バイプレーヤー。

 「…どうした?」
とある会社。社長が若手の社員に話しかける。社長が若手社員に気軽に話しかけられるほどの小さな会社だが、大手企業とも取引もある、外からは、「少数精鋭」と評価される会社だった。
「なんでもありません」
若手がそう答えるが、明らかに不機嫌だった。「どうしたんだよ?」と社長が笑う。若手社員が、話し出した。
「今度、プロジェクトチームに配属されたんですけど」
「あぁ、A社との合同のだろ?前からお前がやりたがってた仕事じゃんか。頑張れよ」
「そうなんですけど…」
「なんだよ?」
「一緒に組まされたのが、先輩なんすよ」
若手社員がオフィスにいる一人の男を指差す。その先に、見るからに優しそうな、穏やかな顔の男がいた。その男は自分の仕事を片付けながら、隣の女子社員の話に「そうなんだ」「よかったねぇ」と笑顔で相槌を打っている。

 「なんだ、良かったじゃねぇか」
社長がそう言う。若手は「みんなそう言う…」とまた不満そうに漏らした。
「なんだ、不満か」
「不満っていうか、嫌いなんですよ、あの人」
「なんで?」
「常に人に譲って、自分を主張しないし…。なんか、男らしくないっていうか、熱意がないっていうか。見ててイライラするんすよね」
「あいつは優しいからなぁ」
「優しいんじゃなくて、弱いんじゃないすか?」
「ははは!」
社長が笑う。
「まぁ、せっかく組んだんだ。お前なりに一生懸命やってみな。俺の友達は、そう見下したもんじゃねぇぞ」
「はい」と頭を下げる。
「…えっ、友達!?」
友達ということは、社長と先輩の歳はそう変わらないということだ。それなのに、役職は自分と変わらない。やっぱり、尊敬できない。

 「じゃあやっぱり、B社の製品をA社に使ってもらうのがいいね」
先輩との打合せ。仕事の段取りを話し合っていた。「そうですね」と頷く。
「じゃあ、A社には…」
「俺、行かせてください」
すぐさま、そう答えた。B社は自社の下請けで、A社は大手企業だ。ここでA社との話をまとめることができれば、自分の実力を示すことができる。
「大丈夫?」
「はい、任せてください」
「わかった。じゃあ、俺はB社と話してくるよ」
やっぱりだ。先輩なのだから、自分がA社に行き、手柄を立ててやるぐらいの熱意を持ったらどうなんだ。そんな風に思う。
「頼んだよ」
そう言われ、「はい」と頷いた。

 「…よし」
思わず、手を握る。A社との約束をとりつけた。この会社に入って初めての大きな結果を出せたことに喜ぶ。意気揚々と、自社に帰った。

 「ただいま戻りました」
先輩は、先に帰って来ていた。
「おかえり。A社と話うまくいった?」
「はい。約束してくれました」
「そっかぁ、すごいね」
「いえ」
「じゃあ、納品日はいつ?」
「十日です」
そう即答すると、「…大丈夫?」と確認された。
「え?」
「確認しなくて」
二重に確認されたことに、少し腹が立った。
「はい、確かに十日です。大丈夫です」
先輩は、「わかった」と笑った。
「じゃあ、B社には十日に荷物届けてもらうように言っておくから」
「よろしくお願いします」

 九日。明日から始まるA社との仕事の準備を進めていた。大手企業との仕事に、ワクワクしていた。
「おい」
その時、社長から呼ばれた。怒っているようにも聞こえるその声に、少し驚きながら返事を返す。
「お前、納品日間違えてない?」
「え?」
「A社からクレームが来てるんだよ。物が届かないって」
「そんなはずは」
「お前、A社といつって約束した?」
「十日です」
「向こうは九日って言ってるけど?」
「え?」
「確認してみろ!」
すぐにパソコンを開き、メールを確認する。文面を見て、血の気が引き、顔が青ざめる。若手は納品日を十日だと思っていたが、納品日が九日で、仕事の開始日が十日だった。
「お前のせいで向こうの仕事が止まってんだよ、どうすんだ!」
「すぐに謝りに行ってきます!」
「お前が謝ってもどうにもならねーんだよ!」
頭がパニックになる。どうしたらいいか、全く分からなかった。

