大丈夫、私たちだって大人になれるから。
「ごめん、まだ家だ。
誕プレでも決めて待っといて。」
「おけ」
「遅れてごめん」
「いいよ、6分じゃん。」
私が住むマンションの前からアヤネの家まで徒歩3分の距離に住んでいるのに、待ち合わせをするとどちらかが遅れるか、同時に到着するかになる。
きっと「18:00に待ち合わせ」は私たちの中では「18:00に家のドアを出る」で、その結果3分後には会えるのだし、その3分で何ら変わりはしないから、気にならない。
前回は、アヤネのバイトが終わらなくてリスケ。
今回は、アヤネの用事が終わる10:30に最寄駅で待ち合わせをして私が6分遅れで到着した。
「大阪か、三宮。どっち行く?」
駅に着いてから行き先を考えはじめるようなテキトーさだけど、このゆるさがちょうどいい。目的はしゃべることなのだから。
「JR最近毎日遅れるよな」
「いやほんとそれな。大学行くたびに巻き込まれんの、ほんと勘弁。」
「京都線遅れたらセットで神戸線まで遅れるんほんまにどうかしてる」
「まじそれな」
アヤネと会う頻度は、かなりまちまちだ。
会う時は毎週でも会う。緊急事態宣言のときはお互いバイトも大学もなかったから、毎日のように一緒にランニングをした。示し合わせていないのに、学校やバイトの帰り道で「なっちゃん」と呼ばれて振り向けばそこにアヤネがいる時だってある。
だけど会わない時はほんとうに会わない。喧嘩したわけでもなく、ただ単に忙しくてお互い「遊ぼう」と誘うこともない。中高の頃は"家が近いし、親同士も仲良いから"と油断して、ケータイが変わって新しくなった連絡先を知らぬまま1年経っていた、なんてこともあった(結局、親同士がたまたま買い物で会った時にうちの母からアヤネ母に話が行って、連絡がついた)。
いわゆる幼馴染というやつだ。アヤネの母は私に対して自分の子のように接してくれるし、うちの母もアヤネのことを我が子のように思っている。
幼稚園や小学校のときはよく喧嘩をした。中学も高校も大学もこれからも、お互い置かれた環境はきっともう交わることはなくて、ほんとうはいつ縁が切れたっておかしくない。なのに成人式を一緒に迎え、同窓会で小学校の時の担任に「まだお前ら一緒にいるんか」と驚かれたくらいの不思議な縁で繋がっている。
そして会えばいつも、さも毎日一緒にいるかのような空気感で、どうでもいい話や近況報告なんかを昨日の話の続きかのごとく話せる。それがアヤネなのだ。
車両の真ん中の方の席に座って少し経った頃、
アー、アー、という声が聞こえてきて、ふと車両の端のほうをみると、優先座席には赤ちゃんを連れたお母さんが座っていた。その前には最近つたい歩きができるようになったであろうくらいの赤ちゃんがベビーカーの上でいろんなものに捕まりながらちょこちょこ歩いていた。
「かわいいわねぇ!いくつ?」
「〜歳です」
優先座席でお母さんの隣に座っていたおばあちゃんがお母さんに優しく話しかけている。
その赤ちゃんは人見知りをしない子らしい。キョロキョロと好奇心の赴くままあたりを見渡して、おばあちゃんを含め、自分の目に映る人全員にファンサ_____笑顔で「アー!」と叫んで____手を振っていた。
なんて尊く、平和な世界なんだろう。
「かわいいなぁ」
「かわいいわぁ」
しばらくの間、私たちはその赤ちゃんに注目していた。時にはお母さんとおばあちゃんの会話を聞いていて「これからどちらへ?」「〇〇です」と聞こえてきたときには「え?方面、逆じゃない?あのお母さん大丈夫かな?」と心配し、時には「パリよかった?」「うん、よかったよ。」と話をして、電車を降りるときには赤ちゃんに手を振りながら降りた。
「おいしい小籠包の店、知ってるんだけど行く?小籠包6つと、メインと、前菜3品で、ランチ1300円なの!」
「コスパ抜群じゃん。いいね、そこ行こ。」
小籠包の店を目指しながらしゃべるしゃべる。毎日会っていた小学校の頃から、ふたり揃えば口が止まらなくて、うるさくて、出席番号順が隣だった卒業式の予行練習中に喋っていて怒られた思い出まである。(話が脱線しまくるのも、お決まりの流れ。)
そんな私たちはふたりとも美味しいものを目の前にすると、黙る。基本的にシングルタスク人間なので、食べることに集中してしまうからだ。
お互いがボケてはお互いがツッコんで、しょーもないことでゲラゲラと笑いながら、私たちは真剣に話しているのに側から見たら妙におもしろいらしくて(好意的に)笑われたりしながら、互いの親から「オバサンみたい。嫌ねぇ」と呆れられながら育った。
けれど、そんな私たちも、年を経ていろんな話をするようになった。
「給食のときなっちゃん(私)がマサセン(小6の担任)にきゅうりドバドバ入れられて、半泣きになりながら食べてたことあったよね、いまだに覚えてるわ。ほんと、きゅうりだけは昔からダメよね」
「いや、あれはまじで無理よ」
「アヤネがなんか蛍光色の派手な下着つけてきて、肩紐出てるから『出てるで』って言ったら『これは見せるやつなの!見えていいやつなの!』ってキレてきたことあったやん、マジでおもろかったんだけど」
