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PHFKP:股関節骨折後の膝関節疼痛

一言でいうなら、『想定外』
僕の大学院博士課程は、思ったものとは全然違ってしまった。
胸のうちには、色々な思いやら結果やらが、音を立てて渦巻いていた。
このnoteは、企画 #わたしの卒業論文 という機会を得て、それらをひとつ矢印に収束させるために、これからに向かうために、綴ったnoteである。


▶︎第1章:投球動作の研究を胸に大学院博士の門を叩いたのだが・・・

2022年3月、ぼくは博士課程を修了する、予定だ。
2019年〜2022年は、まさに、怒涛の3年間。
2019年、僕はある1つの野望を胸に、大学院博士課程の門を叩いた。
それは、『野球の投球動作における下肢筋シナジーを明らかにする』、という一大テーマだった。
(そこを詳しく説明すると膨大になるので割愛)
研究は、順調だった。
プログラミングを駆使して、投球動作中の下肢筋シナジーを明らかにする方法を確立し、予備研究の段階に入っていた・・・。
そこで、事件は起きたのだった。
世界中の人間にソーシャルディスタンスを強いた、『例のあいつ』がやってきたのだ。
僕の研究は、大学病院の各種機器が揃った場所でしか、行えない。
恐れてはいたが、ある日、指導教官から連絡が入った。

「大学病院での研究実施は、正式に不可能になった。どうする?」

こういうことが、「白紙になる」というのだと思った。
全部失敗したテーブルクロス引きみたいに、一瞬で、頭のテーブルは惨状になった。
その頭のまま、どうするか?、を考えた。
どっちにしても、プロ野球選手や大学野球選手を呼ぶことは、感染対策上、近々には不可能だ、そう思われた。
投球動作関連の研究は、凍結するしかない。
「苦渋の決断」とは、こういうものかと思った。
ここから、博士課程の第2章が幕を開けた。

幸いにも、僕はそこら中に興味を感じながら人生を送っている人間だ。
そのときも、たくさんの興味が頭の中にひしめいていた。その中で、感染などの問題から除外された興味以外で、ドラフト1位に輝いたテーマ。
それが、「股関節後の膝関節の痛み」(post hip fracture knee pain: 以下, PHFKP)だった。
股関節骨折後の患者さんを見ていると、股関節の骨折なのに、なぜか膝が痛くなる患者さんが、たくさんいた
偶然にも、その時期、何人も立て続いてPHFKPによって在院日数が延長し、治療に難渋した患者さんを経験していた。
全論文において、共同著者になっていただいたドクターとも、「一体、なんだろうね?」と首を傾げていた。
そして、その何人かのレントゲン画像を見ていて、感じたことがあった。
「あれ、頸体角の左右差、めっちゃデカくね?」
計測したら、ある患者さんなどは20度以上の違いがあったのだ・・・。
これがそのまま臨床疑問となった。
『PHFKPの発症は一般的なのか?、X線上の特徴は?、パフォーマンスはどうなる?』

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以下では、僕が博士課程の第2章で行った、大きく3つの研究を紹介する。

▶︎第2章-序の序:博士課程でpublishされた3本の論文

『4』。大学院博士課程の関連論文でリジェクトされた回数である。
ときに蹴られ、ときに殴られ、ごく稀に頭を撫でられたりした。
どの雑誌とも、編集者、査読者との間にドラマがあった。
それで、強くなった、強くしてもらった。今では、感謝だけが残った。
どの雑誌も、愛読雑誌だ。
以下、血と汗と涙で書き、直した、博士課程の3本の論文である。

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✅ 大学院博士課程における3つの研究論文(publishされた順)
📕 第一報:Kaizu et al. Journal of Orthopaedics 24 (2021): 190-193. 🔗 DOI, PubMed, Google ScholarResearch Gate(full text+)
📕 第二報:Kaizu et al. Geriatrics & Gerontology International 21.9 (2021): 830-835. 🔗 DOI, PubMed, Google ScholarResearch Gate
📕 第三報:Kaizu et al. PM&R. 2022 🔗 DOI, PubMed, Google ScholarResearch Gate