 「どうかした?」
そこに、先輩が出社してきた。パソコンを覗き込む。
「…なるほど」
そう、つぶやく。
「十日に届くのは、確実?」
「え?」
「荷物。明日には確実に届くの?」
「あ、はい、それは…」
と、言いかけた所で、メールを確認した。
「はい、確かに明日届きます」
「わかった」
そう言い、脱ぎかけた上着をもう一度着た。
「…俺、ちょっと行ってくるよ」
そう言う。社長が、「なんとかなりそうか?」と聞く。
「う~ん、わかんない。けど、やるだけやってみるよ」
「悪いな、頼むぞ」
社長がそう言う。若手は、この人が行ってどうなる問題だとは思えなかった。
「お前も頭下げろよ」
そう、頭をはたかれ、慌てて頭を下げる。
「…よろしく、お願いします」
「うん」と笑顔を見せて、先輩は会社を出た。
「あんなやつに何が出来るんだよ」
そう思った。

 昼になって、先輩が戻ってきた。社長と二人で駆け寄る。
「おう、どうだった?」
社長の一言に、先輩が頷く。
「うん、なんとか許してくれたよ」
「そっかぁ~、よかった」
社長が胸をなでおろす。若手は、安心すると同時に驚いていた。一体、どんな手を使ったのだ。
「お前もお礼言えよ」
また社長から頭をはたかれ、慌てて「あの、本当にありがとうございました!」と深く頭を下げる。
「まぁ、ちゃんと確認しなかった俺も悪いし、君だけのせいじゃないよ」
そう言って笑った。
「ただ、明日、俺と君でA社に手伝いに行くからね」
「…え?」
「そりゃ、そうだよ。こっちのミスで段取り遅れてるんだから」
「…俺、まだ続けていいんですか?」
「そのために謝ったんだから」
先輩が優しい目で見る。若手は、涙が出そうになった。
「…もっと怒られると思ってました」
「…人を叱るのとか、苦手なんだよ」
そう、照れくさそうに笑った。
「だから、これからは気をつけてね。叱んなきゃいけなくなるんだから」
「…はい」
「明日は自分の仕事できないから、次の資料作成は今日の内にやっときな。また間に合わないなんて事になったらまずいよ」
「すぐとりかかります!」と自分の席に戻った。
「うん」
先輩は、そう笑顔で頷いて自分の席に向かった。するとすぐに、隣の女子社員が「ねぇ、聞いてくださいよ~」と話しかけていた。

 次の日、先輩と共にA社に出向いた。先輩はもう仕事にとりかかっている。若手は、A社のこのプロジェクトの担当の部長を見つけ、駆け寄った。
「あの、本当に申し訳ありませんでした!」
深く、頭を下げる。
「それに、まだ自分を残してくれて、お礼の言葉もございません」
再び、頭を下げる。部長は、ひとつ、息を吐いた。
「…まぁ、普通ならお前を下ろすよね」
その一言に、怯えながら顔を上げる。その顔に、部長は小さく笑った。
「お前ら、ずるいぞ」と笑う。
「え?」
「あいつに出てこられたら、断れないんだよ」
「…どういうことですか?」
「俺もね、君と一緒なんだよ」
その言葉に、首を捻った。
「あいつ、昔はうちの社員だったんだ」
「…そうんなんですか!?」
「うん。俺と同期でね。それで、俺も君みたいにチーム組まされてさ」
「はぁ」
「…君、正直、あいつの事どう思ってた?」
「え?」
「『情けない奴』って思ってなかった?」
ズバリ言われ、それが表情に出る。また部長が小さく笑う。
「俺もそう思ってたんだよ。全然自分を主張しないし、人に譲ってばっかで前に出ないし。『やる気ねーのか!』って」
「…はい」と頷く。部長は「ほら、やっぱり」と笑う。

