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(8) I'm a"Postman" .(2024.3改)

春のような暖かな大気に包まれる中、総務省に黒塗りの米国車が到着する。
大使の車輌なのに、大統領専用車でもあるビーストに乗っている。日本駐在大使の序列がそれなりに高いのだろうと、総務大臣の阪本純子は思った。
後席から出てきた小太りのマクガバー大使が歯を見せて笑いながら、阪本に両手をさし出して来る。仕方がないので両手で腫れ物を触る様に・・もとい、柔らかに握手する。
省内に大使を招き入れ、ロビーを横切ってエレべーターに乗り込む。

「モリさんは沖縄4区だそうですな。あなたはどの選挙区にされるんですか?」
一体何処で聞いて来たのか?、と阪本は訝しみながらも、笑顔は絶やさない。

「私は元首相の選挙区を要望しているのですが、外相と厚労相が狙っているのも山口なんです。3人でじゃんけんで決める事になりそうです」

「じゃんけんとは・・横浜という選択肢は如何でしょう?何なら、厚木基地の常時利用許可を出しますよ。那覇基地までは若干遠くなってしまいますが、岩国基地と同じ条件になります」
大使の目が笑っているのが見て取れた・・

「では、和歌山にしようかな?関空にも近いですし。 さぁ、こちらへどうぞ」
先にエレベーターを出て、大使を招き出すと応接室までの距離を右横に並んで歩き出す。

「阪本さんは福島のご出身でしたな?」
応接室に入りながら大使が言う。
「はい、海側のいわき市になります」

「地元で議員にならずとも宜しいのですか?」

「ええ。地元よりも与党議員どもの排除の方が、よっぽど楽しそうなので」
精一杯イキがって見せながら、大使一行の着席を促す。同じタイミングで車掌ロボが呈茶の為に室内に入ってくる。大使が手を叩いて喜ぶ。

「彼?、で宜しいですか? や、ご丁寧にどうもありがとう・・サザンクロス航空で使っているロボットと同じですか?」

大使が阪本に向かって質問するので、アイザックは無反応となる。「彼」に聞けばいいのにと阪本は思う。アイザックは「彼女」だと阪本は思っていた。

「はい、そうです。3月から富山県内のトラムと路線バスの試行運転でもこの子達がデビューする予定です。大使は緑茶で宜しかったですよね? 冷めないうちにどうぞ」

「ありがとうございます・・岐阜、岡山、栃木、それと東京三多摩でもスタートするんですよね?」

「はい。4月以降になると思いますが・・」阪本は警戒する。北朝鮮に持って行きたいというかもしれない・・美味しそうに宇治茶を飲んでいるが・・

「東南アジアは考えていないのですか?」
「今のところ、タイのバンコク市内だけですね。渋滞対策と車掌の確保が主で、ドライバーも万が一に備えて乗車するスタイルになります。アジアは労働力が余っていますから」

「労働力ですか・・では本題の方ですが、手前共の放送事業の認可は頂けそうですか?」

「はい。あぁ、最初に申し上げておけば良かったですね。サウスセントラル社の番組製造会社の一つとして請け負うと、プルシアンブルーからは了解が得られました。貴国政府にも宜しくお伝え下さい。この度は開局おめでとうございます」
阪本が答えると、大使が微笑んだ。

「大変喜ばしいお話です。早速契約と行きたい所ですが、その前にちゃんとした会社として機能するように致します。トンネル会社のままではご迷惑を掛けるかもしれませんので」

中国・上海のテレビ局に番組配給し、日本人デュオに楽曲提供をしているがそちらは少数なので万が一の際でも何とかなるが、中南米諸国向けの番組配給会社ともなると広範囲となる。サウスセントラル社がマトモな企業になって貰う条件付きの契約が前提となる。各国向けの番組制作の全ての責任がプルシアンブルー社に及ぶのを避ける必要がある。
そもそもプルシアンブルー社はアメリカ大陸には進出しておらず、北中南米諸国のテレビ局からの諸々の対応に応えられる組織になっていない。
同社にとってはアジア内で足場を固めるのが最優先となっており、とてもではないが販路拡大はマンパワー的にも不可能だ。世間はすっかり忘れているようだが、プルシアンブルー社は、設立して1年も経っていない会社なのだ。
現時点ではこれ以上米国の都合に振り回されるのはゴメンだった。
阪本は腹の中を見せぬよう、穏やかな表情をしながら柔らかに微笑んでいた。

