風俗のお客さんが私に教えてくれたこと
風俗嬢をやっていた時、私にもリピーターと呼ばれるお客さんたちが居た。
出勤するごとに予約を入れてくれる「太客」や、給料日後に決まって来てくれる人、出張で近くに来た時お店に寄ってくれる人・・・。年齢も職業も様々だったけど、風俗嬢にとって指名客はなにより大切と言っていい。
それはもちろんお金になるという結果があってこそだけど、「私に会いに来てくれる」という行為そのものが、風俗という職場で働くうちに崩れかけた私の気持ちを何度支えてくれたか分からない。自分の精神管理・体調管理と同じくらい、指名してくれる人は私にとって大切な存在だった。
もちろん「仕事」という枠を超えることはないから、「この人と会うとちょっと疲れるな」とか、「あんまり得意じゃないな」とか、そう思う時も結構ある。心の中で毒づいてはキリキリする日もあったけど、不思議なもので、会う回数を重ねていけば「この人はこういう人なんだな」と慣れていく。基本的に「指名してくれる」という行為は「好いてくれている」ことに近いから、自分を好きで居てくれる人を、人間は無下には思わないようにできているらしい。
お客さんが私に教えてくれたことはたくさんある。
私の知らない世界、たくさんの知識、男という生き物について。人は人を通して旅に出られる。行ったことのない南アフリカも、やったことのない仕事も、だれかが経験していて私に話してくれたとき、その景色を頭の中に浮かべることができる。本を読むのと同じ感覚。「経験したような気分」に過ぎないのだけど、意気揚々と話されれば話されるほど、それらのエピソードは私の体の一部になっていく錯覚を覚えた。
こういった「旅」を始めとし、お客さんに教えてもらったことは数々あれど、今も私の心に深く残っているのは知識でも記憶でもない。
自分を「客観視する」という、生きていく上でとても重要なことだった。
風俗嬢は自分自身が売り物だから、お客さんは結構 率直な意見を言ってくる。指名してくれている限りほとんどはポジティブなものだけど、ズバズバと言われることによって「自分は男の人からそう見えているんだな」という新しい気付きになった。
分かりやすいことから言えば、外見のこと。当時の私はロングヘアーだったのだけど、ある日とあるお客さんから「有村架純に似てるね」と言われた。単純バカな私は超有頂天になって、実家に帰った時、母に「有村架純に似てるって言われたの!」と得意げに話したものの「・・・髪型だけでしょ」と一蹴。やっぱそうだよね、勘違いだよね。あのお客さんは眼科に行った方がいいし、素直に喜んだ私も とんだ幸せ者だわ。そう思ったけれど、そのあとにも何度か「誰かに似てると思ったけど・・・」という前置きとともに言われることがあったから、人によっちゃあ うっすらそう見えるんだなと、その人たちの視力に感謝すらした。(有村架純さんのファンの皆様、ごめんなさい。)
内面のことも「気分屋だよね」「頑固だよね」とずばずば言われることがあった。私はそのたびに悪口か!?と思っていたのだけど、物好きなお客さんから言わせると「そこがいい」らしく、自分を受け入れてくれるターゲット層というか、「私はこういう男の人になら好かれるんだな」といった統計が取れるようになっていった。
「自分は周囲からどう見られているか」という客観性は、そのあとの人生で何度も役に立った。たいてい組織の中で反感を買う人は「自分をわかっていない」ことが多いと思う。二人で話してみると「なんだ、いい人じゃん。勘違いされやすいだけなんだな」といったことがしばしばあったから。自分が見えている自分と、周りから見えている自分は、時に全く違うのだなあと思う。
うっすら有村架純似の気分屋で頑固な風俗嬢だった私は、「人からどう見られているか」を意識して過ごすようになった。もちろん家に居る間はそんなことを考えちゃいないし、いかんせん頑固なので「自分の好きなようにやる」というのが人生の大テーマであるのだけど、職場という組織で過ごす時には「この行動をとれば、周りはこう思う」といったことを自然と考える癖がついた。これがいいのか悪いのかはさておき、ずいぶん生きやすくなったとは思う。
自分を客観視できないことは幼さに直結しているような気もする。「自分のことを理解できていない」のは子供と同じ。自分を知ってこそ、生き方や働き方、人との関わり方が上手になる。だから、当時のお客さんからズバリズバリと言い当てられた事々に、今も感謝しきり。家族や友達から注意されるのとはまた違う、「女」というフィルターを通しての私。
「自分を客観視する」ことは、「自分と向き合う」ことに近い。商品として自分を売り続けた末に、見えたもの。客観性という武器は私を少しだけ大人にしたし、社会での生きやすさを与えてくれた。
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