食の多様性への配慮【ローカルイベント学vol.5】
2010年代に世界から多くのゲストが訪れ、たくさんの飲食店を利用していく中で、多言語対応の取組も加速しました。そこでは、優れた多言語対応のノウハウやツールも生まれました。
一方、地域でイベントを主催するときはどうでしょうか?
飲食を提供することも多々あるのがイベントです。しかし、そこに大きな危険性や大きな可能性があると私は思います。
本noteを読んでいただくことで、食の多様性について一通り理解できます。そして、だれでも利用できるような食の情報提供を行うことで、ローカルイベントをよりインクルーシブにして価値をさらに向上させていきましょう!
1 食制限・食事規定
宗教的な理由、道徳的な理由、健康的な理由など、人によって理由は異なりますが、「食」に制限がある人は世界的に多いです。2010年代の訪日外国人の増加に伴って、まちのあちこちで食制限や食維規定を意識した取組を目にする機会が増えました。
官公庁においても同様で、この10年で、国・都道府県・市区町村においても取組事例が急増しています。
例えば、観光庁は、ムスリム(イスラム教徒)旅行者の食事や礼拝に対する習慣やニーズをもとに、「ムスリムおもてなしガイドブック」を作成したのは2015年のこと。ムスリム旅行者が訪日した際に、宗教的・文化的な習慣に不便を感じることがなく、安心して快適に滞在できる環境の向上を目的としています。
例えば、2017年には、静岡県経済産業部産業革新局マーケティング課では、ユダヤ教徒の食の戒律であるコーシャに対応するために「しずおか コーシャによる おもてなしガイドブック」を駐日イスラエル大使館及び公益社団法人日本イスラエル親善協会協力のもと作成しました。日本ではあまり馴染みのないコーシャについて詳細かつ分かりやすく示された貴重な資料であったと思います。
さて、この10年に何があったのでしょうか?
やはり、世界三大メガスポーツイベントの2つ「2019ラグビーワールドカップ」「 東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020大会」の開催に向けて、世界基準が日本に入ってきたことによって、まちづくりが進んだことが大きいです。
実際に、東京2020大会に向けて、「食の世界基準対応」について深く学ぶ「食のインバウンド対応セミナー」などが各地で開催されました。
しかし、それは「観光振興」「訪日外国人(インバウンド)対応」の脈略で行われていることが多く、東京2020大会を迎えるにあたって急加速で取組が進んだものの、まだまだローカルに一般化していくためには課題があります。「学習の機会」や「情報発信」をもっと増やしていく必要があります。
世界の食の多様化は凄まじいスピードで進んでいます。
日本国内で、ハラール、ベジタリアン、ヴィーガン、グルテンフリーといったキーワードを見聞きすることも、この10年で大変多くなってきました。こういった宗教・主義・アレルギー・文化・習慣・病気・好き嫌いなどを背景とした食の多様性は広がる一方です。その数も実に多く、例えば、ムスリムは世界で約16億人、ベジタリアンは約9億人いると言われています。
「それってチャンス!」と捉えることがポイントです!地域にはたくさんの在住外国人も共に暮らしているのだから。
地域社会が多様化していく中で、当然、食も多様性に配慮していくことが望ましいのです。
しかし、「それって限りない!」「とても対応しきれない!」と思いますよね。
そこで、このnoteでは、主な食制限・食事規定の概要を紹介するとともに、地域社会における多様な人々の共生を目指して、ローカルイベントで実現していくことが可能な取組について考察していきます。
2 食べてはいけないもの(宗教など)
世界には、様々な宗教によって、それぞれ宗教上の教義や信念に関する理由で、食べることができる食材や調理方法に関する厳しい規制があります。口にすることを忌避している飲食物の数は非常に多いです。
例えば、味噌汁1つをとっても、ムスリムの方向けには、原材料表示に酒精・アルコールの記載がない無添加の味噌を選ばなくてはなりません。出汁についても、粉末醤油や原材料の分からない添加物が入っているものは避けた方がよく、昆布・椎茸などの出汁であれば、ムスリムだけでなくベジタリアン対応も可能となります。
・・・といったように宗教ごとの細かい配慮が必要となります。ローカルイベントにおいて飲食物の提供を行うシーンはもともと多いですが、そのような配慮がなされている状況でしょうか?
