"泳ぐ側専門"なはずの私が、コーチバイトを2年間続けているワケ。
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"泳ぐ側専門"なはずの私が、コーチバイトを2年間続けているワケ。

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どんなカタチでも、水泳と関わっていたい。

水泳も子どもも好きな私には天職なはずだ。


大学1回生の春。


そんな自惚れた理由で選んだバイト先は、中高とプールを借りていたスイミングスクールのコーチだった。

泳ぐ側としては私生活を犠牲にしてでも大学で続けるほどの覚悟と実力がなかった。


そんな挫折から選んだ道だった。


当時はいかに効率よく稼ぐか?を考えていたので、塾講師のバイトも掛け持ちしていた。いくら水泳が好きでも、時給が良いとは言えないコートのバイトは一本化するには心許無かったのだ。

ただ、クラスを受け持つメインコーチになれば塾の時給と変わらなくなるため、メインのコーチになれたら塾は辞めようと思っていた。その日がいつくるかはわからないし、来るかもわからない。だけど週1〜2回、あくまで趣味のつもりで、ゆる〜く、水泳と関わることを楽しんで働けたら十分だと思っていた。


バイトを始めて半年後。土曜朝の2限目。
そこそこ早いタイミングでメインになることを持ちかけられた。

正直、私は子供の相手をするのは得意だけれど、水泳に関しては泳ぐ側専門で、教える側は向いていないと思っていた矢先のことだったので、1人でレッスン回していける自信がなかった。

それから少しの間、前任の真似をしながらレッスンを回していたが、全体の配置換えで土曜朝の3限目を受け持つことになった。

前のクラスの子にも思い入れが出てきて慣れてきた矢先のことだったので、少し戸惑った。ただ、バイトを始めたときからずっと、監視をしていた時間の子たちなので見覚えはあって、子どもとの関係に慣れるのには時間がかからなかった。

1人1人に集中しがちで全体を見るのが苦手な私。水泳は自信が得意なことなので、水に浮けないレベルに苦手な子の気持ちがわからず、どう教えたらいいのか、どう寄り添えばいいのか分からずにもがいていた。

ただ、やはり落ち込みはする。
自分のせいで、この子たちが泳げるようにならなかったらどうしよう、と。

それでもそんな落ち込みを吹き飛ばすくらい、初めて私がメインを持ったこのクラスでの仕事は楽しかった。

担当していた子たちには本当に色んな子がいた。

半年以上経つのに合格できていなくても、ちっとも悔しそうじゃなくて、いつもニコニコしている、どこか憎めない男の子。
毎回遅れてくる男の子。
すごく泳ぐのが上手なのに、トイレと空咳を繰り返す、サボり魔な男の子。
年子の姉妹。
たまにセクハラぎりぎりなことをする、やんちゃな女の子。
1人だけ背の高いやんちゃな小学生男子。
おそらく理系でマイペースな不思議ちゃんな男の子。
そして、とてつもなくイケメンの原石なのに、不思議ちゃんな男の子。

彼らのレベル級が上がっても、それに伴って私が担当するクラスのレベル幅も増えていた。気づけば彼らとは1年近くの付き合いとなった。


コーチ経験1年が過ぎた、7月頃。
彼らも級が上がり、次なる進級のためにほとんどがクロール25mの壁に挑戦していた。

しかし、なかなかみんな合格できない。

そりゃそうだ。ついこの前までは12.5mが進級基準で、レッスンでも15mほどしか泳いだことがないのにいきなり25mなんて、酷すぎる。

なんとしてでも、彼らを合格させてあげたい。

あるコーチは、「少しくらいなら立っても合格させてあげてな。」と言っていたけれど、そんなんで合格しても彼らは嬉しくないだろう。私も嫌だ。

色んなコーチにアドバイスを聴き、自分でも教える側としてクロールの研究をし、練習内容のレパートリーを増やした。

それに応えてくれるかのように、テストで前月よりも25mの間に足を着く回数が減っていき、何人かは合格していった。

しかし、どうしても合格できなかった子がいた。

イケメンくんだ。

練習のときはちゃんと泳げるからあとは距離だけだ!と思っていたのに、いざテストで泳がせてみると溺れそうなフォームで5mも泳げない。泳ぐ前に「じゃ、りょーちゃん(あだ名)、頑張ろっか!りょーちゃんなら大丈夫だよ!」と言っても「無理だよ。できないよ。」と拗ねてしまっていた。

