すだちくん

田舎者。

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最近の記事

ハリウッドの異端児が撮った、制作の内幕 / 「ザ・プレイヤー」

マーティン・スコセッシがヒット作を上手に仕上げる監督だとすれば、映画の中でいろんなことを実験していた監督といえばロバート・アルトマンだろう。撮影が終わった後に音を付け足したり、複数のストーリーを同時に展開させる(これをハイパーシネマという)など、ジャンルも技法も常に新しいことに挑戦していた。現在活躍しているポール・トーマス・アンダーソンやウェス・アンダーソン、イニャリトゥなど、錚々たる監督たちがアルトマンから影響を受けたことを公言している。ただ、こうした本人の姿勢は当然のこと

    • これもまた歴史の1ページ / 「アイリッシュマン」

      才能豊かな映画監督マーティン・スコセッシの作品の中でも、2019年の「アイリッシュマン」は特に素晴らしい。これは、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシというイタリア系の俳優の"御三家"が揃い踏みしているマフィア映画でありながら、アメリカの歴史を別の視点から眺めた一作だ。スコセッシ監督作の「グッドフェローズ」や「ギャング・オブ・ニューヨーク」とはそこが異なる。 1950年代のフィラデルフィア。フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)というアイルランド系のトラック

      • 映画館で公開されなさそうな映画が良い / 「眠りの地」

        ミシシッピ州で小さな葬儀社を営む主人公(トミー・リー・ジョーンズ)が、契約のイザコザから葬儀の業界大手を訴えるーー。これだけを聞けば、観てくれる人は少ないのかもしれない。だが、こうした映画こそ学ぶべきことが多い。Amazonプライムで配信されている「眠りの地」だ。実話に基づく本作で敏腕弁護士を演じるのはジェイミー・フォックス、ハマり役である。観てほしい映画なので、以下にいわゆるネタバレは書かない。 白人による黒人差別を描いた映画はたくさんあるものの、この作品はそこに留まらず、

        • ケンタッキーを食べすぎた話し方 / 「ナイブズ・アウト」

          どこの国の言葉にも方言があるように、アメリカ英語にも訛りがある。 「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」を観たとき、ダニエル・クレイグ演じる主人公のブノワ・ブランの英語を聞いて強い違和感を覚えたのは、それが南部訛りだからだった。アクセントコーチを付けて練習したそうだ。 南部訛りを大雑把に言えば、テキサス州からノースカロライナ州にまたがる地域で話されている方言で、イギリスから移民した当時の英語の面影を残しているという。母音を長めに伸ばしたり、rの発音が抜け落ちるなど、その特

        ハリウッドの異端児が撮った、制作の内幕 / 「ザ・プレイヤー」

          アメリカのジェームズ・ボンド / 「インディ・ジョーンズ」

          インディ・ジョーンズという名を聞くと、子どもの頃を思い出す。テレビの下の棚に積まれていたビデオテープの中から、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」と、その続篇の「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」をよく再生していた。エジプトやインドなど世界各地が舞台なので"こんなところに行ってみたいなぁ"という気分で"インディアナ"の冒険を楽しんでいた。映画俳優のなかでも僕がいちばんよく見た顔はハリソン・フォードだろう。 さて、こんな風に考古学に憧れてい

          アメリカのジェームズ・ボンド / 「インディ・ジョーンズ」

          知らないことは反省もできない / 「ディア・ハンター」

          3時間にも及ぶ大作なんて、よほどの作品でなければ観る気もしないだろう。 「ディア・ハンター」はそんな傑作の1本だ。 スラヴ系アメリカ人の若者3人がベトナム戦争へ出征し、それぞれ異なる人生を歩んでいくことになる様を描いたこの映画は、劇中のロシアンルーレットのシーンであまりにも有名になった。ちなみに、著名なジャーナリストから、ベトコンが捕虜とロシアンルーレットをしたなんて話は聞いたことがない、と批判されてしまったが、これは映画である。誤解した人も少なくないかもしれないが、そのくら

          知らないことは反省もできない / 「ディア・ハンター」

          キリスト教の空に? / 「ショーシャンクの空に」

          映画が好きだという人と話していると、かなり高い割合で会話に登場する作品が「ショーシャンクの空に」だ。僕は大学生の頃、周囲の映画ファンがしきりに本作を勧めるものだから、反発するようにしばらく観なかったほどだ。無実の罪で投獄された男が刑務所で耐えて、やっと解放される、というシンプルな筋書きも然ることながら、主演のティム・ロビンスとモーガン・フリーマンがハマり役だったことも大きい。本作については多くの人が語ってきたと思うので、僕は日本人が気付かないであろう事柄にしぼって書く。 まず

          キリスト教の空に? / 「ショーシャンクの空に」

          【超解説】 「オデュッセイア」はパイレーツ・オブ・エーゲ海

          この noteを始めて1ヶ月ほど、ふとした時に「映画でよく引用される小説は何だろう」と考えていた。聖書を除けば「白鯨」と「闇の奥」は間違いなく頻繁に言及されているので、リンク先の記事に書いた。ところが今日、クルマを運転している時に気付いた。「オデュッセイア」だ。小説ではないし、引用ではなくモチーフとして用いられているので見落としていた。 古代ギリシアの叙事詩にして、"名前は知っているけど読んだことない本ランキング"のトップ10に必ず入る長篇だ。これを読破したことのある方はほと