まだまだ稀だといえるかもしれません。
もし、食べてしまっても健康上の影響はないですが、アイデンティティに関わる深刻なトラブルを引き起こす可能性が高いため、注意が必要です。
では、どのような注意が必要でしょうか。続いて、代表的な食制限・食事規定について概要を紹介します。
(1)ハラール
ハラールとは、宗教的な食事の規定であり、基本的には「イスラム教」を信仰する方(ムスリムの方)が守る食制限となっています。
ハラーム・・・イスラム法で許可されている食材や料理のこと
ハラール・・・食べてはいけないもの。非ハラール、ノンハラールともいう。
食べられないものの定番は「豚肉」。たとえば、豚骨ラーメンや豚エキスを使用した調味料など、豚を使った料理が全般的にNGとなっています。
酒も禁じられているため、多くのイスラム教の方はお酒を一切飲まないことについてマナーとして知っておいた方が良いです。
肉類で完全に禁じられているのは豚肉だけですが、他の肉であっても、その動物の殺し方、血液の抜き方、調理の仕方などによって制限があるので、注意が必要です。
しかし、自身がムスリムではない場合、細かい注意はなかなかできるものではないと思います。そこで、飲食店や商品の選択を容易にできるようになるために、「ハラール認証」の制度があるので、ぜひ参考に確認したいですね。
なお、断食期間である「ラマダン」とは、日中、水を含めて一切の食事を口にせず、日没ともにたくさんの食事を摂取するものです。
(2)ヒンドゥー教
ヒンドゥー教徒は、宗教が生活の土台となっています。そのため、食材や食べ方(誰と一緒に食べるか)、食事を食べる時間や時期に対して非常に気を遣います。中には、ノンベジタリアンと一緒に食事することを嫌う人もいます。
また、教義で不殺生を旨とするため、肉食を避ける教徒が多いです。穢れに対する意識が強く、 他者から唾液によって穢れが感染すると考えられ、 食器は使い捨てが一番清浄であるという意識を持っています。家庭で食事することを好む人が多いのは、外食の場合、同じ調理器具で肉を調理した可能性があるからです。
食に対する禁止事項としては、ヒンドゥー教徒が一般に避ける食材に、肉全般、牛、豚、魚介類全般、卵、生もの、五葷(ごくん:ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキ)などが挙げられます。
多くのヒンドゥー教徒は、肉全般を避けるが、中には肉食をする人もいます。牛(神聖な動物として崇拝の対象)と豚(不浄な動物とみなされ、基本的に食べることない)を除いて、鶏肉、羊肉、ヤギ肉に限定されています。
(3)その他
仏教の場合は、食に関して宗教的な禁止事項があるのは、一部の僧侶、厳格な信徒のみです。その禁止されている食材は、肉全般、牛肉、五葷(ごくん:ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキ)など。
ユダヤ教には、コーシャ(ヘブライ語で「適正な」という意味)という主に旧約聖書に基づいた「ユダヤ教の食事規則」があります。
その主なポイントは、以下の通りです。
➊豚・えび・かに等を食べられないこと(動物の血もNG)
➋加工前の野菜・果物はOK
➌水産物のうち、鮪、鮭、鯛など「ヒレとウロコがあるもの」やイクラなどは食べらるが、「ヒレやウロコがない」海老、蟹、鰻、イカ、タコ、貝などはNG
➍肉と乳製品を一緒に食べることはできない。その他、細かい制限がある。
3 食べることができないもの(アレルギーなど)
健康上の理由(糖質制限や塩分制限など)で一切口にすることができないものや、最悪の場合には死に至ってしまうアレルギーなど、対象の食材を扱う場合には細心の注意が必要です。
消費者庁にて表示義務の規定があるので、その品目を確認しましょう。
(1)必ず表示される7品目
食物アレルギーの症状が重篤のもので、微量でも表示が義務づけられているのは「そば」「落花生」です。その他、食物アレルギーの頻度が高いものとして「卵」「乳」「小麦」「えび」「かに」が既定されています。
(2)表示が奨励されている20品目
あわび、いか、いくら、オレンジ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチン、ごま、カシューナッツ
(3)特に注意すべき種類
落花生(ピーナッツ)のアレルギー症状は重篤であることが知られており、欧米では、食物由来のアナフィラキシーで死亡する例の大半はピーナッツアレルギーです。ピーナッツ類はスイーツやお菓子だけではなく、担々麺や炒め物などの料理にも使用され気づきにくいことがあるため注意が必要です。
小麦に由来するアレルギーであるセリアック病はEUでは推計で500万人以上いるほか、アメリカでは100人に1人と言われている。この唯一の治療法が「無グルテン食(グルテンフリー)」を厳守することであり、日本では味噌、醤油、酢などの基本調味料にもグルテンが含まれているので注意が必要です。
4 食べたくないもの(ベジタリアン等)
個人の主義や嗜好に関する理由で食べることを忌避しているものが対象となります。
(1)ベジタリアン
ベジタリアンとは、「菜食主義者」です。肉と魚は一切食べないが、牛乳や卵などは食べます。
ベジタリアンになる理由は様々で、「動物たちの大事な命を守りたい」「自然と環境を守りたい」といった道徳的な理由や、「野菜をたくさん食べた方が健康的」「ダイエットのためにいい」といった健康上の理由などがあります。
ベジタリアンは多くの国で一般的になっていて、多くの飲食店でベジタリアンのための肉や魚を使用しないメニューも用意しています。
(2)ヴィーガン
ヴィーガンとは、「完全菜食主義者」であり、ベジタリアンと違って肉や魚を食べないだけではなく、牛乳、乳製品、卵、蜂蜜、多くのゼリーなどの動物性食品は一切食べません。
飲食とは関係ないですが、多くのヴィーガンは動物由来のものを使わない選択をしているため、皮やダウン(鳥の羽)は使わなく、動物にテストして造られた化粧品なども使いません。
ヴィーガンになる理由は、道徳的なものが多いです。食事制限というより「ライフスタイル」そのものと捉えられています。
(3)その他
基本的「肉」は食べないですが、牛乳や卵、魚類全般は食べる「ペスクタリアン」、小麦などの麦にあるタンパク質「グルテン」を食べない食制限である「グルテンフリー」、その他個人的な志向など様々な食の選択があります。
5 ローカルイベントにおける取組
以上、食制限や食事規定似ついて概観してきました。あなたは、その一つ一つに完全に対応していくことはできますか?
