理科室が燃えた日

 

理科室が燃えた日のことをよく覚えている。

夏だった。天王星の消滅が間近に迫る、最後の季節だった。

 

誰が理科室につけ火したのか?

 

はじめは、熱というより光だった。

「かつてそれは家庭科室の独壇場でした」

目撃者はみな口を揃え、そう証言している。

現場から複数の血痕が検出されると、子供たちはこぞって言い訳を見繕い、目を合わせようとしなかった。

 

起立。

礼。

着水。

二組が飼育権を主張するバンドウイルカ。

その気忙しい鳴き声を聞いた午後。

僕たちは集団催眠から目覚め、秘められた能力を開花させる。

「理科室が燃えるとき、わたしたちもまた燃えている」

宣誓は小一時間続いた。選手代表の声は不安に駆られるほど美しく、精通のきっかけを得るにはじゅうぶんだった。

 

理科室は一ヶ月半、燃え続けた。

 

唱歌。

ぎこちない混声四部合唱に含まれる微量の出血。

下腹部で鳴り響く、気乗りのしない予感。

祈りのようだったふくらはぎの痛み。

一人、また一人と姿を消していく教室で、先生はホルムアルデヒドの複製に熱心だった。

 

理科室が燃えた日のことをよく覚えている。

暑い日だった。誰かを傷つけても平気な顔で外を出歩けた、最後の時代だった。

もう二度と燃えることがないよう、理科室は人工衛星に括りつけられ、人知れず宇宙ゴミになった。

夜空を見上げると、あの日の光景がフラッシュバックする。

クラスの全員が主犯格だった。

 

 

 

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