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夢が叶うと決まった瞬間のこと


神に導かれたかのように “私は今、この本を手に入れなければならない” と感じて、一冊の本を手に取ることがある。


昨日の私にとって、それは原田マハさんの『たゆたえども沈まず』だった。



その日、私は本屋大賞20周年フェアの小冊子目当てに新快速で2駅先の大型書店を訪れていた。

お目当ての冊子を本屋に足を踏み入れて30秒でゲットして任務を完了した私は、“せっかく本屋に来たのに何も買わずに帰るなんて…” という気持ちになって、店内を徘徊した。

本屋なんてどこも一緒だ、という人はナンセンスだと思う。

ここは、母が「1番購買意欲を唆られる」と豪語した店舗だ。私は本屋であればどこでも購買意欲maxだが、私もそう思う。

大きな店内のど真ん中にある木の棚ではいつもいろんな企画が組まれていて、来るたびに違う顔を見せる。普通の本棚でも、他の本屋ならただ表紙が見えるように並べられているだけだったりするけれど、ここは辻村深月さん、伊坂幸太郎さん、東野圭吾さん、湊かなえさんといった人気作家に対して1人1棚贅沢に使い、いつ来てもフェアのようで心躍る。本棚の側面も効果的に使ってポスターが貼られ、その前に机が用意され益田ミリさんと原田マハさんの特集が組まれていて、訪れるたびに嬉しく思う。


その日も、“うわー全部ほしい” と思いながら店内をチェックしていて、他の本を手に取りかけたその時、雷が走ったかのように1冊の本が頭を駆け抜けた。

それが冒頭の、『たゆたえども沈まず』。


私が原田マハさんの作品で1番好きなものを選べと言われたら、『風神雷神』と迷いながら『たゆたえども沈まず』と答えると思う。

昨夏に出会って、一気にマハさんの虜になった。

中でも『たゆたえども沈まず』は、幼い頃から胸に抱え続けたパリへの憧れが刺激されて、溢れ出して仕方なかった作品だった。



あれからちょうど6ヶ月。

私はこの夏に1ヶ月間パリへ行くことが決まった。






夢は口に出したら叶うって言うけど、行動なしに口だけでは叶わないし、自分だけの力で叶うわけではない。

幼稚園の頃からクラシックバレエを習っていたから、フランスに憧れを持つのは必然だった。小学校のときに初めて英語で行きたい国を言いましょう、というワークをした時に「I want to go to France!!」と言ったことを覚えている。

小学4年のとき、女優よりは現実的な夢を見ようとパティシエになることを夢見た時期があって、それまでぼんやりとした憧れだったフランスが、本気の憧れに変わった。スイーツの本場といえばフランスだ、とその時期の私はレシピと同じくらい、フランスのガイドブックを貪るように読んだ(今は何も覚えていないが、フランス語の単語帳を買ってもらってほんのちょっとだけフランス語も勉強した)。

エッフェル塔、凱旋門、ルーブル美術館、モンマルトルのサクレ=クール寺院、ベルサイユ宮殿、モン・サン・ミシェル。

なんて美しい国なんだろう、と恋に落ちた。
サッカーを全く知らなかったのに、ガイドブックでサンジェルマンという地名を知って、サンジェルマン、という言葉の響きさえも美しいと思うくらいには惚れていた。


パティシエの夢から醒めても、パリへの憧れは残り続けて「早稲田大学に入って第二外国語でフランス語を選択して、バイトして、大学1・2年のうちにパリへ旅行に行く」という密かな目標ができた。

実際は、関西の私大の第二外国語のない心理学部で代わりに英語専修で2年間英語をやらされ、加えてコロナというウイルスに邪魔されることになるなんて想像だにしなかった。


いつしか寝てる時に見る夢みたいに「大学生のうちに」が「いつか」や「新婚旅行で」に変わっていた。

マハさんに出会ったのはそんなときだった。

7月頃に読んだ『ロマンシエ』でパリへの憧れを思い出し、8月に『楽園のカンヴァス』でそれを揺さぶられ、9月に『たゆたえども沈まず』でノックアウトだった。

私は早期内定を取って、来年パリに行かなければならない。旅行で1週間なんていう期間じゃ足りない、最低1ヶ月は滞在しないと長年の憧れは報われない。そう思った。


就活は “インターンの優遇がいくつあろうと本選考の最終面接で落ちたら即終わり” という先が見えない状況だった。パリどころか早期内定すらも夢のまま終わると思った。


母は「バイト代貯めて自力で行きなさい」と言ったけれど、そんな状況の私にバイト代を貯められるほどバイトできるわけがなかった。余計にパリ行きが遠のいたと思った。

とりあえず本気度を見せつけようと、本屋に売っているNHKのテキストでフランス語を勉強し始める私を見て、母は誕プレに電子辞書に入れて使うフランス語辞書のソフトを買ってくれた。

