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「いなくなくならなくならないで」向坂くじら。身に覚えのある残酷さ。血の味がします。

「いなくなくならなくならないで」
向坂くじら 著。
2024年7月中旬、河出書房新社より発売予定。

大学生の主人公、時子には高校時代に突然姿を消した親友 朝日を心にずっと抱いて生きている。
ある時、時子の携帯が震える。相手は朝日。死んだと思っていた朝日からの電話だった。その日から奇妙な共同生活が始まる。
朝日は幽霊…なのか…?? 

表情の見えない人というのは、そこに確かにいるにもかかわらず、いない人とわずかに似る。

「いなくなくならなくならないで」
向坂くじら

朝日そのものだなと感じた一文だ。

時子と朝日の蜜月は長くは続かない。同居は解消されるのか?
時子が社会人となり実家に戻ることになっても朝日はついてくるのだ。

嬉しく愛おしく、それでいて邪魔な存在。朝日のことを矛盾した気持ちで眺めることに時子は葛藤する。時子の胸(心)は高校時代の親友の喪失により抉れたままなのだ。その穴を埋められるはずの当の朝日に複雑すぎる感情を持ち続ける。

時子の抉れた胸を埋めるものは、浜辺の石でも親友の朝日でもなく、実の家族でもない。
埋められる何かを探して探して、身近な人をめった斬りにしても飽き足らず、実際に生傷を作って闘ってみてもその答えはみつからない。

洋服は混乱し、時子の家族や友人関係までぶち壊し、残酷な言葉を生血のように欲する、朝日。
高校時代の生きたいような死にたいような、進みたいような捨て去りたいような虚無感や衝動は生活の中で形をかえていくのに、
その時代にとどまったままの朝日に、両足首を握られたような心地。

身勝手な感情が湧いては抑えて、を繰り返す時子。
ああそうだ。その感情は知っている気がする。
切実に求めているのに、目の前に現れればこれじゃなかった、のかもしれない。と逃げ腰になるのだ。
どっちなのかと尋ねられてもそんなのわからない。

全てを白日にさらす存在でありながら、白くて大きくて本当のところは何も見えない朝日。
懸命に見ようとするが決して実態は明らかにならない。そこにいるのにいない心地。
ホラーではないのに、これぞホラーという感じもある。

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タイトルを初見して脳内再生されたのは槇原敬之さんの「もう恋なんてしない」。

もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対

槇原敬之「もう恋なんてしない」

「どないやねん!どっちやねん!」とHEY!HEY!HEY!でダウンタウンが突っ込んでいたのを瞬時に思い浮かべた。
若い頃の残酷さを歌詞と楽曲で中和した曲なんだな、とこの小説を読んで改めて感じた。
どっちやねん!と言われてもどっちでもありどっちでもない。そんな感覚の小説。
読んでみてください。血が出るよ。


第171回芥川賞候補作品

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