「やめて、まじ黒歴史!笑」
そんな思い出話から、
家族のこと、"家" のこと(今ですらマンションの入口から彼女の家の前まで徒歩3分なのに、彼女はうちのマンションの向かいのマンションに引っ越すらしく、次はマンションの部屋のドアから彼女のマンションの部屋のドアまで徒歩3分になるらしく、爆笑した)、彼氏のこと、将来のこと、卒論のこと、メイクのこと、服のこと、
私は水泳、彼女はテニスのコーチをしながら考えた生徒たちについて、互いの人生についてまで。本人たちが至って真面目に真面目な話をしていても、もう誰も、笑う人はいない。
「誕プレなにがほしい?」
「一個気になってるクレンジングがあるんよね。shu uemuraのやつ。」
「了解。」
「ね。化粧だってよ。あの私たちが。笑っちゃうよね。」
「それな。」
しばらく会っていなかった中で高校を卒業して最初に会った日、互いに彼氏がいる(会っていない期間にできていた)と知った時も同じように「私らに彼氏、だってよ。笑っちゃうよね。」と言った。化粧に関しては会うたびに言っている気がする。
アヤネは公立中学から私立高校、私は私立中学から公立高校、
その間、アヤネはテニス、私は水泳、と別々の道を歩いていたはずだけど、学校でうまく行かなかったり、スポーツ畑で恋愛やおしゃれなんて二の次の生活を送ったり、不思議と辿ってきた道はどこか似ている。
大学も別で、来年の4月から進む道も、私は一般企業で正社員、彼女は今のバイト先でそのまま雇ってもらってコーチ業と、別々だ。学校や受験ではあまりうまく行かなかった私たちだけど、就職で苦労することはなかった。
「よく不登校ならなかったよね。私らみたいな中高時代送ってたら不登校になってそのまま引きニートになってもおかしくなかったやん、てか私らじゃなかったらそうなってたでしょ。」
「ほんとうにそう」
「学校なんて、行かずに済むなら行きたくなかったよ。でもなんか知らないけど、足が進むんだよ。行かないほうが怖かった。行っても地獄、行かなくても地獄、だった。仕方なく行ってた。」
「うん。私の場合はなんか、行かないと負けたみたいでさ、嫌だったんだよね。私ら、何にも悪くないのに、私らみたいな人のことが気に食わないからっていじめてくるようなやつに負けるの、嫌じゃん。」
「うん。」
「だけど、今、私たちは笑えてるんだよ。就職に困ることもなくて、彼氏もいて、友達もいてさ。不思議だよね。こんなふうになるなんて、思わなかった。私たちの勝ちだよ。ほんと、ここまでよく頑張ったよね、私たち。」
「うん。」
「学校でうまくいかなくても、おしゃれなんて知らなくても、彼氏はできるし、大人にはなれるんだね。」
背格好がよく似ていて動きもよく同期する私たちは、昔から「双子みたい」「姉妹?」とよく言われた。それぞれの体型や好みの服のテイストが変わった今でも一緒にいると、たまに言われる。
だけど、1番似ているのは惜しまないところだと、私は思う。
そこが嫌なら飛び出してやる。ひとりになることだって厭わない。
ほしいものは多少無理をしてでも自力で手に入れる。
大切にしたい人にはきちんと「大切だ」と伝える。
そういうところ。
「お客様、お声が通りやすいようなので、少々抑えていただいてよろしいですか」
気をつけて小声で話しているつもりだったけれど、それでもダメと言われてはコントロールしようがなくて、居心地が悪くなって「…帰ろっか」とカフェを後にした。
お会計を終えて、外に出るとすでに時間は15:20くらいの「いい時間」で、雨が降っていた。
「やば。傘置いてきたわ。」
「私、折りたたみ持ってるけど。」
「まじ?強くなったら入れて。」
「もち」
「あざす。」
そんな会話をしたのも束の間、あそこまで行ったら地下に入れるから、なんとかあそこまで持ってくれ…!と話しているうちに、ザァァと土砂降りになった。
大きな横断歩道の青信号が点滅しはじめて、
どうする?
いや、これは渡るしかないっしょ、
と打ち合わせして、せーの!で、折り畳み傘の相合傘で、”地下に入れる建物”の屋根の下まで、ぎゃーー、と叫びながらダッシュした。建物の中に入った時にはお互い服が半分ずつびしょ濡れで、ゲラゲラと笑いながら地下を通って駅まで歩いた。
いつどこで遊んでも、大体朝10:00台に待ち合わせして6時間近くあるのに、あっという間だ。
彼女はいつも、私と遊んだあと、地元最寄駅から16:15に出るバスに乗ってバイトへ行く。今回も解散は地元最寄駅のバス停で、彼女はいつも通り「また連絡する」と言って、バスに乗り込んでいった。
とりあえず、今回の「次」は卒論が終わってからだな、と背を向けた。
それから1週間後、バイトに行こうと駅に向かってぼんやりと歩いていた時のことだった。
「やっぱり なっちゃんだ!」
という声が聞こえてきて、顔を上げると走りながら振り向いてこっちに手を振っているアヤネがいた。
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