愛してるなんて、言わないで。【エッセイ】
愛してる。なんとなく観ていた音楽番組は、そんな曲ばかり流していた。その後に始まった番組は、若者に人気らしいインフルエンサーを映している。「長続きの秘訣は、やっぱり言葉で愛情表現することですね。私たちですか? 私たちは——」
隣にいる彼女が、真剣な眼差しでテレビを見つめている。そういえば、以前このインフルエンサーの動画を見せてくれたことがあった。たぶんファンなのだろう。
僕は飲み物を取りに、冷蔵庫の方に向かった。テレビの内容を思い出してみる。考えてみると、彼女から「愛してる」なんて言われたことがなかった。彼女はそういうタイプじゃないから、当然といえば当然だ。
テレビの前に戻ると、彼女は緊張した顔でこちらを見てきた。
「……してるよ」
声が小さくて聞き取れなかったが、なんと言ったのかはすぐに分かった。「愛してるよ」彼女はこう言ったのだろう。あのインフルエンサーが言ったことをすぐに実践してくれた。その健気さが、僕は好きだった。でも。
愛してる。僕はそんな言葉がほしいわけじゃなかった。別に言ってほしくないってわけじゃない。ただ、そんなこと言わなくても、僕は分かってる。僕のことを愛してるってこと。言葉は分かりやすくて簡単。だけど、完全じゃない。わざわざ簡単な方法で伝えなくって、いいじゃないか。
僕はそのことを彼女に言わなかった。言葉で伝えなくていいと、言葉で伝えるなんて、なんか違うと思ったから。
だから僕は、言葉じゃない方法で彼女に伝える。たとえば、音楽。そんな曲があっただろうか。僕はプレイリストの中で、ぴったりの曲を見つけた。歌詞で伝えるのだから言葉になってしまうことは、忘れよう。
恥ずかしさからか、逃げてしまった彼女を追いかけてキッチンに行く。イヤホンの片方を差し出して、再生ボタンを押した。Extremeの『More Than Words』を教えてくれたのは、彼女だった。
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