り抱擁しあっているので、分かりやすい。

バンコクからビエンチャンは、ハノイよりも断然近い。モリがゾッと背筋が凍ったのは間もなくだった。護衛の人物がいつの間にか大勢いたので、驚いた。ほんの数分前まで全く気配を感じなかった。あなた方は一体どこのお嬢様なのだ?と警戒する。

「娘たちがお世話になっております」と母親の一人が日本語で言って頭を下げる。
その後はクセのある英語だった。ポワンさんの母君だという。チャワリットさんの母君は英語が話せないと謝られるが、そこはどうでも良い。

チャワリットさんが「Ph̀x!」というのと同時に
背中に再度寒気を感じて振り返ると、パパ(?)登場。ひょっとして、王族?と頭の中に浮かび、小さな天使が十字を切った。

副社長の中山智恵を呪う。外人の個人情報を探るのは難しいとは言え、これはあんまりだった。
このメンバーでは丸腰のモリは勝てやしないし、逃げ出すのも無理だろう・・

ーーーー

チュラロンコーン大王の曾孫・・ラマ5世、インドシナ3国がフランスの植民地に、ビルマが英国の植民地になった頃、独立を守り通した王というのは元社会科教師なので存じ上げておりましたが、何と王位継承権6位でした、と後で知る。
現国王はラマ10世なのだが、5世の曾孫に継承権がある理由が、全く想像できない。
どういう基準なのだろうか?

公的にはプルシアンブルー社とは関係がないのに、同社の社員である娘さん達を従えて、「地方議員が」外交活動に関与しているという2つの矛盾に、親御さんも気づき疑問を抱いているかもしれないとダブルスタンダードの2乗状態の自分の未来を案じ始める。

「娘たちを宜しくお願いします」と王族に深々と頭を下げられ困惑していたら、話が続いた。

「明日の夕刻、カンボジア政府の晩餐会に貴殿が参加される必要はありません。シハモニ殿下から了解いただいております」とおっしゃる。

趣旨が全く理解できず、一人動揺する。
シハモニ殿下とはカンボジア国王様で、日本の皇室と同じで政治的な権限は無い。
その御仁の了解は取ったと言われても、テレビで見る限り、彼の父親であるシアヌーク殿下ほどの存在感も、権力も無い人物だ。
カリスマ性の欠片も見られない国王なので、何でもOKと認めちゃうのではないか?と甚だ失礼な考えが渦巻いていた。

チャワリットさんがタイ語で怒っているが、どうすべきか一瞬迷うものの、現時点ではカンボジアには拠点を置かないのだから、義理だてする必要はない、と腹を括った。
本音を言えば、フンセン首相が生理的に嫌いで、物凄くイヤで、あまり会話をしたくない。

「分かりました。明日の晩餐会は欠席します」

「モリさん!」
チャワリットさんが涙目だ。

「大丈夫です。それに晩餐会に出ても、僕らの料理はキャンセルされてますよ」と笑いながら言う。

「プノンペンの宿泊先に大使館の者が伺います。モリさんとお嬢様3名、計4名で宜しいですか?」と聞かれ、チャワリットさん、ポワンさんがメンバーに含まれているのを確認した上で、警備2名を追加していただいた。専用機のパーサーの吉田さんと真壁さんに声をかけてみる。タイ料理好きなので、ロイヤルメニューを味わえるかもしれない。
彼女たちに予定があったら、チャワリットさんにお願いしてキャンセルしてもらえばいい。

「それでは明日改めてお話し出来るのを楽しみにしております」
第六殿下(仮称)が頭を下げると、店内を覆っていたプレッシャーの様なモノがフッと消えた。
3人の護衛を残して、屈強なムエタイ系の戦士達は居なくなっていた。
あれが殺意とか、威圧というものなのだろうか?初めての感覚だった。 
いやぁ、世界は広い。

チャワリットさん曰く、父上殿の突然の変更やいきあたりばったり度合いは日常的な出来事らしい。それなのに、娘さんに米つきバッタのようにペコペコと謝られても困る。
それにだ。どう考えてもコッチの方が面白そうだ。
またまた問題発言だが、カンボジア料理、ベトナム料理とタイ料理の中間色みたいで、あまり好きではない。
どっちかに寄せときなさいよと、いつも思う。

ーーーー

農林水産省の数名の官僚達が、ベトナム国内のプルシアンブルー社所有の農地を調査し、情報を入手してきた。

プルシアンブルー社が南部のホーチミン市に拠点を構えた当初は、メコンデルタのカントー市の10ha程度の規模だったが、ハノイ市郊外、メコンデルタの2箇所で226haにまで膨れ上がっている。かなりの面積だ。
メコンデルタ周辺で176haの田が有り、全ての田に太陽光発電パネルを設置して大規模発電を行っている。周辺の農家への電力供給も行っているが、9割は国営のベトナム電力に提供している。
ベトナムは電力不足が懸念されており、150ha分の発電量を単純計算して20000MW/h(1時間あたり)の発電量がコンスタントに得られていると見込まれる。
ベトナムの一般家庭消費量換算で1万世帯分の電力量なので4万人分程度だが、今後は中部の田園地帯と中国国境部の非電力地帯の田んぼ250haを取得して発電パネルを設置し、南部の湾内でも海洋ソーラーパネルを並べて、郊外都市200万人分の電力を2025年までに供給する計画案を提示しているようだ。

残念ながらベトナム電力公社とプルシアンブルー社の間で、電力料金の収入がどのような扱いになっているかが分からない。現行のベトナムの電力料金で換算すると毎月3千万円程となる。どの程度まで発電量を増やすつもりなのか不明だが、南国での定期収入と考えるとメリットもあるかもしれない。

226haの田では「美ら錦」という沖縄ご当地米のジャポニカ種の栽培を始めており、収穫後のコメは全てグループ会社のスーパーに提供されるという。

「ラオスとカンボジアはランチと政治家、各省庁担当者との実務者会議だけ参加となりました。両国とも耕作放棄地を用意していたようですが、どうしましょうか?」

「モリは貰っておけば良いと言っている。
ベトナムやタイの様にソーラーパネルは設置しないが、田植えと稲刈りはついでに作業するとさ」

「それじゃ貰ったのと同じじゃないですか・・」

「彼なりのメンツなのだろう。疑わしいモノは避けておいた方が今は無難だよ。
彼が国会議員になってから両国首相とのツーショット写真が拡散すると、ラオスとカンボジアで一党独裁が終わった時に、恥ずかしい写真になりかねない」

「やはり国会議員にステップアップするのでしょうか?」

「そうでなくては我々が困る。
彼らの製品とソリューションは我々農水省の未来を大きく変える。
耕作放棄地をゼロに近づけて食料生産量を上げ、太陽光発電と魚の養殖事業で一次産業従事者の生活レベルを向上させ、後継者育成が当たり前になるようにせねばならん。
支援金のバラマキでお茶を濁すのは、もう止めねば未来は無い・・」

省を上げての全面的なバックアップを、農水事務次官は決断していた。

(つづく)


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