海千山千の大使も、阪本のポーカーフェイスを認めざるを得ない。今の外相もそうだが、やっかいなネゴシエーターを日本政府は抱えている。社会党は実に厄介な政党だ・・
「選挙が終わったゴールデンウィークにでも、社会党、共栄党の議員の皆さんで北米に外遊しませんか?カナダも我が国も、なんでしたら中南米の各政府への訪問もアレンジしますが」
本音が透けて見えるような「飴」が、大使からブチ撒かれた。

「あの、私たち3人は無所属での立候補ですよ、まぁ選挙対策だというのもバレバレなんですけど・・。
今度の連休ですが、各自が各選挙区で滞在することになると思います。それぞれが生活基盤を整える期間となるでしょう。恐らく外遊している余裕は無いと考えてますおります」
当選を前提として話している自分もどうかと思いながらも、阪本は当然の話をする。殆どが自分の地元から立候補する訳ではない。最低でも年内は足場固めに徹する必要がある。

「そうでしたな。連立政権になれば、与党を延命させてしまいますからな。延命ではなく、打倒があなた方の本意でしたな」

物騒な物言いをするオッサンだなぁ、と阪本は思う。
お前の言動が省の会見記録に残るじゃねえか・・いや、自分が先に揶揄ったんだった・・後で削除しておこう、と阪本は思いながらも敢えて返答もせず、微笑み続けていた。

ーーー

米国サウスセントラル社の社用機の体で、ソウル郊外の在韓米軍基地に プルシアンブルー社のターボプロップ機S2000が停泊している。
機体の上部にはレーダー用のアンテナが付いているので、外観上はレーダーを搭載するAW&C(早期警戒管制機:Airborne Early Warning & Control)に見えるだろう。実際はレーダー機能ではなく、異なる設備を搭載している。

S2000機長席、副機長席には運転ロボのアイリーン2体が座っている。
機長役は純粋なパイロットとなり、副機長は護衛機のコントローラー役を務める。

基地の管制官からの指示に従って機体は滑走路に進入する。全長2m足らずの護衛UAV機B117、3機がS2000の移動に伴って、離陸待ちポイントに移動する。

S2000がプロペラの回転数を上げながら、管制官からのゴーサインを待つ。サインが出るとゆっくりと発進し、短い滑走でフワリと飛翔する。後続のB117が順番に滑走路に入ってくるが、こちらは滑走路をフルに使って飛び立つ。燃料を極力セーブするのが目的だ。
ターボプロップ機なのに高度7千メートルまで一気に上昇すると、巡航速度を700キロに保つ。
朝鮮半島から黄海上空に入った辺りで、後続からやってきたB117 3機が左右と前方を先導する陣形を取ると、その状態を維持しながら飛び続ける。S2000は元が旅客機なので、民間航空機の番号をつけて飛翔していた。Y-8やY-9のような扱い補助機や輸送機にも偽装できる。

韓国の領空内を飛び、次は台湾領空内に入る。 機内に設置されたラック中のプルシアンブルー製のスパコンサーバー群では各種AIが稼働している。中国大陸、取り分け上海周辺に居る「協力者」からの発信情報を収集するのが目的だった。協力者とは、例えば劉 璋と共に大陸に渡った、日本人芸能人3名からの情報であったり、中国内で活動しているCIA局員が該当し、彼等からの暗号情報をS2000が受理する。
同時に各協力者に司令や指示、連絡事項などを送信する。
月水金の15時前後に台湾領内ギリギリのラインを飛行しながら、各協力者からの情報を収集、配信する郵便の様な役割を果たす。

もし緊急度の高い情報があれば、S2000内のAIが即座に那覇基地のCIA支局に連絡するのだが、2月にスタートした、このシステム「Post man」は、緊急度の高い情報は扱っていないので、毎度 素直に在韓米軍基地に帰投している。

S2000の前方と左右をガードしているUAVにはジャミング装置が搭載されており、有事の際に領空侵犯をする場合には電波妨害をしながら、S2000ごと侵入させる。中国のレーダーに捕らえられない様にするのが目的だ。
今は同盟国の領空内を飛んでいるのでジャミング機能はオフにしている。それ故に中国のレーダーには捕捉されているので、暫くすればスクランブル発進した中国機がやって来るだろう。そもそも識別信号が旅客機の機体が、飛ぶ様なコースでは無いのだ。