非常に難しいと感じるところだと思います。
そこで、まず必要となってくることは、「食べられないもの」のある方々に向けて、料理に使用する食材を示すことが重要です。
東京都産業労働局のホームページ「EAT TOKYO」の「多言語メニュー作成支援ウェブサイト」を確認してみてください。「食品ピクトグラム(図を参照)」が無料でダウンロードできます。
食制限・食事規定を持つ方は、食べられるかどうかを判断するため、正確な情報が必要であり、原材料表示やこのような食品ピクトグラムがあると非常に便利です。
実際に、私は落花生やナッツ類のアレルギーを持っていますが、原材料を確認することに大変な手間が掛かっています。意外と、店員さんは情報を知らなかったり、情報を調べるのに長時間有したり、あるいは、あからさまに嫌そうな態度をとられることだってあります。
お互いに嫌な思いをしないためにも、食材ピクトグラム一つで解決できるのですから、広げていきたいですよね。
なお、併せて多言語対応もできると更に良いと思います。多言語対応の基本は日本語・英語・ピクトグラムです。さらに分かりやすくするには、やさしい日本語・プレーンイングリッシュ・ISOまたはJIS規格のピクトグラムです。
食制限や食事規定について、訪日外国人対応の脈絡で取り組まれることが多いですが、日本人においても外国人においても必要な情報であることは間違いありません。だからこそ、地域社会で取り組まれていくことが望ましいのです。
私自身もアレルギーに日ごろから配慮しているものの、たまたま気づかずに微量のアーモンドを口にしてしまったとき、ひどく体調を崩した辛い経験が何度もあります。1日、あるいは数日がそれで終わってしまいます。
ローカルイベントを主催しているとき、または、参加して出店をしているときなど、飲食を伴うときには、「事故防止」の観点から表示をする習慣を身に着けてもらうと共に社会的な「啓発」の観点からイベント参加者へ知ってもらい地域社会に根づかせていくことも重要ではないでしょうか。
例えば、料理教室のテーマをヴィーガンにすることや、国際関係の講座でハラールを取り上げることから、本稿で紹介したような全体的な概要について学習することもできるはずです。地域の飲食店を対象として多言語メニューや食品ピクトグラムを使って表示物を作るワークショップもできます。あるいは、一般の住民が学習して、飲食店や市民社会に啓発する活動が生まれてもいいですよね。定例的なイベント(市民祭りなど)では毎年使えるような食材ピクトのラミネートなどをグッズとして作っておくのも便利です。
地域の日ごろの活動の中で、食制限や食事規定について扱えるチャンスは現状いくらでもあります。単にイベントを開催するのではなく、社会をソーシャルデザインの重要な機会としてイベントを捉え直してみると、本当はやるべきことが色々と見えてくるかもしれません。
食の多様性への配慮を進める取組は、多様性を活かし合う考え方であるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)と捉えられる。
ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)で示されているように、ローカルイベントを誰もが楽しむためには「エクイティ(公平)」な配慮が必要です。
さらには、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、ビロンギング(DEIB)で指摘されている「ビロンギング(帰属意識)」も欠かせません。イベントに参加しているときの安心感を醸成するためにも、食規定への配慮は欠かせない時代です。
今回は飲食の話でしたが、違いを肯定し、自然に受け入れ、互いを認め合い、活かし合う多様性の時代。ローカルイベントが、多様な人々が共に生きる地域社会づくりにつながることを期待したいです。
なお、誤解されがちですが、何もこの対応が必要なのは、外国人だけではないです。国籍に関係なく食制限や食事規定はあります。
つまり、食への考え方には個人差が大きいため、柔軟に考える必要があります。食の多様性への配慮を進めていくことは、家族や友人、まちの人、旅行者だけでなく、未来の自分を守ることかもしれない。
様々な人が暮らすこの時代において、ローカルイベント時のおもてなしのためには、マインド形成だけでなく、多言語対応、文化の理解、食制限や食事規定などの学習や活動も必要です。特に、本稿で紹介した食制限や食事規定は重篤な事故やアイデンティティに関わる重大なトラブルになる可能性が高いため、地域に根差して取組が進んでいくことを切に願います。
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