次の月やその次の月も、5mは越えるものの、相変わらずの泳ぎで真ん中行くかどうか。

テストの結果はカードで渡す。生徒らは渡されたカードをフロントに渡すと新しい級のワッペンをもらえる、という仕組み。

彼は、最初は不合格通知である「進級テストがんばったね!」と書いてあるカードを渡しても、「これ、どーするの?これ、どこに渡せばいいの?」とヘラヘラしていた。

しかしそれも3回(つまり3ヶ月)ほど続くと、堪えたらしい。だんだん悔しがるようになり、4ヶ月目には悔し涙を流すようになった。

彼のお父さんもちゃんとした方で、3ヶ月目ごろからテスト後のFBを求めてくださるようになった。「悔し涙流してました。笑」と家庭での様子を報告してくださったりと、円満な関係を築かせていただいた。

そんな彼は5ヶ月目、いよいよ25mを完泳した。
5回ほど足をついて、ついに終わった直後から悔し涙を流すようになった。

きっと、彼はすごく繊細なのだ。

普段は無口で、人見知りで、話しかけても私を無視することもある。でも(なぜか)私が泳ぎの見本を見せたときに満面の笑みで爆笑する姿やお父さんお母さんのお迎えが遅いと不安になって涙目になったりもするかわいさを持っている。そんな彼は誰よりも緊張しいでプレッシャーに弱いのだ。


6ヶ月目、ついに25mの中で足をつくのが2回になった。
しかも軽く、チョンチョンと着いただけ。


本人はまた悔し涙を流していたけれど、私は彼のお父さんに言った。

「来月で多分合格できます。りょーちゃん、がんばりましたね!!」

一応、別日に来てもう1度テストにチャレンジできる制度も案内したけれど、

いや、もうゆっくりでいいんで大丈夫です。
来月コーチ(私)から合格もらえたらと思ってますんで、来月からもよろしくお願いします。

すごく嬉しかった。絶対合格させてあげられるように頑張ろう。そう思っていた。


しかし、翌月。突然の配置換え。
私は彼の担当を外れることになった。

それでも彼が合格してくれるのなら、と思ったけれど、新しいコーチの下で行ったテストで彼はまた溺れるフォーム状態に逆戻りしていた。悔しそうで泣きそうな彼の顔を忘れられない。


ここまでりょーちゃんの話ばかりしてきたが、もちろん彼以外にも思い入れのある生徒はたくさんいる。

特に土曜朝3限、私がバイトを始めてから1年間ずっと見てきた生徒たちはみんな同じくらい大切だ。

そんな彼らが順番に合格していって、残るはりょーちゃんだけとなった。

今月のテストは1/29。
来週土曜、彼の合格を見届けたい。
たとえ私が担当することなく、彼がクロールを合格しても、その後も見届けたい。

また、私が土曜1限に担当しているチビちゃんたち(3歳くらいまでの子)の成長を見守るのもすごく楽しい。毎週毎週歌のレパートリーが増えていたり、話せる言葉が増えていたり、お顔付けの練習をお風呂でしてきて少しずつできるようになっていたり、私に懐いてたくさん話しかけてくれたり、癒しなのだ。りょーちゃんたちを担当できなくなった今、1番バイトをしていて楽しいクラスだ。


いつしか時給でもなく、ラクさでもなく、彼らを担当できることが私のやりがいとなっていた。

毎週土曜朝、6:30に起き7:15に家を出て7:29の電車に乗る。7:50からミーティングで、8:15に1限のレッスン開始。

毎回誰かが遅れてくるほど朝もはやく、体力も必要なこの仕事を、(電車の遅延以外で)1度も遅れることなく、楽しんで続けることができている。

そのワケとして、バイト先の人間関係の平和さ、ホワイトさなども、もちろんあるけれど。


どんなカタチでも、水泳と関わっていたい。

水泳も子どもも好きな私には天職なはずだ。


始めた頃の私は、自分が得意なことを教える難しさを知らずにこう言っていた。

実際、自分自身が得意な泳ぐことを、大人でも子供でも他人に教えることは容易なことではない。


私は泳ぐ側専門で、教える側は向いていない。


ある意味それは本当にそうで、そういう意味では天職ではないと思う。


だけど、向いていないかもしれないけど彼らのためにならがんばれる。彼らの成長を見守ることを楽しいと思える


きっとそれが、私が #この仕事を選んだわけ なのだと思う。




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心理学と水泳がアイデンティティの大学生. 神経生理/知覚心理×VRを研究予定. 音楽、読書、アニメ、お菓子作り、松潤も好き. 最近は基本情報技術者の合格とTOEIC800目指して独学中. noteではエッセイ中心です.  "生の思考・感情を 響きやすい言葉・表現で"