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情熱の薔薇を歌わせて。

「ちょ、ちょっ、濃い、濃いって」

グラスに注ぐ焼酎のボトルの勢いを、両手で制すのを、トロンした目で笑いながら
「濃いくないよ〜、こんなもんでしょ〜」
とミサは、まったりと言う。

いつもの居酒屋で、生中二杯を飲んだあと、ボトルキープしている焼酎にきりかえた。
ミサが、慣れた手つきで焼酎の水割りを作ってくれる。いいんだけれど、酔ってくると、わざと濃いめに作るから、気をつけていないといけない。

「みんな明日休みなんでしょ?いいじゃん」
と、ミサのとなりでマァ(マヒロ)が言う。

「んでさ柊は、どーなのよ、ケンくんとは」
とマァがタバコに火を付けながら。

「え?柊は、ケンくんとラブラブなんでしょ?ケンくん言ってたよ、幸せそうに」
と言いながら、ミサが、今度はマァのグラスに焼酎を注いでいる。濃いめで。

「ラブラブて。
    まぁ、うまくいってる。と思うけど。」
と、濁しながら「1本ちょうだい」とマァのタバコから1本咥えると、マァがカチッと火をつけてくれる。『HOTELジャングル』のアニマル柄のライターで。「ありやと。」

「かっこいいし、優しいし、柊のことめちゃ      好きっぽいし。いいやん、ケンくん」
と言うミサも、タバコを咥えたので、すかさずカチッと火を差し出す。「サンキュ。」

ケンくんは、二つ年上の社会人で、三ヶ月前から付き合っている。背が高く「イケメン」と称される整った顔、優しくて誠実っぽくて、ミサやマァからの好感度も高い。
「ロン毛なのはちょっとねー」
と、マァ。
そう、それ、私も気になってる。私より髪長いしね。けれども、ミサは
「え、サラサラやからいいやん。顔がいいか     ら許されるんやって」
とレモンをかけた唐揚げをかじる。

「ってかさ。マジでこれ濃いわ、ミサ」
と、ほんのり話題を逸らしてみるものの、
マァはじーっと私を見ている。

「柊さぁ」

と、同時にミサの携帯が爆音で鳴りはじめ、ハワイアンな花のストラップ付の携帯が、ブーンブーンとテーブルを進む。
「わ。サトシ。ちょごめ。もしもーしっ」
と言いながら、ミサは自動ドアを出ていく。

ミサの彼氏のサトシは束縛がきつい。いつものメンバーでいつもの場所で飲んでるっていうのにも、「イマドコ?」とよく電話をかけてくる。「めんどいんだよね」といいながら、まんざらでもなさそうなミサは、束縛される=愛情の証 と思っているタイプだ。

「で、さぁ、柊」

マァと二人になると、もう逃れられなさそうで、濃いめの焼酎をちびっと飲みながら
「なに?」
と小さく答える。言いたいことはなんとなく、わかる、から。

「柊はさぁ、もういいの?」
やっぱりきた、そういう話だ。マァだもの。
「もうって?」
「だからぁ、先生のこととか、先輩?のこと     とかさぁ。」

同性の先生を好きだったことも、同性の先輩と付き合っていたことも、マァは全部知っている。しんどい時は、マァに泣きついて、グズグズ聞いてもらったこともあるのだから。

「んー。もういい、ってこともないんだけ         ど…ケンくん、いい人だし…面白いし…」

「ふーん」
と、マァは焼酎をぐーっと煽る、やいなや
「うっわ、濃いっ!」と変顔になって、
「顔、顔っ!」と爆笑していると、ミサがもどってくる。

「はー、めんどっ」
とボリューム満点ストラップ付の携帯をテーブルにガチャッと置く。

「はいはい、おつかれ、おつかれ」
と三人で乾杯して、一口飲み終えて、

「濃っ!」

と言うまでがバッチリ揃って、笑った。
「こわっ」「ハモリすぎやん」
「っつかマジで濃いわ、ミサ」

結局、ナリくん(居酒屋店主)に氷と、レモンの輪切りを持ってきてもらって、薄める。

「ぶっちゃけさぁ、柊はさぁ」

え、また私だ。マァ、酔ってる。

「柊はさぁ、ケンくんが好きなわけぇ?」
「え?え?好きでしょ」とミサ。
「えとー。好きだけど」と私。

「あー、そーゆーことか。
    柊、女の子が好きなんだもんね」
と、ミサが大きい声で言うものだから、キョロキョロしてしまう、し、枝豆がとんだ。

「え、けどケンくん、柊のことめっちゃ好きだと思うよ?もう春が来た、みたいな感じ」
ミサの彼氏のサトシと、ケンくんは友達で、ミサはサトシからもケンくんの様子を聞いているらしい。

「わかってるよ、優しいし。大丈夫。」

「ふーん。まぁ、柊がいいならいいけど」
とマァがまた不服そうな顔をした、
かとおもったら、

「まぁ、どーしても、女の子がいいってなっ      たら私がチューくらいしてあげるよ」
と、にやついたマァがせまってくる。
「いやいや、いらんわ」
と笑って逃げても、意外にしつこい。そうだった、酔ったマァはキス魔になるんだった。

「おーい、もう他にお客さんないから、閉めて隣いくかー?」 
と、ナイスなタイミングでナリくん。

「わーい!いくー!」
「え、いくー!」
「ナリくんのおごりー?」

濃いめの焼酎とかのせいで、すっかり上機嫌で、しっかり酔っ払いの私たちは、ナリくんのおごりで、隣のスナック「花園」のカラオケで散々歌って帰るのだ。

だってしょうがないじゃん。


先輩は別れて東京へ行っちゃったんだし、先生は結婚しちゃったんだしさ。

しょうがないじゃんね。

女の子が好きだけど、
そんなの、どうしようもないじゃんね。

「ママー、『情熱の薔薇』いれてー。」


こころのずーっと、

おくのほう。

マァの
ホッペにチューが
しつこい。


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