百菓日記②
お正月と赤飯
十二月三十日、空気冷え冷え。
年賀状を書き終えた。十二月に入ったら書こうって思ってた。冬休みが始まったら書こうって思ってた。クリスマスまでには書こうって思ってた。思い通りにいかないことって、いっぱい。
もうひとつ、ふたつ、眠ると、お正月だった。
真希は顔が出せる分だけ窓を開けると、冬の空気が満ちている外へ思い切りよく頭を突っ込んだ。ほっぺたを冬が触っていく。真希は目を閉じた。耳にしんしんしんと冬が聞こえる。おでこがカチンコチンになるまで待って、頭を部屋へ引っ込めた。
静かな静かな、年暮れの夜。
十二月三十一日、空色一色の晴れ。
なんだか朝からおなか痛いな。なんだか変な感じ。
ママの喫茶店の大そうじして。家の大そうじして。ママは私が作ったエプロンしてシャカリキハリキリだし。おなか痛いなんて、言えない。
真希の母、由紀恵が営む『喫茶店おはぎ』は、年末年始もお休みしなかった。常連客が普段の顔でやって来るのを、由紀恵は凛とした様子で迎えた。
由紀恵は、一人娘の真希と『喫茶店おはぎ』の空間に集う常連客たちをこよなく愛していた。
町はずれにひっそりとある『喫茶店おはぎ』の店内は、ほど好い静けさとほど好い温度が保たれている。メニューは多くない。コーヒー、カフェオレ、紅茶、緑茶、ハーブティー、ココア、ミルク、シャンパン。つぶあんおはぎ、こしあんおはぎ、きなこおはぎ、ごまおはぎ。これで、全部だった。
由紀恵が毎朝もち米を炊くせいろが、大晦日の朝に美味しそうな湯気を放つ。
年越しが近づく冬空は少しずつ夜色に染まり、普段顔の常連客たちが一人、二人と帰って行った。
「よいお年を」
「よいお年を」
冬の夜は氷の音がする。
真希のおなかの変な感じは続いていた。ズーンズーンと言っていた。由紀恵はおはぎを作るせいろで赤飯を炊きながら、年越しそばを茹でていた。
りんご。みかん。年越しそば。お正月を祝う赤飯。由紀恵のシャンパン。真希のカフェオレ。由紀恵と真希はこたつに入り、前の年と同じような年越しに、心地よさを感じた。あと一時間とほんの少しで年が明ける。
録画しておいて見そびれていた映画と楽しい夜更かし。遠くの方で厳かな除夜の鐘がゴーンゴーン。真希のおなかはズーンズーン。
一月一日、まだ空は夜明けの途中。
あけましておめでとう。
生理がきた。初めての生理。血の色が濃くて、生理だって気づくまで身体が固まっちゃった。生理用ナプキン。使う日がくるなんて。突然くるって、明菜の言った通りだったな。買っておいてよかった。
なんか、うれしいような。さみしいような。ママ、どんな顔するかな。ママの寝顔って、子どもみたい。
真希が日記を書いている。すぐそばで由紀恵はこたつに入ったまま、深い眠りの中にいた。右手はナゼか、りんごをつかんでいた。
初日の出が元旦の空を眩しく飾っている。
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