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風雷の門と氷炎の扉18

「よく聞け。俺があの門を突破する。サンを蹴散らして、門をぶっ壊す。そしてサンを食い止めている間にフウマ…」

人格が変わったようにヒョウエの口調は乱暴だ。
ヒョウエは話を中断し、フウマの方を下から見つめた。
その目にフウマは一瞬たじろぐ。
そのたじろぐフウマに構わずヒョウエは話し始めた。

「ウリュを連れて門の中に入れ。チャンスは一回だ。次は無い。」

「あぁ。任せておけ。」

フウマとヒョウエの会話を聞いていたウリュは下唇をギュッと噛んだ。
ヒョウエがおかしくなってから初めて自分の名前を呼んだのだ。
しかし、呼び捨てだ。
ウリュの頭の中でニカッと笑って「ウリュ様ぁ!」と躓きながら駆け寄ってくるおっちょこちょいのヒョウエの様子が再生される。

「おい、こらガキぃ。聞いてたか?チャンスは一回だ。一回しか無い。いいな?」

「ヒッ!!」

下を向いてぼうっとしていたウリュの視界に、鬼の形相を携えて、下から睨み上げるヒョウエが飛び込んできた。
ウリュは恐怖心を押し殺し、目を見開くと、下から睨み上げるヒョウエに言い放った。

