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「日本左利き協会」掲載中の物語

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【日本左利き協会】さんにて連載させていただいている ショートストーリーです
運営しているクリエイター

#短編小説

スタンダード・サマー

スタンダード・サマー

休むことを知らないエアコンが
今日も微かな音をたてている。
窓辺の観葉植物たちにとっても
ここは快適なようで、
新しく柔らかい芽をどんどん伸ばしている。
目にも優しいものたちが
気持ちを和ませてくれている。
なんてありがたこと。

たった1枚の窓ガラスを隔てた向こうとこちらでは、環境はまったく違う。
この暑さのなか、
野良猫たちはどうしているのか気にかかる。

この暑さが
特別なものではなくなって

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六月の樹々。

六月の樹々。

樹々の緑が濃くなっている。
木陰の下に入ると、葉っぱの匂いがした。
植物たちがこれからの季節に向けて
身支度をしている気配がする。
梅雨入りする六月は、
体の内側と外側の水が呼び合うようだ。
人も自然の一部なので、
少しずつ次の季節に馴染もうとするのを
感じている。

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お知らせです。
日本左利き協会さんのホームページで
掲載中のショートストーリー
【Papa is gone】の後編

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風は緑色だった。

風は緑色だった。

五月の風はひときわ美しい。
湿度は低く、さらりとしていて緑の匂いがする。
こんなにいい季節に
部屋に閉じこもっているのはもったいないと
思う性分なのだ。
特に用事らしい用事がなくても、
何となく外へ出る。
通りを歩いてみる。
家々の門のきわに植えられた花を見てまわる。
私の心のなかの小さな子どもも、
嬉しくてくすくす笑いながら
スキップをしているのだ。
たくさんの芽吹きを瞳に映して、
自分の内側に

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言葉の鳥が羽ばたいてゆく。

言葉の鳥が羽ばたいてゆく。

とてもいいことを思いついて、
これは絶対に文章にしたい!
と思っていた。

書くものもスマホも手元になかったので、
頭の中で呪文のように
何度もその言葉を繰り返していた。
忘れないように、刻み込んで。

ところがその後、
職場の同僚と少し話をしたら、
大事な言葉は何処かへ
飛んでいってしまったのだった。
頭の中というケージの扉を開けて、
言葉は白い鳩のように大空へ。
羽ばたいていってしまった言葉の

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季節の声に耳を傾ける。

季節の声に耳を傾ける。

三月には三月の音がある。
三月には三月の空気の匂いがあるように。
渡る風や鳥の声。
草木が芽吹く時の、かすかな破裂音。
猫のハミング。
これからくる季節は、恩寵に満ちている。

花の咲く瞬間に立ち会いたい。
寒さに耐えて握っていた手を開く季節。
解放された心も光を求めていて、
自分もたしかに自然の一部なのだと
感じることができるのだ。




お知らせです。
日本左利き協会さんのホームページで

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うるうるうるうどし。

うるうるうるうどし。

今年の2月はなんと、29日まである!

1日丸儲けなのである。
たとえば今月末までの
締切案件を抱えている人にとっては、
24時間の猶予がプラスされることは
とてもラッキーだ。
ひと安心していることだろう。
だが油断は禁物だ。
1日多いのだから大丈夫、などと思って
デスクに伏せてうたた寝をしていたり、
ソファに寝転んで
ポッキーをぽりぽりかじりながら
本を読んでいると、
あっという間に時間は過ぎ去

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寒い冬のホットな出会いが人生を暖かくする話。

寒い冬のホットな出会いが人生を暖かくする話。

あなたには
毎朝顔を合わせる見知らぬ通勤仲間
のような存在がいますか?

仕事へ行くために駅で電車待ちをしていると、
続々といつものメンバーが集まってきます。
全然知らない人だし、
年齢、性別、服装、国籍も様々だけれど、
皆、私と同じ様に
朝早い時間から
同じ駅で同じ電車に乗り込んで
仕事に向かいます。
そんな彼らに対して
ささやかな連帯感のようなものが
私の中で勝手に生まれて、
(心の中であだ名

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月夜の森の物語【後編】

月夜の森の物語【後編】

月替わりのカレンダーが残り2枚になりました。
いつのまに?
こちらの都合も聞かずに
勝手にどんどん流れてゆく時間に、
ちょっと待ってよと声をかけたくなりました。

11月。
私が住んでいる街では、
空気が乾いて空がぽっかりと青くなる季節です。
風は冷たくても陽当たりさえ良ければ、
そこは穏やかなサンクチュアリになります。
たいていは地理に詳しい野良猫が
先に微睡んでいて、
特等席を取られちゃったな

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月夜の森の物語。

月夜の森の物語。

満月を見上げると、心の窓がそっと開く。
それは昼間とは違う心の使い方だ。
窓を開いて
月の光が心の深いところまで射し込んでくると、
なぜだかすべてが解き放たれてゆく気がする。
ベランダの手すりにもたれて、
あるいは帰宅の道の途中で足を止めて、
わあ、月だ!と眺める時。
みんな一瞬、無に還るでしょう。
それから少しずつ思いが胸によぎっていく。
満月に願いをかけて祈ったり、
この月をあの人も見ているだ

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お知らせをもう一度。〜慌て者の粗忽者〜

お知らせをもう一度。〜慌て者の粗忽者〜

日本左利き協会さんのホームページにて
掲載させていただいている
ショートストーリー第3話
【Man in the mirror】の後編が
公開されました。

暑い夜を少しだけ涼しくするお話です。
ショートストーリーですので
すぐに読み切れます。
よろしかったら
読んでいただけると嬉しいです。



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9月最初に書いたお知らせを
誤って消してしまいました。泣
なので再度あらためて載せ

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冷たさを知る。真夏の下で。

冷たさを知る。真夏の下で。

久しぶりの雨音に耳を傾けているうちに、
寝入ってしまったらしかった。
夜の窓の隙間から雨の匂いがした。
何日も何日も
ひとしずくの雨さえ降らなくて、
地面は干涸び
植物たちは渇きに喘いでいた。
ああ、やっと潤うんだね。
樹木は
何でも覚えてしまう伸び盛りの子どものように、
どんどん雨水を吸いこんでゆくのだろう。
やがて外が明るくなってきたけれど、
いつものような強い光は入ってこない。
起き出してカ

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