 「でも、その仕事で、俺がミスしたんだ。大きなミスだった。一発でクビが飛ぶぐらいのね」
「それを?」
「そう、あいつが庇ってくれたの。ミスの責任を取って、ここを辞めてったの」
「そうだったんですか」
「うん。だから、俺はあいつに出てこられると弱い。あいつには頭が上がらないんだ」
「はぁ…」
「だから、あいつがそっちの会社に拾われたって聞いた時は、安心もしたし、何より嬉しかったなぁ」
そう、笑顔で語っていた。
「ほら、お前の先輩頑張ってんだから、お前も頑張ってこい」
「はい!」

 後日。自社の喫煙所。昼休みになり、一服しようと若手が中に入る。そこに社長がいた。「おつかれさまです」と頭を下げると、「おう」と煙と共に吐き出した。
「あの、この度は、本当に申し訳ありませんでした」
タバコに火をつける前に、改めて謝る。社長は「ははは」とまた煙と共に笑った。
「言ったろ?あいつはそう見下したもんじゃないって」
「はい」と深く頷く。
「聞きました、社長があの人をこの会社に拾ったって」
「ん?うん、まぁな」
「…だからですか?」
「うん?」
「だから、あの人は昇進せずに、俺と同じ立場で仕事してるんですか?」
「…どういうことだ?」
「失礼な言い方しますけど、先輩は社長に頭が上がらなくて、今の立場で働いてるのかと…」
「ははは!」と笑う。
「お前、すごい発想するな!」
「だって、A社にいたんですよね?それだけの実力があって、おかしいでしょう」
「だから、俺があいつを下の立場に置いて言うこと聞かせてるって?」
「そんな風には思ってないですけど」と笑った。
「逆だよ、逆」
「え?」
「頭が上がらないのは、俺の方」
「…どういう事ですか?」
「俺とあいつ、友達だって言ったよな?」
「それは、はい。以前…」
「でも、俺自身は友達ってよりも、恩人だと思ってる」
「恩人?」
「あいつがいなきゃ、俺は今頃生きてすらない」
「…どういうことですか?」
「お前、誰にも言うなよ?」
「…はい」
社長は、タバコを消した。

 「中学の頃、俺は、父親から暴力を受けてたんだ」
「…え?」
「母親は、そんなオヤジに耐えられなくなって家を出てってね。中学生だから、そういうのを誰かに相談するのも恥ずかしいし、なんか、プライドとかも邪魔してね、誰にも話せなかった。一人で耐えるしかなかったんだけど、あいつはなぜかそれに気づいた」
「先輩が?」
「うん。それであいつが、学校の先生とか施設に相談してくれて、俺は助けられたんだ」
「…あの人、すげぇ」そう声が漏れた。
「そのあと、俺は施設から里親に出されて。その里親さんがものすごくいい人たちでな。俺を大学まで行かせてくれた。その恩に報いるために、俺も頑張ってこの会社立ち上げたんだよ」
「この人も、すごい人だな」と思った。
「だから、A社をクビになって路頭に迷ってたあいつをこの会社に引き入れたの。それを、『恩返しだ』って何回も言ってんのに、あいつずっと気にしてんだよ」
「はぁ…」
「だから、俺としてもあいつにはもっと上に来てほしいとも思ってるんだけどな。でも、あいつは『そういうわけにはいかない』って。まぁ、あんだけ優秀な人間が現場にいてくれたら俺も安心だからよ」
「今回みたいな事もあるしな」と笑いながら背中を叩かれた。「すいません…」と頭を下げる。
「まぁ、だから、その気持ちに甘えさせてもらってるんだよ」
そう話す社長のその目は、信頼を物語っていた。