          【超解説】 「オデュッセイア」はパイレーツ・オブ・エーゲ海

          なんでそんなに必死なの / 「ミッション・インポッシブル」

          ブルース・ゲラーという名を知る人はほとんどいないだろう。イェール大学で心理学と社会学を専攻して卒業したこの男が、1966年にCBSで Mission: Impossible (邦題はスパイ大作戦)というテレビドラマをプロデュースした。言わずと知れた映画「ミッション・インポッシブル」シリーズの生みの親と呼べる人物だ。しかしゲラーは今日の大成功を見ることなく、1978年に大好きだった飛行機の操縦をしている最中に墜落事故で亡くなった。 ミッション・インポッシブルは、IMFと呼ばれる

          なんでそんなに必死なの / 「ミッション・インポッシブル」

          1人でいることが嫌だからじゃないの? / 「ロブスター」

          映画「哀れなるものたち」の感想がいくつもnoteに書かれているので、この作品を監督したギリシア人、ヨルゴス・ランティモスの出世作「ロブスター」について徒然なるままに書きたい。 こういう映画を大雑把に表現しようとすると、英語なら dystopia とか absurdity などの単語がすぐに思い浮かぶのだが、どちらもこの列島には存在しない形式なので、"暗黒郷"だとか"不条理"などの見慣れぬ単語をつかって翻訳することになる。 要するに、世の中の不具合や人間への抑圧を誇張した架空の

          1人でいることが嫌だからじゃないの? / 「ロブスター」

          あえて触れない描法 / 「グランド・ブダペスト・ホテル」

          シュテファン・ツヴァイクという名の作家をご存知だろうか。 主にオーストリアで生活していたユダヤ人で、おそらく第二次世界大戦前のヨーロッパ大陸でもっとも有名な作家の1人だ。ドイツ語で著作を発表していたので、大学でドイツ語を学んだ方は名前に聞き覚えがあるかもしれない。僕は第二外国語がドイツ語だったし、戦前から戦後にかけてのヨーロッパの書物をたくさん読んだので、”ずいぶん名前がよく出てくる奴だな”と思っていた。 さて、ウェス・アンダーソン監督の「グランド・ブダペスト・ホテル」は、エ

          あえて触れない描法 / 「グランド・ブダペスト・ホテル」

          理系離れの原因は教職課程です

          上掲の画像が何なのかお分かりだろうか。ドブに落ちたパインアメではない。 これは2019年に発表された、M87という銀河の中心にあるブラックホールの photon sphere (光子球)である。人類が初めてブラックホールを”間接的に”目撃した瞬間だ。かつて物理学を専攻していた僕は何とも言えない感慨に耽った。 ここで”間接的に”と書いたのは、光子球のなかの黒い部分(俗にシャドウと呼ぶ)は黒い球があるということではなく、そこから一切の情報(光)が得られないことによる黒だ。ニュート

          理系離れの原因は教職課程です

          【超解説】 「フルメタル・ジャケット」とは人間のこと

          トロイア戦争からユーゴスラヴィア紛争に至るまで、あらゆる戦争が映画の題材となってきたが、スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」は傑作と言える”戦争映画”の一本だろう。 しかし、僕はこの映画を戦争映画とは思わない。これは人間の姿をじっと見つめた哲学書のような作品だ。この映画が公開される直前、オリバー・ストーン監督「プラトーン」が発表されているが、こちらは戦闘における人間の醜さを描いた名作であり、上映時間の大半が戦闘状態なので戦争映画と呼ぶに相応しい。一方「フ

          【超解説】 「フルメタル・ジャケット」とは人間のこと

          スペインは”なんでもないよ”のお国柄 / 「レッド・クイーン」

          さて、こんな列島は放っておいてスペインの話である。 数年前、スペインのテレビドラマ「ペーパーハウス」が世界中でヒットした。8人組の強盗たちが綿密な計画を立て、人質をとって造幣局に立てこもるーー、という筋書きなのだが、僕は第7話あたりで脱落してしまった。あまりにも登場人物たちが idiota (バカ)すぎて、見るに堪えなくなったのだ。このnoteを始めるよう僕に勧めた人に、もう観ていられないと言ったら、その人も途中で観ることをやめていた。 テレビドラマはどうしても続篇を作りたい

          スペインは”なんでもないよ”のお国柄 / 「レッド・クイーン」

          あらゆるものの用途を間違える才能に気付いていない日本人

          たとえば「戦場のピアニスト」にせよ「ソフィーの選択」にせよ、ナチスとその影響を扱う映画は山ほどあるが、この列島の観客の大半はナチスについてほとんど知識を持っていないだろう。いくらフィクションとはいえ現実の世界に基づいた話なのだから、ある程度の知識があった方が良いことは誰でも分かると思う。このように、何かを上手に受け取るには素地が要る。そんなのめんどくさい!という方のための”ムービー”なら溢れているものの、そうした娯楽すら他の映画のパロディをしていたり、言葉遊びをして観客を笑わ

          あらゆるものの用途を間違える才能に気付いていない日本人

          保身だらけのこんな世の中じゃ / 「羅生門」

          日本列島の歴史をじっと眺めていると、なんでそうなるの、と言いたくなるようなことが山ほど起きている。たとえば、有名な例を挙げると、「真珠湾攻撃はなぜ奇襲にすると決定されたのか」という問いに誰も答えることができない。日米交渉をしながら12月1日の御前会議で開戦が正式に決まるものの、そもそも外務省は11月から宣戦布告の有無を含めて検討していたし、一方で海軍の幹部は8日開戦であると把握していた。11月27日の大本営政府連絡会議までの間に、誰かが、開戦するということと、奇襲するというこ

          保身だらけのこんな世の中じゃ / 「羅生門」