母からチラリと聞いていたのか、父と2人の時を狙って父に「パリ行きたい」と言うと「早期内定とったら、滞在費と飛行機代は出したるわ。現地で観光したり食べたりお土産買ったりするお金は自分で出すんやで。」と言ってくれた。

彼には付き合う前からパリに行きたいと言い続けていたから、その話をすると彼は「来年パリに行くんでしょ?」と誕プレにパリのガイドブックを買って背中を押してくれた。


これまでなにかを成し遂げた時には、“周りの人のおかげ” と同じくらい、“自分も頑張ったからだな” と思ってきた。

だけど、今回ばかりは完全に周りの人のおかげ、むしろそれだけだと本気で思った。


無駄にしちゃいけないと思って、早期内定を取ることとバイト先を見つけることに全力を注いだ。

2月の頭、早期内定をくれる会社に巡り会えて、一気にパリ行きが現実味を帯びた。

3月の中頃、運良く自宅最寄駅にできたコンビニにバイトにオープニングで採用された。

その間、“とりあえずフランス語を…” とか、“とりあえず40万貯めないと…” とか思っていたけど、3月末ごろ「いや、違うだろ」と思って慌てて留学カウンセリングを受けた。現実的に“何月何日〜何月何日、パリにどうやって滞在するか” が決まっていないことにはすべて絵空事だ、ということにやっと気がついた。

語学目的じゃなくて、パリという土地を訪れること自体が目的だから『滞在』という形態を取ろうと思ってきたけれど、英語よりフランス語が優位らしい見知らぬあの土地で、1人で生きることなんてできないことに気が付いて、計画を『留学』に変更した。オマケに、なんだかんだそっちの方が多分安い。

そして、留学の担当者もアタリの人だった。ホームステイか学生寮か、8月か9月かで迷い続ける私はいろんなパターンの見積書を求め、その都度送ってもらったし、学生寮は満員だと聞いていたけれど現地に問い合わせて、ラストの9月枠の学生寮を見つけてくれた。


留学決定2秒前。

やっとやっとここまできた。




『たゆたえども沈まず』を再び本屋で手に取ったのは、そういう日々でのことだった。

昨夏に文庫本で買った『たゆたえども沈まず』は1番大好きな作品なのに、大好きだからこそ色んな人におすすめして貸しすぎて、返してもらったはずだけどどこにあるのか行方がわからなくなっていた。


もう一冊、買おう。


そう思うのは、私にとって大切すぎる作品だからこそ必然だった。


そして、二冊目の『たゆたえども沈まず』は単行本を選んだ。

同じ作品を、持っているという自覚がありながら二冊買うのは初めてだった。

文庫版が出版されていることを知っていて、あえて単行本を選んだのは初めてだった。


家に帰ってすぐに文庫本が出てきたとしても、今後金欠になったとしても、後悔はしないと確信している。



文庫が流通すると、その本の単行本は絶滅危惧種のように全国の書店から消えてゆく。あの大型書店ですら、『たゆたえども沈まず』の単行本はラスト1点だった。


「この本、文庫版もありますがハードカバーでよろしかったですか?」


単行本を抱えてレジを訪れた私に、店員さんはそう訊ねた。

その問いかけに、私は「はい!」と目をキラキラと輝かせて言った。


大好きだから、持ち歩きに不便であったとしてもその不便さをも受け入れようと思った。重さで、大きさで、その存在を感じていたい。文庫本よりも重厚感のあるそのつくりは、世界観に浸るにはぴったりだとすら思えた。

買った本が入った紀伊國屋の紙袋はずっしりと重かったけれど、その満足感で心は飛んでいきそうなくらい軽やかで、その後のバイトも乗り切れた。



4月13日。

再び『たゆたえども沈まず』を手に入れた日。

留学の手続きが完了し、パリ行きが確定した日。


2023年8月27日〜2023年9月23日、
私は長年夢見たパリで過ごす。


毎日毎日、そのことばかりを考えている。






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