masako

フィンランド語を憶え途中。

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フィンランド語を憶え途中。

    最近の記事

    チャンチャンコと土手と

     私は長いトンネルを通って家へ帰る。  今、あなたの頭に浮かんだトンネルの長さよりも長めのトンネルを通って家へ帰る。トンネルの中はいつもひんやりだ。外の音も遮断されてぞわりと静かだ。トンネルの先の先の先に丸い外が見える。丸い外は葉っぱや草の緑色。だから丸い外からトンネルを抜ける風は濃い緑色の匂いがする。葉っぱの匂い。草の匂い。それは過去を連れてくる。淡い過去を含んだ風が私のほっぺたに、おでこに、首にぶつかる。  幼かった私は自分のことを「まあちゃん」と呼んでいた。迷うこと

      • ゾンビちゃん

         ゾンビちゃんには、名札に印字された立派な名前があったけれど、墓場でばかり遊ぶものだから、みんなからは「ゾンビちゃん」と呼ばれていた。  ゾンビちゃんは、そう呼ばれるのを気に入っていた。私にぴったりだし、クールだ。と思った。  ゾンビちゃんのパパはお花屋さんだった。お花は生きてるから、大切に大切に育てていても、なよなよなよと、しおれてしまう日がくる。ゾンビちゃんは、そうしたお花たちをそーっと、そーっと、束にして、淡い桃色のリボンで花束を作った。そして、それを両手で抱えると、

        • 百菓日記⑤

          百菓日記  ママの日記帳を見つけた。  チョコレートの箱を開けたら『真希日記』と表紙に書いてあるノートが十三冊入っていた。カラフルな秘密の匂いがした。  『真希』の名がママのことだと気づくのに数秒かかった。  今日は大晦日で朝っぱらから大そうじをしていた。ママは「常連客のみなさんはいつも通りに来るはず」と言って、『喫茶店おはぎ』を開いていた。  おばあちゃんが始めた『喫茶店おはぎ』の二代目の主人がママで、ママは『喫茶店おはぎ』をこよなく愛していた。パパは私が生まれたときか

          • 百菓日記④

            サタースウェイト氏  七月十九日、こわいくらいの入道雲。  明日から夏休み。  怠け者の私だけど、夏休み中は毎日読書部だ。だって、私は部長で副部長で鍵長だから。  図書室にひとりは広すぎるなー。  夏休みの始まる朝。読書部に行く前にママの喫茶店の開店準備を手伝おうと、真希は裏戸を開けた。そのすぐそばに、緑色の眼をした猫がいた。  メタリックな灰色の毛をまとい、猫は真希を見据える。  真希も負けじと見据え返しながら、頭の中で連想した。はしごを登るような感覚で、昨日読み終わっ

            百菓日記③

             自動販売機の妖精  旧校舎は、ひんやりと不気味で、真希はそれが気に入った。  中学生になって早一か月。ぶかぶかな制服は、まだ身体に馴染んでいなかった。  真希は不純な動機で、読書部に入部した。  五月八日、空が蒼い。  今日も読書部。アガサ・クリスティーの『スリーピング・マーダー』読む。  それにしても、他の部員を見ないから、読書部って三人だけなのか。堀北先輩が部長で、木村先輩が副部長で、私は鍵長。戸じまりが鍵長の仕事だって。堀北先輩は、だいたいいつも眠ってる。ぶ厚い『

            百菓日記②

            お正月と赤飯  十二月三十日、空気冷え冷え。  年賀状を書き終えた。十二月に入ったら書こうって思ってた。冬休みが始まったら書こうって思ってた。クリスマスまでには書こうって思ってた。思い通りにいかないことって、いっぱい。  もうひとつ、ふたつ、眠ると、お正月だった。  真希は顔が出せる分だけ窓を開けると、冬の空気が満ちている外へ思い切りよく頭を突っ込んだ。ほっぺたを冬が触っていく。真希は目を閉じた。耳にしんしんしんと冬が聞こえる。おでこがカチンコチンになるまで待って、頭を部

            百菓日記①

            おいていかないで  六月九日、曇り。  家庭科でエプロンを作った。水色生地に白色の水玉。ママにあげた。そうしたら、ママの目がうるうるうるってしてきて、焦っちゃった。  エプロン作った生地の余りで、猫を作った。手の大きさの猫。綿詰めて、ふわふわの猫にしようと思ったけど、給食の時間になって、平べったいままの猫ができた。キラキラの金色の目玉にした。何が映っても、キラキラに映ると思ったから。  オレは水色と白色の水玉猫。クールな猫だ。体は平べったくて、八センチ。キラキラ金色の目玉

