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スペインは”なんでもないよ”のお国柄 / 「レッド・クイーン」

さて、こんな列島は放っておいてスペインの話である。
数年前、スペインのテレビドラマ「ペーパーハウス」が世界中でヒットした。8人組の強盗たちが綿密な計画を立て、人質をとって造幣局に立てこもるーー、という筋書きなのだが、僕は第7話あたりで脱落してしまった。あまりにも登場人物たちが idiota (バカ)すぎて、見るに堪えなくなったのだ。このnoteを始めるよう僕に勧めた人に、もう観ていられないと言ったら、その人も途中で観ることをやめていた。
テレビドラマはどうしても続篇を作りたいという下心ありきで放送されることがほとんどなので、シーズン1にあれこれと後に役立ちそうなトラブルの種を蒔いておきたい事情は察するが、「ペーパーハウス」に関しては登場人物たちの”バカ”がエピソードを複雑にする契機となっているので、”これではバカの家だ”と白けてしまった。
しかし、今年から Prime Video で配信されている「レッド・クイーン」は出来が良く、非常に楽しめる作品となっている。フアン・ゴメス=フラドという46歳のスペイン人作家の小説が原作だ。シーズン1の全7話が現在配信されている。
物語の設定は近年よく見られる、シャーロック型の亜種だ。つまり、IQが非常に高いものの性格に難がある女(アントニア)と、バスク人でゲイという”マイノリティ”の男(ジョン)の組み合わせである。一見すると釣り合わないような2人の組み合わせは、アメリカの「エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY」やフランスの「アストリッドとラファエル 文書係の事件簿」など、枚挙にいとまが無い。
「レッド・クイーン」はテンポ良く犯行が重ねられ、アントニアの問題をジョンが尻拭いしながら進む展開は軽快である。何よりも、劇中で発生する犯罪があまりにも奇天烈だ。こうした猟奇殺人ならば、”カッとなってやってしまった”という単純明快な犯罪ではなくなるので、捜査していく様を観客に楽しんでもらえる。
おそらく猟奇殺人という怖いもの見たさを世間に広めたのは、1947年にロサンゼルスで発生したブラック・ダリア事件だろう。後にジェイムズ・エルロイが「ブラック・ダリア」という小説を書いてヒットし、これを原作としてブライアン・デ・パルマ監督が2006年に映画「ブラック・ダリア」を撮った。
つまり「レッド・クイーン」は”おかしな2人”という人間模様を描きつつ、”猟奇殺人”という謎解きの要素もあるので、幅広い層にウケやすい。なによりも、ジョンというキャラクターの造形が秀逸である。ジョンのためのドラマと言ってもいい。そしてドラマ全体に広がる軽妙な調子は、スペインという国柄の為せる業だろう。
もしこれを日本で放送しても”死体のシーンで子どもがショックを受ける”とか”心が弱っている人たちへの差別を助長する”とか”ゲイの描き方が偏見に満ちている”とか、あらゆる苦情に晒されてシーズン1すら途中で放送できなくなるだろう。しかし、こうした”傷付いたと言った者勝ち”の世の中にしたのは、議論や反論することから逃げてきた日本人なのである。
さて、スペインは国内にカタルーニャやバスクやガリシアなど、いろんな民族を抱えているものの、イスラム帝国になったりアプスブルゴになったり、大航海時代によその土地を荒らしたり、激しい内戦をしてみたり、こうした複雑な歴史の中で、どこかあっけらかんとした雰囲気を身につけたようだ。とんでもないことが起きていても No pasa nada (なんでもないよ)という気質がドラマから滲み出ている。そういうことを実感できるのも、海外ドラマの良いところだ。

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