「わ、わ、わわ…私は!ガキじゃない!!いい加減にして!!」

「ガキが吠えてんじゃねぇ。」

「ガキじゃない!!それにあなたにあの門は壊せない!無理よ!」

「フウマ、俺の邪文が発動したらそれが合図だ。出来るだけ俺の視界に入らないようにして付かず離れずの位置を保持しろ。」

ヒョウエはウリュからプイと顔と話を逸らすとフウマへ話を振った。
ウリュの心が激しい疎外感に染まっていく。
しかし、その疎外感もすぐに別の感情に染まっていった。

「ちょっと待って、ヒョウエ。邪文?邪文が発動したら…と…言ったの?」

「一回邪文が発動したら俺もどうなるか分からない。お前らが視界に入れば攻撃してしまうかもしれない。だから…フウマ…頼んだぞ。」

ヒョウエはウリュの言っている事は全て無視して話を進めていく。
そしてヒョウエはフウマに右手を差し出した。

「ん…?何だ?ヒョウエ。」

「もう、後戻りはできない。あんたに全てを託す。」

「ヒョウエ!ど、どど、ど…どういう事!?ヒョウエ!」

激昂するウリュを尻目にフウマはヒョウエの右手を力強く握った。

「ヒョウエ、お前に託された思いは確かに受け取った。さぁ…後は…ウリュと話をしてあげるんだ。」

「うるせぇ。そんなガキ知らねぇよ。」

「ヒョウエ!説明して!何をしたの!?」

「お前の頭は正常に働いてんのか?自分に施した邪文が発動したらお前とフウマであの門を抜けろと言ったんだ。」

「私が聞きたいのはそこじゃない!」

「ウッ…くぁ…。」

ヒョウエは唐突に頭の左側面を左手で押さえた。
そして顔を下に向けて、歯を食いしばった。
額にはドロドロとした汗が出てきている。

「ヒョウエ!!」

ウリュはすぐにヒョウエに駆け寄り、ヒョウエの両肩に手を添えた。

「触るな!!ぶっ殺すぞ!!ハァハァ…離れろ!!」

ヒョウエは妙な呼吸をしながらウリュに怒号を放った。
しかし、ウリュはヒョウエの尋常ではない様子に負けじと食い下がる。

「嫌だ!離れない!ぶっ殺せるもんならぶっ殺してみろ!!」

ウリュの怒鳴り声にヒョウエは呼吸を荒らげたままウリュの着物の首元を両手で掴み、ぐいっと引き寄せた。

「ハァハァ…この様子だと間もなくヴィレントが発動する…だろう…死にたくなければ俺の視界に入るな…」

ウリュは震えながらヒョウエの顔を見つめ、怒りから悲しみの表情に変えた。
そして震える両手でヒョウエの両頬に手を添えた。

「わ、私の為に…邪文を…ヒョウエ…」

溢れる涙に視界を奪われてウリュの目に写るヒョウエの顔が歪んでいく。
その涙は頬を伝い、ウリュの首元にあるヒョウエの両手にぽたりと落ちた。

「は…離れろ…お前はあの門を…フウマと共に通らなければならない…お…俺がお前を殺してしまっては元も子もない…離れ…離れろ…」

ヒョウエはウリュから両手を離してウリュに背を向けた。
フウマは察したかのようにウリュの右肩に手を置いた。

「ウリュよ…分かってやれ…」

「ヒョウエ…し…死んじゃう…の…?」

フウマはウリュの質問に答えずに目を閉じた。
そして先刻の事を回想した。

『まぁそれはいいとして…続きです。そしてフウマ様が気になっているであろう一つの条件ですが…』

『…何だ?一つの条件とは…?』

『この世界が滅びようとしている時。』

『な、何!?ど、どういう事だ!?』

『この世界は滅びます。』

『…。』

『目燃ゆる者の前にて風雷の門のイカヅチが止む時、この世界は滅ぶ。』

ヒョウエはそう言うと青い粉を腰にぶら下げた巾着袋からぱぁと散らすとそれがモニターのようになり、そこに古い書物が映し出された。

『この古い書物を見つけたのはほんの少し前…。まさかこんなに早く辻褄が合うとは私も思っていませんでしたけど…。』

『信じていいのか?辻褄が合うにしても真実とは限らん。』

『フフッ…』

ヒョウエは疲れ果てた笑みを浮かべると、再び青い粉を散らした。
すると次の書物が映し出された。

『ば、馬鹿な…』

フウマはその書物を見て唖然としている。

『さて、…フウマ様、問題です…人は死んだらどうなるでしょうか?』

フウマは小さく肩を震わせた。

『フッフッフッ…』

『フウマ様、ご理解いただけましたか?』

『ハッハッハ!そうか!そういう事か!』

『そうです。だから…私の死も無駄にはならないという事です。そしてフウマ様も…。』

プツン・・・

そこでヒョウエの回想が停止した。
ヒョウエの視界と思考が全て黒く染まり、心臓が脈打つ音だけが響き渡っている。
そしてその音は徐々にスピードを増していく。

『…。』

ヒョウエは何も考える事が出来ない。
遠くで荒い息づかいが聞こえてくる。

ドクン…ドクン…ドクン…ドクッ…ドクッ…ドクドクドクドク!!!

ハァ…ハァハァ…ハァハァ…ハァハァハァハァ!!

「ぐぁあああ!!!」

ヒョウエの胸に激痛が走る。

「ああああああ!!!」

あまりの激痛にヒョウエは目を開いた。

『あれ?何だ?私はどうしたんだ?』

ヒョウエの視界には見た事がない世界が広がっていた。
ヒョォォォという風切り音が聴覚を刺激し、ズシンズシンという振動を感じている。

『そうか…私は…』

状況を理解し始めると、再び激痛がヒョウエの胸を襲った。

「ぐあぉぉぉお!!」

ヒョウエは凄まじい激痛に対して八つ当たりをするかのように地面に拳を叩きつけた。
するとバゴォーンっと激しい音と共に地面が割れ、その破片が周囲に飛散した。
その破片と風圧でサンと思われる白いものがぐちゃぐちゃに弾け飛んでいるのがヒョウエの目に入った。
ありえない程の高い視界と自分の巨大な拳を見てヒョウエは全て悟ったのだ。

『ヒガンテか…あぁ…あぁ…そうか…こんな終わり方なのか…』

感傷に浸れたのはこの一瞬だけだった。
脈打つ度に襲い来る胸の激痛にヒョウエはひたすら暴れ回るのだった。



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