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小説

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#詩

記憶

記憶

銀色の細い魚が指の間をすり抜けてどこかに行ってしまった。

するりと抜けていった時に触れた小さな鱗の感触がまだ指先に残っている。

冷たいからだ。
冷たい水の中を泳いでどこに向かって行ってしまうの?

水は青く、空は高く、風はすごい速度でなにもかもをどこか遠くに運んでいってしまう。

魚はきっとこの先も泳ぎ続けてどこかに行って自分自身を生きていくんだ。

まわりの何にもとらわれずそのままで、そのま

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洗脳学級

 

 先生は、いつだって、楽しそうだった。それが僕たちが僕たちであるところの成り立ちを毀損することになる楽しさであるならば、もちろん、糾弾されるべきだった。しかし、機関が、なかった。そのための会議が開かれることはなかった。僕たちはひどく寡黙な児童だ。模範的児童であることを、強いられている。起立、礼、着席! 課せられた科目を黙々とこなすしかないのであれば、そこが密室である必要はなかった。

 

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夏音



もうすぐ夏が来る。

君はきっとまた、蝉が最初に鳴く日を見つけるんだろう。
それをいつか僕にしたみたいに、誰かに教えてあげるのかな。

向日葵は叶わない恋をしているのだと君は言った。
哀しいものはきれいなのだと言った。

鼻の頭にかいた汗。
転がるラムネのビー玉の色。
くたびれたレディオヘッドのTシャツ。
埃をかぶった写真立て。

そんなものばっか僕に残して君は上手に消えていく。
ここじゃ蝉が

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模倣された都市

 

都市を模倣する。

模倣された都市は、鮮やかな脱皮を繰り返し、やがて現象になる。

流転だ。

取り残されないよう、しがみつかねばならない。

都市は都市ゆえに都市あらざるものたちを口減らしの法則によって排除する。

言いくるめる。

そしてまたそれは、城壁のようでもあった。

 

都市は、鋼の肉体を纏った詐欺集団を匿っている。

二十四時間営業のスパイス問屋で、エナメルの仏像たちは複数性

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弥勒菩薩のふりをした災厄

 

弥勒菩薩のふりをした災厄が時計台に座っていた。黄金で、関節がなかった。真夜中だった。駅は静まり返っていた。弥勒菩薩のふりをした災厄の怖ろしさは経験した者にしかわからない。凶暴かつ、執拗だった。一度滑り落ちると二度と這い上がれなかった。犠牲者は二億人に及んだ。僕の母もそのうちの一人だ。

時計台を中心にした半径五十キロ圏内に避難指示が出ていた。弥勒菩薩のふりをした災厄は頬杖をつき、暇を持て余し

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理科室が燃えた日

 

理科室が燃えた日のことをよく覚えている。

夏だった。天王星の消滅が間近に迫る、最後の季節だった。

 

誰が理科室につけ火したのか?

 

はじめは、熱というより光だった。

「かつてそれは家庭科室の独壇場でした」

目撃者はみな口を揃え、そう証言している。

現場から複数の血痕が検出されると、子供たちはこぞって言い訳を見繕い、目を合わせようとしなかった。

 

起立。

礼。

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