 社長との雑談を終え、オフィスに戻った。先輩は相変わらず、女子社員の話に「そうなんだ、良かったね」と頷きつつ、自分の仕事を片づけていた。
「ちょ、こらこら」
その女子社員を、注意する。
「そんな話、わざわざ忙しい先輩にすることないでしょ」
「え~」
「そんな話は、女子同士で話しなさいよ」
「女子同士だと、こういう話は変に自慢みたいにとられる場合もあるんですよ。そういうの、分かりませんか?だからモテないんですよ」
「こら」と先輩が女子社員を叱る。
「だったら、もっと暇な男性社員だっているでしょ」
「男の人は、せっかく喜んでるのに否定してきたり、聞いてもないうんちく語りだしたり、『忙しいから』って話聞いてくれないですもん。でも、先輩ならどんな話でも『良かったね』って聞いてくれますもん」
「お前なぁ」と溜息をつくが、先輩は「僕は大丈夫だから」とまた笑った。
「先輩も、忙しい時まで相手にすることないですよ」
「いやいや、話聞いて『良かったね』って言ってあげるだけのことだからさ。自分が忙しいぐらいの理由で、その幸せな気分に水差すことないし、それに、人の幸せな話を聞くのは、いい時間だよ」
「ほら、やっぱり優しい」と女子社員が笑う。
「だから君も、人の幸せな話を『そんな話』って言っちゃだめだよ。喜んでるんだから」
「ですよねー」と女子社員は先輩に頷きかけた。
「そんなだから、モテないんですよ」
二度目の「モテない」の言葉にトドメをさされ、すごすごと退散した。

 若手が退散したあとも、先輩は女子社員の話に笑顔で頷いている。その姿を見て、少し勿体ない気もしてきた。大手企業であるA社に入るだけの実力がありながら、悪い会社ではないが、こんな小さな会社で自分と同じ役職に留まり、女子社員のくだらない話を聞いている。他人のために使った力を自分のために使っていたら、あの人の人生はもっと輝かしいものになったのではないだろうか。

 ある日の夕方。オフィスのテレビにニュースが流れていた。
「お、早田選手だ」
スポーツのニュースで、早田という野球選手がメジャーに挑戦するという話題だった。
「なに、お前ファンなの?」
社長に聞かれる。
「はい。俺、早田選手に憧れて野球やってました」
「じゃあ打順は?」
「一番です」
早田は俊足が持ち味の選手だった。その足には、高校球児の頃から注目が集まっていた。
「じゃあサインもらっとけよ」
社長が先輩を指差す。「なんでですか!」と笑った。
「…お前、『雨の十三回』って知らない?」
「知らないわけないじゃないですか。夏の甲子園。延長十三回。早田選手の逆転スクイズですよ」
「スクイズをするには、何が必要だ?」
「送りバントです」
「言い方を変えると?」
「犠牲バント」
そこまで言って、「…え!?」と気づく。若手が先輩を見る。「ははは」と笑った。
「あんた、その頃から犠牲体質だったのか!」
「その言い方ひどいよ」と笑った。
「でも、あのスクイズは早田の俊足がなきゃ成立しなかったからねぇ。僕の手柄ってわけでもないんだよ」
 先輩の言う通り、その試合の結果はランナーである早田の俊足に注目が集まり、犠牲打者にはスポットライトは当たらなかった。
 ニュースでは、パワーヒッターが大勢いる海外で俊足の早田がどれだけ活躍できるかが期待されていると話していた。

 ニュースが切り替わる。サッカーのニュースだった。社長が、「お、まただ」と言う。若手が、「また?」と気にした。
「知ってる?大矢選手」
「サッカーは疎いですけど、名前は知ってます」
ニュースでは、海外で活躍する大矢選手がゴールを決めた瞬間を何度も流している。
「…え、まさか?」と先輩を見る。先輩はまた、「いや、ジュニアチームで一緒だっただけだよ」と照れくさそうに言った。
「…いやいや、待ってください。大矢選手ってジュニアの頃から海外でしょう。え、海外にいたんですか?」
「あぁ、ちがうちがう」と笑う。
「日本ジュニアの全国大会に、海外からスカウトが来てたんだよ」と社長が説明する。
「…それで?」
「で、そのときゴールを決めた大矢選手がスカウトされたの」
「…もしかしてですけど?」
「うん?」
「その時のアシストが?」
先輩が、手を挙げた。
「なんなんだよ…」と絶句する。
「サインもらっとけよ」
社長が言う。「いらねーっすよ!」と言ったが、ちょっと欲しい気もしていた。そして、やはり先輩の生き方に勿体なさも感じていた。

