見出し画像

まいにち、おみそ汁をどうぞ。

夕餉の始まりにおみそ汁をひとくち啜ると、
ああ、と声が漏れてしまうのだった。
今日も一日お疲れさま。
自分に対してそんな言葉をかけたくなる。
その日の締めくくりの食事には、
必ずおみそ汁がつく。
出汁と具材の旨みがお腹にじんわり沁みて、
身体のなかから温まると、
気持ちもゆるゆるとほぐれていくのだった。


おみそ汁は別名「おみおつけ」ともいう。
漢字で表すと【御御御付】だ。
室町時代の女房言葉として使われ始めたらしいが、「御」が三つもつく最上級の丁寧感にも納得するのだった。
だってそうでしょう。
野菜やたんぱく質と出汁と発酵食品の味噌が、
ひとつの器で完成されているのだから。

おみそ汁の起源は室町よりも前の
鎌倉時代だといわれている。
保存食だった粒みそを、中国から渡ってきた僧が持ち込んだすり鉢を使って潰し、ペースト状に伸ばして水で溶いたのが始まりとのこと。
戦の時の熱中症予防にも
ひと役買っていたようだ。
(味噌メーカー【マルコメ】ホームページより)


𓂅𓎩

どんなに疲れていても、
今日は面倒だな、簡単なもので済ませたいな、
と思っても、
夕食には必ずおみそ汁を作る。
これさえ飲んでおけば
とりあえず体は大丈夫だという、
おまじないにも似た感覚があるのだ。
とはいえ、毎日作るとなると、
同じ食材の似たような組み合わせで
ぐるぐるローテーションを回すことになり、
時には違うおみそ汁を飲んでみたいと
思ったりするのも事実だ。

𓂅𓎩

特に目的もなく本屋を回遊している時、
偶然この本と目が合った。

『毎日おみそ汁365日』
えちごいち味噌/川上綾子
(自由国民社)


3月1日から始まって2月28日まで、
365日分のおみそ汁が載っているのだった。
なんて素晴らしいのだ!
おみそ汁の具のマンネリを打ち破るためには、
うってつけではないか。
御御御付の神様のお導きにより
私はさっそくこの本を買い、
ページをめくってみることにした。
ああ楽しいね。わくわく。


とにかくおもしろいのだ。
冷蔵庫によくある食材同士の組み合わせなのに、
自分では思いつかなかったものの
オンパレードだった。
もう少し突っ込んで言うと、
今までの自分だけの
「おみそ汁に相応しいもの判定」の基準が、
この本によってぐっと変化したように感じた。
これでいいんだ、これもいいんだ、
と思えるものがたくさん登場して、
私はひとり静かに興奮していた。

例えば。(目次がわりの日付とともに書く)

・3/15 フルーツトマトと菜の花のおみそ汁
・5/3 アスパラとブロッコリーのおみそ汁
・4/19 冷凍フライドポテトとわかめのおみそ汁
・7/4 ミックスベジタブルとレタスと粉チーズのおみそ汁


なかなかの攻め具合である。
トマトやアスパラガスをおみそ汁の具材として入れる発想は、私の中にはなかった。
考えてみればフライドポテトはじゃがいもだ。
じゃがいもとわかめのおみそ汁ならば、
私も作ったことがある。
ツナ缶や揚げ玉も、この本には頻繁に出てくる。
これらを攻めてるレシピだなと感じた時点で、
私の固定観念が鋼のように硬かったのだと
気づかされたのだった。
おみそ汁は自由なのだ。
どのレシピにも
赤みそか白みそか合わせみそが
きちんと使われていて、
正真正銘のおみそ汁なのだ。
そしておみそ汁は、可能性を秘めた海。

せっかく365日分のレシピがあるのだから、
順番通りに作っていけばいいのではないか?
と、誰もが思うことだろう。
読んでみると、
手軽に買いやすく通年使える食材が中心だ。
要するに、組み合わせの妙なのだ。
そして季節らしさや
その時の旬の食材を用いたレシピも載っている。
時の流れを日々の食卓に乗せることができる
味わい深い仕掛けがある。
そうだ、片っ端から作ってみればいい。

だが、物事はそう簡単にはいかないのだ。
ここからが興味深いところでもあり、
私の想像でしかないのだが
この本を出す時にご苦労なさった点なのかもしれないと勝手に思った。
何しろ365日分である。