▶︎第2章-はじめに:PHFKPの背景と大学院博士研究の目的

ここでは、PHFKPに関するこれまでの先行研究をざっくり説明した上で、博士課程の研究目的を示す。

📗 ミニレビュー①:股関節骨折に関して
- 股関節骨折は高齢者や超高齢者に多く発生し、その75%は75歳以上で発生 (📕Tsuda, 2017 >>> doi.)。
- 2050年までに世界中で高齢者数の大幅な増加が予測され(📕Cooper, 2011 >>> doi.)、股関節骨折の問題がより重要となってくる。
- 股関節骨折者は、受傷後のリハビリテーションが必要であり、医療費の面でも大きな問題 (📕 Veronese, 2018 >>> doi.)。
😊 股関節骨折者の有する問題に取り組んでいくことが重要な課題である。

📗 ミニレビュー②:PHFKPに関して
- 高齢の股関節骨折手術後におけるPHFKPの発生率は28~37.4% (📕 Harato, 2015 >>> doi.; 📕Kim, 2018 >>> doi.)と報告。
- PHFKPの危険因子として、変形性膝関節症 (📕 Harato, 2015)や大腿骨転子部骨折(📕Kim, 2018)が明らかとなっている。
😊 以上より、①PHFKPとX線上の大腿骨骨形態の関連性②PHFKPと身体機能の関連性を明らかにすることが重要と思われた。

そこで、大テーマをPHFKPとした上で、3つの研究テーマを立てた。

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以下、研究1〜研究3のアブストラクトを和訳し、3つの論文を紹介していく。

▶︎第2章-研究1:大腿骨骨形態は、PHFKPの発生と関連するか?

📕 Kaizu et al. "Femoral morphology is associated with development of knee pain after hip fracture injury among older adults: A nine-year retrospective study." Journal of Orthopaedics 24 (2021): 190-193. 

🔗 DOI, PubMed, Google ScholarResearch Gate(full text+)

[背景・目的] 股関節骨折後の膝痛(Post-hip fracture knee pain:PHFKP)に関連する大腿骨の形態の違いを明らかにすることを目的とした。

[方法] PHFKPの発症と大腿骨形態との関係を明らかにするために、診療記録とX線検査をレトロスペクティブに検討した。股関節X線写真から脚長差(LLD)および頸体角差(NSAD)を測定した。

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[結果] 202名が登録され、そのうち64名(31.7%)がPHFKPを発症した。PHFKP群ではNSAがより内反位であった。大腿骨転子部骨折(γ-nailまたはCHS)では、NSAがより内反位であった。

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[結論] 大腿骨形態(NSA内反)はPHFKPの発症に関与している可能性がある。

▶︎第2章-研究2:PHFKPの発生に関与する独立した要因は何か?また、そのcut-off値は?

📕 Kaizu et al. "Predictors of post‐hip fracture knee pain in hospitalized older adults with intertrochanteric femoral fracture." PM&R. 2022. Now Accepted. 

🔗 DOI, PubMed, Google ScholarResearch Gate

[背景・目的] PHFKPは、歩行速度の低下や入院期間の延長の原因となる重要な問題である。大腿骨の形態は、PHFKPの発症に寄与すると報告されているが、独立した関連性は確認されておらず、臨床的に適用可能なPHFKP発症予測カットオフ値は不明なままである。大腿骨形態と膝伸展可動域制限がPHFKPの独立した因子であるかどうか、またPHFKP発症を予測するためのカットオフ値を決定すること。

[方法] デザインはレトロスペクティブ・チャートレビュー研究。回復期リハビリテーション病院で実施され、大腿骨転子部骨折手術後の回復期病棟入院中の患者を対象とした。主なアウトカム評価項目は、PHFKPの発症、X線写真による大腿骨形態(脚長差、頚軸角度)、膝伸展可動域制限であった。

[結果] 登録された103名の患者のうち36名(35%)にPHFKPが発症した。PHFKP群は非PHFKP群に比べ、入院期間が長く(P=.029)、体重が多く(P=.031)、膝伸展可動域制限が大きく(P=.001)、大腿骨頸体角の内反が大きく(P<.001)なっていることが示された。頸体角内反(オッズ比0.851、95%信頼区間[CI]0.78-0.92、P<.001)および膝伸展域制限(オッズ比1.180、95%CI、1.07-1.30、P=.001)はPHFKP発生の独立した要因であった.頸軸角の左右差と膝関節伸展可動域制限は、ROC分析によると、PHFKP発症の判別に中程度の精度を示し、カットオフはそれぞれ9.6°と7.5°であった。ROC曲線下の面積は、頸体角の左右差で0.771(95%CI、0.664-0.877、P<.001)、膝伸展域制限で0.673(95%CI、0.556-0.790、P=.004)であった。