中国側も月水金の定期便だと分かっているのだろう。写真撮影にやって来るはずだ。
3週目となると変化も必要だとUAVコントローラー役のアイリーンが考えて、3機のUAVの曲芸飛行を披露する。
ミャンマー空軍基地への爆撃の際は事前に設定していた通りの飛翔と攻撃しかしていないが、今はS2000内のAIと共に飛んでいるので「あり得ない旋回性能とスピンしながらの機体急降下」をご覧いただき、中国側に動画を撮影させる。
中国空軍のやる気を喪失させるのが目的だった。

このAIが搭載されたS2000とS340が、ビルマ空軍にも納入されている。
ビルマでは、土日祝日関係なく午前と午後の毎日2回、タイ国境、ラオス国境、中国国境をB-117ではなく、S-37 3機と共に編隊を組んでグルっと飛行し、それぞれの国境警備隊からの情報を収集している。

民主政権となった暫定「ビルマ共和国」の仮想敵国は軍事政権のタイとラオス、そして旧ミャンマー軍を支援していた中国となる。ビルマ解放戦線が核となった新生ビルマ軍としては、民主化を維持するのが絶対条件となる。
タイ・ラオスとは同じASEAN内での一定の政治的な繋がりは維持するものの、軍事面では先端のテクノロジーを導入して圧倒して見せるのをゴールと定めていた。

ビルマ側のAI機が回収してきたデータは、日本に居る総司令官にも午前と午後毎日届けられる。同時にネピドーの総司令部からの日報も、モリの元に届く。リモートで日々情報を得て、指示を出せる体制を整えていた。
与党NLDにしてみれば、自由は手にしたが軍事面はプルシアンブルー社と少数民族に牛耳られているので好き勝手に出来ずに居る。
少数民族の代表として、元カレン解放軍のダフィー・リム司令官が新たに副大統領に就任したが、軍の議員の選挙区で4月の補選に立候補を表明している。

副大統領はモリ総司令官からの指示に基づいて、全議員の資産をデジタル化して、AIが定期的に資産チェックする「明朗会計システム」の導入を議会で審議中だった。
救国の英雄からの指示なので、大統領だろうが、最高顧問だろうが、誰も文句は言えない。
会計システムの導入は確定的だ。賄賂や企業献金を得ていた議員達は、顔面蒼白となる。過去の不正が明らかとなれば、議員失職の憂き目に合う・・かもしれない。

ーーーー

羽田を飛び立った、後に専用機となるチャーター機は、急遽中止となったスキーの代わりとばかりに、富山空港で富山の金森知事一行と岐阜の村井知事一行を乗せて、台湾から110キロしか離れておらず天候次第では台湾が見える、沖縄・八重山諸島の最西部の島・与那国島へとやってきた。
人口2千人にも満たない島で、南国らしい花束を頂いて、暖かな出迎えを受ける。

今や「時の人」となっているモリが身内総出の様な状態でやって来たのだから、島民が期待するのも無理はない。
また、町長が晒したのか、本島の那覇のメディアだけでなく本土からも集まっているので、開口一番言ってしまった方がいい。
左右に富山県知事と岐阜県知事を据えて、カメラが立ち並ぶ前で宣言する。

「沖縄4区の補選に立候補します。事務所は本島の豊見城市に構える予定ですが、居住先はこの与那国とします。

乗ってきた機体を使って、与那国島と本島間を国会期間外の平日は毎日移動します。その際のタイムスケジュールを公開しますので、島民の方限定ですが、希望される方は事前申告で無料で搭乗できるようにします。本島での買い物、通院などでご利用下さい。
とはいえ、50人しかあの機体には乗れません。私だけでなく子供たちも、秘書達も通学、通勤で使いますので、譲り合ってご利用頂けますようお願いいたします。
本島からの帰りの便では、食料品を運搬しようと思っています。商店の方とは別途ご相談させて下さい。
また、不定期ですが台湾や、ベトナムを始めとする東南アジアともこの機体で行き来する予定です。
また、国会期間中は都内の議員宿舎に滞在する予定ですので、毎日の飛行ではないとお考え下さい。何れは与那国島専用機を検討したいと考えております、そちらは余り期待せずにお待ち下さい」
と言って歓声を受けながら、バスに乗り込んで宿泊先のホテルへ移動する。

コロナで休業中で、経営再開のメドが経っていないというホテル、もしくは旅館の購入をモリは想定していた。
人口の少ない小さな島なので、観光事業的には仕方がないのかもしれない。

(つづく)


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