順番通りに作りはじめたとして、
しばしその手を止めて考え込むレシピが
おそらくいくつかあるだろう。
どうしようか。
これを本当に作るべきだろうか。
それとも見なかったことにして
飛ばしてしまおうか。


例えば。

4/26 冷凍たこ焼きのおみそ汁
4/29 牛肉と春雨のチャプチェ風おみそ汁
5/8 イチゴとバームクーヘンのデザートおみそ汁
7/16 カプレーゼ風おみそ汁
12/24 メリークリスマスデコおみそ汁


冷凍たこ焼きのおみそ汁についての
作者の方のコメント。

『かつおだしをしっかり効かせたおみそ汁に
たこ焼きをのせてじゅわ〜っとしみて。
明石焼きならお出汁で美味しいからと
かなりのチャレンジおみそ汁。
アリかナシかはあなた次第』

なるほど。
ひとつひとつ作ってみた上でのコメントなのだ。
だからこそ、
作る作らない、アリかナシかは
こちらで決めていい。

本の【はじめに】のページを、
あらためて読んでみた。
(以下抜粋)

『実は私こそ、それまでほぼ同じ具材で
ワンパターンのおみそ汁ばかりで、
(Instagramの)投稿を始めてから
初めての具材で作るおみそ汁も多く、
まさに毎日がチャレンジでした。
(略)
本当に嬉しくて楽しくて、
気がつけば1400以上のおみそ汁や
発酵食品メニューを作っていました。
(略)

おみそ汁を作る時に何か少しでも
ヒントにしていただけたら。
そしてクスッと笑えるオモシロいおみそ汁で、
新たなおいしさや楽しさを
一緒に発見できたら嬉しく思います』

これこそがこの本の真髄であり、
料理する楽しみに繋がるのだと私は理解した。
前にも書いたように、
毎日作っていると同じようなものに偏りがちになり、新鮮味が失われてゆく。
それはおみそ汁作りに限らない。
何かないかな、と探し求めることには、
進歩していきたい、
新しいものに出会いたい、
という隠れた前向きさが含まれている。
大根をピーラーで薄く剥くなど、
いつもと切り方を変えてみる。
炒めものに使う食材だからと決めつけない。
ほんの少し白胡麻ペーストを落としてみる。
些細なことが影響し合って
新しい味わいになってゆく喜びと発見を、
身近な食卓の上で体験できるのは良いことだ。
暮らしや人生そのものへの意識にも
通じることだと思う。

𓂅𓎩

ちなみに
私が今後作ってみたいと思ったおみそ汁は
こちら。
他にもたくさんあるのだけれど、
長くなるので少しだけ紹介する。


3/5 セロリと生姜のごま風味おみそ汁
(セロリをおみそ汁に入れることを
思いつかなかった。
生姜と白ごまは私の好きなもの)

4/15 ふわふわ豆腐の鳥だんごと
春キャベツのおみそ汁
(もう単純に美味しいに決まってる。
豆腐入りの団子は柔らかく春キャベツは甘い)

5/15 鳥ささみとえのき茸とそら豆のおみそ汁
(普段の私のおみそ汁はたっぷり具沢山の野菜が中心。時々とうふ。なので鶏ささみは入れたことがない。そら豆もかき揚げかおつまみ以外の発想がなかった)

5/26 ごま油で炒めた大根菜としめじのおみそ汁
(炒めた具材をあまりおみそ汁に入れないので。
ごま油で炒めると大抵のものは美味しくなるのだと、某芸人さんが言っていたけれど
たしかにそうだと思う)

6/20 アスパラと桜えびのおみそ汁
(いかに自分の視野が狭かったのかを知った。
アスパラもおみそ汁に入れていいのだ。
大好きな野菜のひとつ。
桜えびと合うに決まってる)

10/28 あおさとしらすのおみそ汁
(お椀のなかに海ができている。素敵だ)

さあ。
明日は何を作ろうか。

本のページをめくる私の顔は、
にやにや笑っているに違いない。
作りたい、という気持ちが溢れて、
明日が待ち遠しいと思っているのである。


この記事が参加している募集

今日のおうちごはん

イチオシのおいしい一品

文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。