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[結論] 頸体角内反位と膝伸展可動域制限は、PHFKPの独立した予測因子として同定された。頸体角内反位のカットオフ値は、PHFKPの発症を予測し、PHFKPを予防するための許容骨折角度を定義するために有用であると思われる。

▶︎第2章-研究3:PHFKPの発生は身体機能に影響を及ぼすか?

📕 主論文:Kaizu et al. "Inpatient knee pain after hip fracture surgery affects gait speed in older adults: a retrospective chart‐referenced study." Geriatrics & Gerontology International 21.9 (2021): 830-835.

🔗 DOI, PubMed, Google ScholarResearch Gate

[背景・目的] PHFKPは、股関節骨折患者の28~37.4%に発症し、入院期間の延長の一因となる。バランスと歩行速度の低下は転倒の一因となるが、PHFKPの影響は不明なままである。本研究では、PHFKPがバランスと歩行速度の要因になるかどうかを明らかにすることを目的とした。

[方法] 股関節骨折後の患者のカルテをレトロスペクティブにレビューした。PHFKPの発症、基本情報、身体機能を調査した。退院時にBerg balance scale(BBS)および最大歩行速度(maximum walking speed: MWS)を収集した。これらのパラメータをPHFKPの有無と比較した。さらに、BBSとMWSを従属変数とし、PHFKPを独立変数の1つとして多重分析を実施した。

[結果] 登録された146名の患者のうち43名(29.5%)がPHFKPを発症し、PHFKP発症患者の37.2%が退院時に症状が残存していた。PHFKPの強度はほとんどが軽度から中等度であった。PHFKP群では、対照群に比べ入院期間が延長し(+13.3日)、施設退院が多い傾向が見られた。膝伸展可動域制限、膝伸展筋力、BBSは群間で差がなかったが、MWSはPHFKP群で有意に低かった(0.85 ± 0.32 m/s vs. 1.07 ± 0.39 m/s)。多重解析の結果、PHFKPの発症はBBSと関連がなかったが、MWSの低下と関連があった(標準化ベータ値=-0.202、P=0.005)

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[結論] PHFKPは歩行速度低下の独立した因子として同定された。PHFKP患者は、リハビリテーション中に歩行速度が低下していないかモニターする必要がある。

▶︎第3章がはじまる・・・🌸

ぼくは、投球動作の研究で博士になる、そう思っていた。
だが、想定外のあいつがやってきて、いろんな状況をいっぺんに変えてしまった。
いまなお、変え続けている。
この想定外が、ぼくの非利き足に駆動を迫った。
それによって、僕は股関節骨折や、それに対する画像評価の世界的な動向やスタンダードを知り、さらに世界の第一線を少しだけはみ出した。
「捨てる神あれば拾う神あり」とはこのことか!、とつくづく思う。
総合病院に勤務する理学療法士として、とても役に立つ脚力がついたのだから。

もちろん、きたるべき時には、凍結している投球動作の研究を始動する!!!
あれに費やした時間や没頭は真実で、見えない種は、見えない蕾にまで成長していることを感じる。
この手で、花を咲かせ、結実させなければならない。
みんなに見えるように、みんなが使えるように。
とにかく、丁寧にやっていきたいと思っている、いまは。

2022年3月23日
ぼくは博士になる。
変わらない、やることは。
少しだけ背の荷物が重くなる、それだけだ。
おだやかな春風が、吹きとおっている。
颯々と、歩いてゆくさ。

人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し。
いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。
こころに望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基。いかりは敵とおもへ。
勝事ばかりを知りてまくる事をしらざれば、害其身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過たるよりまされり。

徳川家康

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自己紹介: My profile
😊 海津陽一, Yoichi Kaizu
🇯🇵 総合病院(回復期病棟)に勤務する理学療法士です。
臨床現場と臨床研究を縦横無尽に行き来する、トランスレーショナルな理学療法士を目指しています!
高校野球部トレーナー / 2児の父 / 群馬県
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