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夜を渡る風|掌編小説

 目が覚めて、窓から外を見ると、もう日が沈んだ後だった。

 ――しまった。

 夜の風が来る前に買い物に行こうと思ってたのに、さすがに今からだと間に合わない。冷蔵庫を開けて中を確認していると、ドンドンと玄関のドアを叩く音がした。

「毎度どうも!」

 前掛けをして、大きな水色の箱を背負ったカエルが玄関の前に立っていた。

「助かるわ。すっかり寝過ごしちゃって……」
「ええ、そんなことだろうと思ってましたよ」

 私が「はは」と苦笑いすると、カエルは背負っていた大きな箱をドサッと下ろした。

「水と食べ物、これで2、3日は大丈夫ですから」
「あ、お茶ももらおうかしら」

 カエルは「へいへい」と言って後ろを向き、「おーい!」と叫ぶと、大きなお茶の木が、ゆっさゆっさと枝と葉を揺らしながらやって来て、無理やり玄関から入ろうとした。

「あーここでいいから」と言うと、お茶の木は「んん……」と声のような音を発して止まった。お茶の葉を手でぷつんぷつんと摘み取っていると、新茶の香りがした。

「いい香りね」
「天気のいい日が続きましたからねぇ。この子達も、よく育ってくれましたよ」

 カエルが得意げに言う。前に来た時は、枝も葉もやせ細っていて心配だったが、今は見違えるほどぷくぷくしていて、健康そのものという感じだ。

「ちょっと多めにもらっていい?」
「ええ、どうぞどうぞ」

 お茶の木がいびつな形にならないように、さっきと反対側のところからお茶の葉を摘む。

「ありがとう。もういいわよ」と言うと、お茶の木は「ん」と返事をして、お茶の葉をぽとぽと落としながら、玄関から離れた。

「もうすぐ夜の風が来るわ。悪いわね。こんな時間に来てもらっちゃって」
「大丈夫ですよ。今夜は追い風みたいですから」

 カエルはそう言って笑うと、お茶の木にしがみ付いた。

「気を付けて!」
「またのご利用を!」

 手を振ると、お茶の木は風に乗って舞い上がり、あっちにふわふわ、こっちらふわふわしながら夜空に消えて行った。

 ――大丈夫かな……。

 心配になりながら玄関のドアを閉めると、家中の窓がガタガタと音を立てた。風が夜を追いかけている。
 電気を消すと、箱に刻まれている模様がわずかな月明かりに反射して、きらきらと光った。カエルが彫ったんだろう。

 ――相変わらず、器用なカエルさんね。

 箱の中からビスケットを取り出し、ひと口かじった。お茶と相性がいい。

 外からゴーゴーと風を切る音が聞こえる。私は丸くなって眠った。おとなしくしていれば、すぐに風は収まるだろう。

 翌日、風が止んでいることを確認して玄関のドアを開けると、昨晩、お茶の葉が落ちていた辺りから小さな芽が出ていた。

 ――次の風が来る前に、森になってくれたら嬉しいな。

 私は地面から顔を出した小さな芽に、そっと水をかけた。

(了)


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