            眠れずの夜

             ぱすんっ。カセットテープが終わりを告げた。  汐里は布団から片手だけ伸ばし、カセットテープをひっくり返すと『聞く』のボタンを押した。夜の深海をカヒミ カリィの声がきらきら泳ぐ。今夜、同じ動作を七度くり返していた。汐里の冴えた頭が計算する。片面三十分のカセットテープだから……あー、三時間半寝返りばかりしてるのか。  充血色した月の下。いっそ起きてしまった方がいいような気もする。いや、昨夜そうしたんだ。そしてそのまま朝が来るのを待っていたのだ。汐里は眼に突き刺さるような眩しい朝

            アイドルのみぞ知る④

               始まりの夜明け  十二月、年暮れて。年明けて、一月、二月。冬がうるさくない目覚まし時計のように、春を起こそうとしている。でも、まだまだ春は眠いみたい。  夕暮れの空と夜明けの空は、色が似ている一瞬がある。空が淡い淡いピンク色に染まる時。淡いピンク色は長くとどまることがないから、淡いピンク色の空は私をうれしくさせる。  手袋した手をコートのポケットに突っ込んで学校へ向かう。冬の道はどこか少し早足になる。  教室へ入ると、後ろにあるストーブへと近づく。そこに後藤の丸めた

            アイドルのみぞ知る③

            青春を眺める  昨日の夜の彼の言葉が頭の中でこだましてる。 「ぼくのアイドルは君だけだ。これから先も君だけだ。だから結婚してほしい」  彼はそう言った。  昨日の夜もいつもと変わらない夜だった。テストの採点やらなんやらで、学校を出たらレモン色の月明かりが夜を照らしていた。私は当たり前の日常のように、彼の『パン屋大福』へ向かった。  彼は奥のキッチンで、カフェオレを飲みながら本を片手に私を待っていた。毎晩、そうして待っていてくれる。  私がキッチンへ入っていくと、甘いホット

            アイドルのみぞ知る②

            知らないでいて  美術室の窓からレモン色の月を見ていた。  もう、夜なのか。  美術室には私ひとりだった。そういえば「黒木さん、鍵よろしくー」って、先輩に言われたような。  絵を描いてると時間が速く速く過ぎていく。画用紙に好きなように広げた妄想の世界へ絵の具で色を落としていく。心が静まる気がする。潜水艦で海の底、深く深く沈んでいく感覚に包まれる。潜水艦も、海の底も、知らないけど。  美術室の窓の外は夜色。冷たくて美味しそうなレモン色の月が私を見下ろしていた。  日曜の朝は

            アイドルのみぞ知る①

             ぼくのアイドル  ぼくのめがねのレンズの向こう。ぼくのアイドルが見える。  ぼくのアイドルは少し背伸びしながら黒板を消している。ぼくはアイドルの背中を見つめる。やわらかそうな長い髪。黒板消しをパンパンしてチョークの粉が舞い、アイドルが顔をしかめる。  ぼくのアイドルは黒木陽菜。中学一年の秋に転校してきた。意識するより先に、気づけばぼくは黒木陽菜をいつも見ていた。  美術部の黒木陽菜が四角い小さなバケツにパレットや絵の具や筆を入れて、廊下を歩いていく。ぼくは書道部だけど、

            プールサイドの夫婦

             三週間ほどの短い旅に理由がいるだろうか。先ばかり数えて生きるのを小休止するのに三週間はほど好い長さだ。  私の旅は、深夜映画が連れてきた。深夜に観たモノクロの映画は、南仏の太陽をやわらかくキラキラ映した。モノクロなのに空が蒼かった。行ってみたい。ただ、そう思った。  こんなふわふわした理由の旅なんて、おばあちゃんに叱られそうだ。でも、そのおばあちゃんもとうに死んでしまった。おばあちゃんが生きている間におはぎの作り方を教えてもらえばよかったと、この頃よく思う。  パスポート

            潜水艦な青春

             真っ黒な空を潜水艦で泳ぐ。  真っ黒な空を。  潜水艦で。  泳ぐ。  そんな青春だった。  制服時代を脱ぎ捨てた。高校を中退したのだ。散らばった言い訳を集めても立派な理由には、なりそうになかった。  コーヒーをドリップ式で淹れながら喫茶店の開店準備をしているママに、そのことをおちゃらけて告げたら、ママは何も言わず、ただ私を抱きしめた。背中に感じるママの手が怒っているのか、泣いているのか、分からなかった。  喫茶店の端っこでママを手伝うでもなく、小説を読みふけり、コーヒ