彼女を見ていた①
彼女と初めてした会話をとてもよく憶えている。
私は美術室でパレットを洗っていた。水しぶきが飛ばないように静かに水をパレットへ落とす。
パレットの上で赤色と紫色が混ざった。
何かに似ている。そう思ったとき
「生理の血みたい」
彼女の声がそばで聞こえた。
「それだ」
私が答えると、ハハハと彼女が笑った。
彼女は低めの乾いた声色でハハハと笑う。
昼休みにC組のベランダを覗くと彼女が一人でチョココロネを食べていた。
私はさらりと彼女に近づく。
私たちの声と言葉は辿り着く場所を知らず、風に乗って消えていく。
「昨日のラジオ聴いた?」
「聴いた。聴いた」
私は彼女を見ていた。
「昨日さ夜中にテレビで映画やってて」
「ポアロ?」
「そーそー」
「ポアロって、ポワロ?ポアロ?」
「音的にはポワロ。文字的にはポアロかなー」
「あー」
「デビッド・スーシェのエルキュール・ポアロが好き」
「シャーロック・ホームズはジェレミー・ブレットだし」
「ミス・マープルはジョーン・ヒクソン」 「ま、そうなるな」
スーっと、息を吸う音がして彼女を見た。
彼女は時々何かと戦っているような顔をする。
私は、彼女を見ていた。
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