 その日の帰り。先輩と電車が一緒になった。普段会社では顔を合わすが、二人っきりになったのは、あの打ち合わせ以来だった。
「先輩」
「んー?」
「俺が言うのもなんなんですけど」
「なによ?」
「先輩、少し人に譲りすぎですよ」
「そんなことはないと思うけど」
「先輩の人生の主役は、先輩なんですよ?」
「そんなのわかってるよ」
「そうですかね?先輩、ちょっと脇役に回りすぎですよ」
「いや、僕の人生の主役は僕だよ。だけど、僕が主役の人生の中に、誰かの人生の脇役になる場面はあって当然だと思うんだ」
「…その時の、主役って誰なんですか?」
「う~ん…幸せな人、かなぁ」
「はい?」
「幸せな人、幸せになろうとしてる人、幸せになるべき人。その場の主役は常に、そういう人かな」
「…なるほど」
「それに、人の幸せな場面を大事にしてあげないと、いざ自分が主役になっていい時に、誰にも大事にしてもらえなくなっちゃう。それは、寂しいでしょ」
「それにしたって、先輩はその場面が多すぎるんじゃないですかね」
「いいでしょ?」
「え?」
「たくさんの幸せな人に囲まれた人生だよ。いいでしょ?」
そう言われ、何も言えなくなった。
「俺の周りには、幸せな人が多いんだぁ」
そう言って笑っていた。

 ある朝。若手が出社すると「おはよう」と先輩が声をかけてきた。「おはようございます」と返事を返す。
「あの、実はさ…」
「はい?」
先輩が、少し恥ずかしそうに一通の便箋を差し出した。受け取って、見る。「招待状」と書いてあった。
「…え、結婚式!?」
その反応に、「うん」と頷く。
「結婚するんですか!」
「うん」と、また恥ずかしそうにした。
「来てくれると、嬉しいんだけど」
「もちろん、行きますよ!」
そう答えた。助けてもらった先輩の結婚式だ。あの時の恩を返す意味でも、全力でお祝いしようと決めていた。

 「こりゃ、すごいな…」
結婚式当日。若手が社長と共に席に着く。しかし、そこから見える光景に落ち着かなかった。式には、たくさんの人が集まっていた。A社の社長を筆頭に、重役が何人も。もちろん、あの時の部長もいた。そして、そのA社とつながりのある大手企業の面々。社長の話によれば、先輩はその誰しもと繋がりがあるらしい。改めて、とんでもない人だと思った。
 そして、メジャーリーガーとなった早田選手も、海外のスター選手である大矢選手も出席していて、その周りに人だかりができていた。
「なんだこりゃ…」
思わず、そう声がこぼれる。先輩の人生の脇役は大物が多すぎる。
「キャスト豪華すぎだろ…」
思わず、そうつぶやいていた。

 突然、会場の照明が落ちた。社長が「お、始まるな」と言い、二人で姿勢を正した。暗闇の中、たくさんの足音が聞こえる。
 そして、照明がつき、会場が明るくなる。ステージに、海外でも活躍するロックバンドの「ダイアナソウルス」がいた。
「…え!?」
改めて、驚く。社長が「彼女…だから、奥さんがファンなんだってよ」と小声で言う。
「それにしたって、なんで呼べたんですか?」
「あいつ、昔一緒にバンドやってたもん」
「…はぁ!?」
「高校生の時な。バイト先で知り合ったらしいよ」
「まじすか…」
「うん。デビュー曲はあいつとの共作だってさ」
「はぇ!?」
もう驚き疲れていた。会場は、まさかの登場に盛り上がっている。
 そして、ダイアナソウルスの演奏に合わせて、新郎新婦が入場した。こんなに豪華で幸せな登場は他にないだろうと思っていた。

 式の途中。新婦がお色直しに入った。その間、先輩が各テーブルに挨拶に回る。
「来てくれて、ありがとね」
先輩がそう言う。
「先輩の言ってた事がわかりました」
「え?」
「こんなに幸せな結婚式、見たことないです」
そう言うと、先輩は「でしょう」と満足そうに笑った。
「思いっきり幸せになってくださいね、今日の主役」
しかし、その言葉には「あぁ、ちがうちがう」と否定した。
「え?」
「今日の主役は、あの子」
先輩の示す先。そこには、お色直しを終え、幸せそうに笑う新婦の姿があった。

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